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2月 16, 2026

エジプト記 3~9日(笑) まとめすぎそしてまとまらない(笑)


 3日目は、アスワンからアブシンベルに移動。果てしなく何処までも続く岩砂漠を4時間以上バスは走り続ける。この荒涼とした風景を何時間も眺めながらふと思った。スターウォーズのスピンオフ、キャシアン・アンドーの生まれ故郷の星の風景そのものがとにかく果てしなく続く。

こういう所で生まれ育ったらどういう思考回路になるのか見当もつかない。勿論知識を入れていけば私たちの理解の所まで近づくことは可能だろうが、そして私たちも近づけるはずなのだが、多分難しい。

かつてカタールのドクターが話してくれた昔の話。果てしない砂漠を一人で移動していると向こうからやはり砂漠の旅人がやってきた。日本人なら挨拶や情報を交換したり水や食べ物を共有できるんじゃないか?しかし、私たちの祖先はここで厳しい教えを持っていた。向こうから来る旅人は敵なのだ。如何に全てを奪うためにどうするかを真っ先に考える。なぜならこのまま砂漠の旅を続けることは大変なリスクを追う。だから可能な限り水や食べ物を奪うことが自分が生きていくリスクを減らすことが出来るのだと。そしてそれはお互いにそう思っているという。

如何だろうか。この基本的な思考回路がインプットされている民と、私たちは共存共栄できるのだろうか。旧約聖書の中で既にこの事は危惧されていたため、神は言語を。共通の認識のある民達だけに同じ言語を与え、共通認識が無い民には違う言語を与えているのだという。私はこの考えは至極真っ当で、きれい事を並べるリベラルな人達とは真っ向から対立するのだと思う。


アブシンベル宮殿は、これもスターウォーズの世界だった。というか、ルーカスはこれを真似したのだろうけど。幾らアスワンで移設したとは言え、この素晴らしい宮殿に息を呑む。朝焼け夕焼けもアブシンベルで経験させてもらうと人生観が勿論変わる。

またバスで荒涼とした砂漠をひた走りアスワンまで戻りライン川クルーズ船に移り3泊する。ライン川を下るこの度のハイライトかもしれない。穏やかにユックリと進む船から、途中下船してルクソールへ。王家の谷もやはりルーカスの世界か(笑)。ツタンカーメンの墓を見つけた少年は、カーター卿にその手柄を譲りはしたが、その存在は驚くべきシステムで作られており、それを解明するにはやはり大英帝国の知識と技術が必要だったのだろう。


下船後、一路カイロへ向かいメインイベントのギザのピラミッドか。それぞれの詳しい紹介と感想はそれらの素晴らしい本に任せて、私は違う切り口でエジプトを見てみたい。

荒涼とした砂漠の中に突如現れる無数の円形の小麦畑をご存じだろうか。空から見るとよくわかるが、これは砂漠の中の大穀倉地帯なのだ。ここの小麦は殆どがウクライナ戦争に明け暮れるロシアに送られる。何故?そうその関係は先にも述べたアスワンまで遡るのだ。アスワンダムは1960〜1970までの大工事で出来たエジプトの心臓だが、その資金をソ連が出していたのが最大の理由で、今でもエジプトはロシアとの関係は非常に深い。しかし通貨はエジプトポンドとドルが流通していて経済の混乱と成長が阻害されている一つの要因となっている。

また、砂漠の中に突如現れる集落はイスラムの土葬のお墓と住居が合体した近代的理想郷で、多分日本人には全く理解出来ない集落ではないかと思う。どこかから移設されたのかまるごと集落なので、私は、、、、何か得体の知れない恐怖を感じるのだが。

