6月 25, 2023

23年度保団連代議員会考察・・・相変わらず

本文とは関係ありません
保団連代議員会に一日参加。まあ、何かの修行と思えば、議事や発言の内容も頭に入ってくるが、、、相変わらずの様々なサヨク発言です。会長挨拶や答弁は全く理解不明の答弁が多く、 よく皆さんこれで良いと思うのでしょうかと不思議な気持ちになる。会長は我々の要求を実現するためには野党連合、、立民共産との共闘により与野党逆転を目論むという。えっ、確かに現自民党与党は保守ではなく、非常に左翼的理屈であらゆるマイノリティに迎合している姿が痛い。だから逆転しなくても保団連的左翼思考回路にはとても近いのではないかしら。だって、共産立民で支持率5%とわかっているでしょ(笑)。

いつも思うが、言ってることは憲法9条問題、脱原発、国家安全保障を除けば比較的まとも。まあ確かに医療問題ですらお花畑要求は目に余るが。医療団体としてこの3つに固執する意味は相変わらず私は理解出来ない。診療報酬、介護報酬に対しての改定に向けた保団連要求はよく出来ている。しかしだ。誰にどうやって要求したいのだろう。どうやって実現するのだろう。完全なる自慰行為に辟易する。内容が理にかなっているだけにとてももったいない。

保団連がどれほど左翼化しようが知ったことではない。香ばしさをどれほど増そうが私には関係が無い。しかし、それ相応の上納金を集めている以上、年間予算19億でやっていることになんの総括もないのが残念。「その事業計画に未来はあるのか?」「その要求は実現可能なのか?」実現するのはどうすればいいのか? あ、会長が総括している。政府与党が悪いから。」・・・・・・マジか。ダメだな、この会長じゃ。

保団連には会員という存在はないので、派手な花火は結構上げている。しかし、実行出来るか出来ないかの判断は各県の協会に委ねられる。そしてその事に関する総括が会計と同じ様に無い。と言うより、どうすればそれが上手くいくかという手段の議論は皆無で、現症に対する批判と会長の世に対する罵詈雑言に明け暮れ、一体このお金は何処に行くのだろう?と言う思いが増す。決まらないことを決める理事会も(毎月の保団連理事会議事録を読んで)相当カネゴンなのだ。

ちなみに、スローガンの「防衛費の増額ではなく社会保障費の充実」は我が国の安全保障と医療問題をコンフュージョンするおかしな発想。と言うよりは、公安監視組織の共産党が言っていること。防衛費自体に対する改善要求は、そもそも医療費とは関連しない。こういうことを平気で言ってしまうところが左翼脳たる所以だろう。

もし言い換えて良いなら、「外国人の生保、外国人の医療費、外国人の留学生優遇、等トータル3000億以上の振り替えで国民医療費拡充」では無いのか?加えて男女共同参画公金吸われ状況9兆円。こっちが社会性を考えれば先じゃ無いか?・・・差別?違います。日本人と区別することを差別だと騒ぐことで金を稼ぐ左翼発想なんです。

私は保団連をまるで信用していないが、去年あたりから岸田内閣をも信用していない。医療関係で、しょうもない事例が次々と起こり、仕事も生活も、歯科医師になってこの39年で一番困窮している。医療問題を改善することがプライオリティでトップなのだが、今や的外れの保団連も頼みの与党もまるでダメ男。本気で自分のデフォルトを考えるが、患者のことを思えばそんな我が儘出来るはずも無いだろう。ガス抜き代議員会はそんな事まで考えさせてくれた。しかし、相変わらず、処理水を汚染水と言ったり、我が国を戦争をしたい軍拡国と言ったり、医療問題から離れたこの異常なアレルギー反応は、ある意味左翼スローガンとしてバカにしようと思う(笑)。兎に角日本人を全く信用していない姿勢はどんなきれい事を言ってもダメだと考えているのだろうか。私が保団連を信用しないのと同じロジックなのだ。

さて、いつものように全ての議決反対票は私一人、、、、と思いきや、ある議決内容に関して3人の反対票があったのはマイクロ単位で進化しているのだと思う。



6月 19, 2023

4年ぶりの顎咬合学会終わってからのマティス


 顎咬合学会は開業医のお祭りのような学会だと思ってかなり経つ。いつものように偉そうに4年ぶりにオープンで開催されたこの会を考察してみた。参加人数は3000人を超したという。ある意味凄い。