やはり、最後までまとめることはこのページでは無理なので、次はルートをもっと詳しく紹介してみようと思う(笑笑)。


2月 06, 2026

初めてのエジプト、、というか、アフリカ大陸1日目2日目

 まだ雪の沢山ある三沢空港から朝一路羽田に向かい、リムジンバスを乗り継いで、酷く久し振りの成田空港に到着したのは夕方でした。その昔、海外に行くのは必ず成田だったのだが、羽田がドンドン国際線枠が増え、10年以上前に比較すると全く来ることはなくなったし、第1ターミナルばかり利用していたので、ましてや久し振りの第2ターミナルなどお上りさん状態でキョロヨロしてしまった。今回選択した機材はカタール航空という初めての航空会社で、Q-スイートというビジネスクラスが素晴らしいとの噂を聞いて。

成田からドーハに着いたのはドーハ時間の早朝。12時間半のフライトだったが殆ど寝ていて、素晴らしいビジネスクラスを味わっていない(笑)。しかし、食事は確かにレベルが高かったかもしれない。ドーハの有名な黄色熊の下で記念写真。3時間程のトランジット後ドーハからカイロに向かう3時間ほどのフライトは快適。

世界三大うざい国の1つでるところのエジプトだが、ホテルのチェックインまではスムーズ。タクシーが〜〜とまとわりついてくるのは の〜しゅくらん と断り続ければよい。ちなみに町はキレイなところ、ゴミの山の所とある訳だが、全体としてインド臭は(臭いではない)ぬぐえないか。米国SF在住のYANAGI氏が言っていたが、エジプトとは、、天国のような日本に住んでいる我々なら数ヶ月で発狂すると。なるほど。と言うことは、東京の女帝が都にエジプト人100万人移民計画とか、おいおい、逆に発狂しているが、一度天国に来た移民がそうではない所にそう簡単に帰るわけがないと理解して言っているんだろうね。これからの東京がますますスラム化していくのが心配だ。子供達は「わんだら、わんだら」と言いながら何かを売りつけようと必死。一人から買いもしようものなら、鈴なりに子供達が集まってきて身動きが取れなくなるから注意した方が良い。

到着2日目、エジプト文明博物館に行く。ここには非常に状態のよいミイラが22体展示されており、ローカル人を含めけっこうな観光人が訪れていた。改めて保存状態の優れたマミーは3000年の時を旅している旅人で、死んだときまさか私たちがあなたを見るとは想像もつかないだろう。歯列は完璧で、大きな欠損は戦いの時の物らしい。外科処置も素晴らしいらしい。人の英知なのか宇宙人の仕業なのか(笑)意見の分かれるところかもしれない。その後カイロ空港からLCCでアスワンまで向かった。2時間弱だろうか。アスワンの人口は50万人と聞く。アスワンダムやアスワンハイダムの町。1960年から1970年までの10年で建設されたエジプトの心臓だろう。エネルギー問題や洪水問題を解決する手立てだったのだ。注目はその構造とかでは無く当時のソ連のお金がここに注がれたということ。米国は助けなかった。ソ連は助けた。当時アラブ社会主義が台頭していたためエジプトももれなく参加したため、現在は民主主義ではあるが今でもロシアとの関係はかなり深い。アスワンからバスで4時間走り、アブシンベルのホテルにチェックイン。そこから夜になってから向かったアブシンベル宮殿の素晴らしさとユネスコの話は有名なのでWIKIや関連YouTubeやブログで飯食ってる人のブログや私のFBのタイムラインでどうぞ(笑)。私のブログは通常の旅行記と言うより切り口を変えたエジプト紹介にしたいので、、偉そうにすまん。(ちなみに画像アップできる通信環境じゃないので(笑))



5月 04, 2025

久し振りだな。。。

 GWを利用して、函館と言うか、七飯町というか、大沼公園の中のエプイというホテルに来た。ここに来た理由は部屋に温泉露天風呂がついている、ただそれだけの理由だ。あいにく天気が悪かったので、朝早くから夜遅くまで幾度となく風呂に入るという贅沢三昧を(笑)。