自分のブログを検索してみると、2013年で学会では、何故かまだ殆どプレゼンのないデジタルを、自分で数年後には流行するだろうと予測していたり、2016年あたりで「考える会」になって良かったとか2018年でまた「ハウツー会」で、つまらない会に戻ったねとか、一緒に批判(笑)反省会をした先生方と東京の下町で議論していた。始まり当初、佐藤貞雄先生が大会長の時は、難しかったけどとても面白かったとか、名前は伏せるが某大会長の時は、学会と言うよりはビジネスセミナー乱立だなとか(笑)。

移動関係で初日の午前中の講演は聴けなかったが後でヒマなときにビデオを見てみることにする。ペリオが基調講演というのは毎度違和感がある。自分の中ではこれこそがメインポジウムとばかり午後の一発目で「咬合学」。保母先生がどんな思いで、カテゴライズされていない顎咬合という学会をスタートさせたのか、多くの反対を押し切って作ったとか思い出しながら、やはり凄いなぁと感心する。そして咬合、ナソロジー、スラバチェック、等など、オーストリアナソロジーを基調とした話は、これこそこういう話を皆でディスカッションしなきゃ等と漠然と感じていた。

さて、結構前に座っていたので、後ろを振り返ると、、えっ!と言うくらい人がいない。しかも若い先生が極端に少ない。ここを聞かなくて何を聞くのだ?なるほど咬合がわからずともMGSが出来れば良いと勘違いしてるのか、咬合がわからなくてもペリオコントロールが出来ると思っているのか、インプラント後にCMSDなら口腔外科に送れば良いとか、まあ、好きにすれば良いが、患者は不利益を被る。咬合をキチンと理解してこそのインプラントやペリオや補綴なんだと覚えておいてほしい。開業医はスーパー臨床医たる、スーパーGPじゃなきゃ。だから、2日目は誰がなんと言っても、朝から宮地先生の話はメインポジウムとして絶対に記憶するべきだ。正直10年ぶりにお話を伺って、多分同じ話なのに酷く感銘を受けた。30年経過とか、こんな素晴らしい話、昨今のダメダメ米国歯科臨床では絶対無理な話だろう。

FBにちょっと載せたら、某青木先生からの書き込み。「診断に関してのコンセンサスがなく、審美、インプラントベースの咬合学は認められません。一方で機器やコンセプトが流動的だった時代の先人は素晴らしいと思います。」と。実にそう思います。混沌とした時代にアナログでも一定の「咬合」に対する基準を設けようとした探究心に敬意を払います。で、

「治療手段が思考と行為の中心をなす」歯科治療に警鐘を鳴らしていたのは1980年。本当にその通り。診断もしない出来ないで手段を決める愚かさで、しかもその手段のスペックばかりを気にする。

ここから40年も経って、まだこの会の有り様はなんだろう。構成員の問題だろうか?この会場にもあまりいなかった若者先生方よ、目的を持とう。その目的を達成するための手段を手に入れよう。手段は目的ではないのに、勘違いしているから、臨床で頓挫するのだと知ろう。顎咬合学会は果てしなく裾野が広いのだが、目的は一つ。その根幹を成す咬合学という思考回路にドンドン飛び込むべきだなと思った。

咬合のような経年的変化に対応する基礎となる感性は、マティスのように死ぬまで変化を求めるアーティストの感性に似ているなと言うことで、時間をぬって東京都美術館にマティスを見に行った。やはり感銘を受けたが、経年的改革変化と列外歯的視点(私の造語)を探求する高木画伯の方が、、上のような気がした(笑)。

考察がじじ臭くなってきた(笑)。


6月 13, 2023

予防歯科と呼ぼう歯科・・www上手いこと言うもんだ(笑)

 私の予防歯科シンポ感想の続編 第一報を読んだらしい方々へ(笑)