やや大きめの部屋付き浴槽の湯に浸かりながら、久し振りにマインドフルネスにトライ。

聞こえてくるのは鳥のさえずりと掛け流しのお湯の音のみ。無心になりながら呼吸のみを意識して目の焦点をどこかに合わせず宇宙の果てを見る。ふと、イワノフの小説が頭をもたげるが振り切る。ただただぼーっとして時間をやり過ごす難しさに直面する。そう、これこそが忘れていた本当の時間という「時」の流れかもしれない。達観した境地には至れないが、何か、運だとかカネだとか生き様だとか力だとか堅持だとか煩雑だとか混沌だとか、全て己の心の雑音でしか無く、今自分が元気に生きていることだけが真実だと、誰にも頼らず感じてくるのだ。言い換えれば、世の中のコンサルと言われる人達はその雑音を整理する怪しい仕事だなとふと思う。

車を借りて出かけた先、恵山灯台から遠くを見ると、時代を間違えたかの帆船が見えた。海はひたすら荒れていた。目を離した隙にもう一度探すが見つからない。幻?夢?風はかなり強い。

その後、素敵な灯台を後にあえて恵山から鉄山方面に山中を走る。昔の開拓の痕跡が消えかけた集落に、100年前の思いの痕跡をたどる。キタキツネが子ギツネと道を渡る。流れる温川は人の手が殆ど入らない昔の川のまま、イギリスのコッヅウェルを思わせる素敵な川の両岸になぜかひたすら懐かしい思いが、、なぜだろう。魂の記憶だとこういうこの感覚はいつも大切にしている。ちなみに私の前世はギリシャのイオス島の犬だったが、その前は中国の鉄道作業員、時間軸が前後しているけれど列車にはねられて死んだらしい(笑)。犬の時は老衰(笑)。そんなものだと思えば今の「欲」とはなんだろうなと思う。人が生きて死ぬのは当たり前だから、これからどうなるかでは無くLet it beなのだと今更だ。小賢しい過去の自分を反省するのも今だからだ。


帰るなり部屋の温泉風呂の贅沢。入る出る入る出るの至福也。大沼は鏡のようになっていて雨上がりのコントラストが羊蹄山を引き立たせているよう。昔、カヌー乗りだった(自称)私としては、この湖面に静かに流すカナディアンカヌーはまことに持って美しいに違いないと心に思った。

明日から日常に戻るが、この平凡と見えるいつもの日常を維持することの難しさと美しさに改めて感謝するとともに、だからこそ幸せなのだと感じる日常が、如何に素敵な毎日なのか忘れてはいけないだろう。旅日記としては各地の詳細な報告が出来ない稚拙さがあるけれど(笑)、思いは感じてくれるんじゃないかと邪推する楽しさかな(笑)。





3月 17, 2025

弾丸な旅行 久し振りだけど・・身体が(笑)(2)

 

ロンドン到着の翌朝、と言うか、深夜、バッチリ目が覚めた。睡眠時間は3~4時間かな。そして目がさえてもう眠れない。本日はロンドン大学と隣接する大英博物館に行く予定。気温を見るとほぼ八戸と同じ気温で、要するに寒い(笑)。ところが以前もそうだったが、これほど雨の多いロンドンやアイルランドのダブリンとかで、かつて一度も雨に当たったことが無い。これは奇跡だ。ロンドンで気になることの1つに、地下鉄が何でこんなに小汚いのだろうということ。雨が降るからほっとく習慣があるのかしら。でも地上に出ることは殆ど無いから、洗う習慣だけないのかな。まあとにかく異常に小汚い(笑)。