JK先生からメールが届いた。先生、あれは予防歯科じゃなく康本塾の「呼ぼう歯科」に間違って行ってしまったんですね。(笑) 何通か同じようなメールをいただいた。(く)まさか先生がいるとは!とか、私はあのグループ苦手なんですとか。正直、康本塾がなんなのかを全く知らなかった私なんですが、です。「塾」がつくなら、尊敬する内藤先生の「くれなゐ塾」とかとはまるで様子が違うのですね。方向性がまるで違う「くれなゐ塾」のアップデートの徹底したエビデンススキルの口腔完全理解等とはまるで次元が違いすぎてビックリ。歯科と言うよりはやはり自己啓発セミナーなのね。

ここで検証してみよう。「人を動かす」という有名な自己啓発書がある。デール・カーネギーが1937年に著した。この中で、ビジネスの成功は専門知識以上に統率力、説得力、対人関係力を含めた自己表現力だと書かれている。そして、自己表現力を発揮する目的だが、相手を自分の考え方に無理なく引き込むことで、そう、相手を自分の目標に向かって変化させて行くことが重要。だから自分も変えるのだという理論だ。

ここで賢明なる諸君は気がつくのではないかしら。カーネギーの授ける知恵を信じたとしよう。実行したとしよう。「人を動かす」という本が人を動かしていることに気がつくだろう。なぜなら、この本はベストセラーなのだが、多数に読まれたのではなく多数に買われたのだ。自分が成功したいという欲望が社会に蔓延しているから、買ってから読み、その現象を著者個人の力量に還元することで理解しているだけなのだ。これこそが人間中心主義の始まりであり、人が人を動かすプロセスに注目するあまり、そのプロセスのみならず精神まで管理するルール、言説、文化、といった個々人が生まれる前からある権力のようなものを持つことにある。これこそが見事な自己啓発の始まりなのである。子羊たちには目から鱗の新世界であることは間違いない。

これを歯科に当てはめたとき諸君は気がつくだろう。多くのコンサルが言うようにビジネスの成功は専門知識以上に、、と言う言説が、当てはまるのだろうか?私はそうは思わない。私の周りの、歯科医療に真摯に取り組んでいる先生方は、お金は結果に付いてくるものだという本来医療人が持つべき姿勢を崩していない。結果とは?私たちは患者と療養の給付(現物給付)の契約をしている。療養の給付の元になるのはその信頼と歯科医学の知識とスキルに他ならないから、集患のための様々な事業はそれらの背徳行為に繋がると考える。保険だろうが自費だろうが患者ファーストなら当然そうなるべきで、「患者が来なければ話にならない」は言い換えると「来た患者にまともに療養を給付していない」からそうなる訳だ。

多くの先生方は、ビジネスの成功例として次々出てくるこれらの医院を批判するわけではないと思う。好きにすれば良いのだ。しかし、その人が人を動かし、患者を動かし、精神管理するプロセスに、全く同意できなかったと言うことなのだろう。

もう一つ気になった事がある。支那だ。沖縄はその歴史を見ても交易はあったにせよ、DNAも地政学的にも日本であることは間違いが無いが、風評として、沖縄が生き残るには朝鮮と支那を味方に付けろという新聞が発行されている。そしてこのグループは支那に組みいろうとしている。この姿勢が全く理解出来ない。もちろん支那の「お金」であることは間違いないだろう。これ以上は差し障りがありそうなので触れないが、いやな空気であったことは間違いが無い。

と言うことで、お門違いだった私の参加はこうして幕を閉じたのでした。

6月 11, 2023

予防歯科シンポジウムと か強診サミット?!


 始めに言っときますが、ディスってるわけじゃないです。(*^_^*)

以前は全く知らなかった存在のこのシリーズ会議だが、ひょんな事から誘われ参加してみた。この30年以上、多くの国内外の学会やセミナーに参加してきたが、自分が若い時分を除くと、若い先生方が非常に多くとても好感が持てた。

特別講演の丸茂先生。「発達障害」の講義もなるほどなぁと。ただ、会場から質問を集めなかったので「そもそも」な質問は私自身うやむやのまま。今の子供達は、、、、の下りがどうもよくわからない。昭和のはじめの時代の「放置」と「最低限の子育て」のほうが良いという意味なのかどうなのか答えは出なかったのが残念。と言うより、間違った過剰な子育てに、発達障害の芽を育てる問題があるとしたらそれを助長している張本人やシステムは何故放置されるのかしらとか。医療行為として歯科が治療に当たるが、歯科医師法の問題も見え隠れして、回答はなくとも実に興味深い。

ここまでだった(笑)。行政とコンサルタントと進む主宰者プログラム内容に違和感を段々感じ始め、場違いのおじいはいたたまれなくなってしまった。午後のディスカッションは当院院内研修会に近い感じで。申し訳ない。兎に角、理念は崇高なのに途中で抜け出し、タクシーを拾うこともなくバスで1時間かけて色々考えを整理。そして那覇のホテルに引きこもった。(笑)まあ、懇親会があるのでそこで数名の知ってる先生がいるからご挨拶すればいいか。

懇親会が始まる前に、偶然、主催側の康本先生と偶然会って挨拶。もろに初対面だが、実は20年ほど前「行列の出来る・・・」で共同執筆をした経緯がある。まあ、向こうは全くわからないわけで、思い出しもしなかったようだが、社交辞令の挨拶。彼の周囲は全て「康本塾」という息のかかった先生方やコンサルばかりで、この時点でもう(笑)。これでこの会は塾生達の塾生とその近くの人のためのミーティングであることがあまりにもはっきりしてきた。以前、いたたまれなくなった京セラ信者学会を思い出す。康本信者学会なのね。まあ、多くのスタディグループは、以前私が考察したペーパーがあるが、殆どがカリスマグループで、裏にはビジネスが見え隠れし、最終的にビジネスで成功した先生がブランチとなる仕組みだろう。私は商売を否定しているわけではないのであしからず。

懇親会の冒頭の挨拶、この康本先生の挨拶で仰天した。若い先生方に引導をという話までは良かったが、、、、曰く「私のように上に行く先生が、、、、」???誰が誰の上なのかしら??上り詰めた?あなたのようにという意味なのか?あなたが上だと思うのは教え子が沢山いるから?じゃあ、教え子じゃない私は論外(笑)。歯科医師達に上下を付けるのね。いずれにせよ、この「ビジネスで成功した者が上」だという発想は、カーネギーの本の中に専門知識者よりビジネス成功者が上位と記載してあるからか。この本は自己啓発セミナーの清書であり、そこから端を発したコンサルタントの清書であろう。コンサル話はメキシコの漁師の話に尽きるのだが、この会は非常に多くのコンサル関係者が参加していて、見回して、ああなるほどねと納得することしかり。これからの歯科の未来像はこのコンサルタントの人達が左右するのだろう。そこから得られる利益は患者共有とか医師の倫理観とかとは無縁の何か物寂しいリーディングの様な気がする。しかし、迷える子羊のごとく右も左も不正確な若きドクターが最初に出会ったなら確実に洗脳はされるのだろうな。

こんなに山ほどのコンサルタントが参加している集まりは初めてだったので、戸惑う私(笑)。いつも悪口言ってるし(笑)。全体のコンセプトや指向性はこの35年私が思って実践してきたことばかりだから新しさは感じない。けれど、具現化する方法論がビジネス色を強めている分、私には違和感があるのだろう。そして、だから私は理念が一緒で結果何億も稼いでも、個人としては資産も何もなく酷く貧乏なんだ。事務局は優秀なのに自分のそういう無能さが悔しいかも(笑)。しかし、歯科医師として絶対に譲れない大いなる倫理観が私を静かに動かしていることがますますはっきりした。でも安売りするなと怒られるが(笑)。

今回のシンポジウムは、歯科医師は金勘定とアイディアに無頓着という前提で、モリタやヨシダや主要メーカーが裏で糸引くビジネスではなく、コンサル産業が裏で糸引くビジネスモデルであるところがミソ。気づき、感動、教え、が多分私は多くの人と共有してないために理解出来ないのだろう。コミュニケーション学の一端に「医療コミュニケーション学」という分野があり、医療の中のコミュニケーションは気づきとか感動とか共感とか、そんな素敵なものとは無縁の世界なんだという教科がある。実に面白い。

予防歯科にしてもか強診にしても、20年前から数段先を行ってるウチは、問題無しの確認をしました(笑)。

(これも続く、これで連載二つ(笑))