さて、天気は良いが寒いのだ。日向と日陰の気温差が凄いので、なるべく日向を選んで歩き回る。と言っても殆ど地下鉄移動なのだが。ロンドン大学から裏通りをぐるりと回り大英博物館へ。ここは入場無料なのに予約が必要とは知らなかった。以前はそんなことは無かったと記憶している。訪館社が多くなりすぎたのだろうか。WEBで時間を指定した証拠を見せないと入場させてくれない。しかし、その時間がとても適当で13時予約でも11時頃入れてくれたりするもんだから、確かに中はごった返しているわね。2万歩近く歩いて色々勉強させてもらった。一番行きたかったアフリカと人類発祥の歴史は休館中と、、なんともはや。大英博物館のアプリがあるので各展示室の解説が満載だからiPodsでとても快適に中を回れる。ここに来るのは3回目になるけれど、毎度思うが、よくぞこれほど世界中から貴重な資料をかっぱらって集めたものだと感心するのだ。

地下鉄を乗り継ぎ、ホテルに帰ってきて今晩のメシの予定を予約する。日本ではどうなのかは知らないけれど、欧州ではオープンテーブルと言うアプリが実に使い心地が良い。直接電話するストレスも無く(英語脳じゃ無いからね)空き時間にすんなりと予約が出来、お店に着いたときも名前を告げるだけで全てオーケー。メニューも前もって頼める場合が多く、行く前にあれこれ時間をかけて悩めるのがとても良い。日本でもガンガン使っている人はいるんだろうな。


ところで、アイルランドギネスをロンドンパブで注文すると結構対応が塩(笑)。イギリスにはもっと美味いラガーとかピールとか沢山あるだろうと、目がそういっている感じ(笑)。しかしまた、ダブリンで飲む生ギネスと同じくらいロンドンで飲む生ギネスも十分に美味いからね。

3月 16, 2025

弾丸な旅行 久し振りだけど・・身体が(笑)(1)


昨年は、急な不幸ごとや特別な急用が重なり、国際学会など長距離飛行機に乗る機会が全く無かったので、今年の4月で、航空会社ステータスの一番上から陥落してしまう。スターアライアンスのスーパーフライヤーズゴールドとワンワールドのJGCサファイヤのみになって、どちらに乗ってもラウンジは普通のラウンジそして搭乗時はグループ2となる。と言うことで、ロンドン大学に行くことにして、多分最後だろうなの羽田のJALファーストラウンジを大満喫する計画を立てた。3泊6日の無謀な計画(若ければ特に問題ないが、齡66ではかなりきつかろう(笑))なのだ。世界中を股にかけている諸氏には、なんてつまらない話をと思われるかもしれないが、これは私の精一杯(笑)のリポート。


初日、三沢空港を早めの便で出発。今回は羽田からロンドンまでFINNAIRを選択(via ヘルシンキ)。JALより20万ほど安いからと言う理由と、FINNAIRの新しくなったビジネスクラスシートが話題だったからだ。JALと違いFINNAIRはカウンターチェックインが2時間前なので、出発の2時間前というと午後9時ちょっと前。上記の王様気分を満喫できない。と言うことで僅か2~3日の滞在なのだからと全て手荷物にして、カウンター預け荷物はなしにして、FINNAIRのWEBチェックイン手続きをし、なんと出発は夜の11時近くだというのに夕方4時頃にはファーストラウンジに居た。なんて貧乏くさいと言われようが気にしない。

JALファーストラウンジは実に快適で住んでも良いと思う(笑)。ファーストクラス(以下FC)での4大陸世界一周乗り継ぎツアーでは、確かFCラウンジ生活をして世界を回る修行があるが、どうなんだろう。食べ物は全て美味しいしなんと言っても酒類が豊富。とても上質なシャンパンや日本酒そしてワイン等々、飲み放題の天国最上位クラスではないか。。私のような酒好きには身震いするほどたまらない。それはそれは6時間もいれば、腹は一杯だしベロベロは確定なのだ。酔い覚ましにシャワーを浴びてグルーミングも出来るし、マッサージも。喧噪から離れたい人は上層階に素敵なバーもあるし、いや、やはりここで暮らしたい(笑)。




とも言っていられないので、出発時刻に搭乗口に。WEBチェックインなので搭乗口前で呼び出しをくらう。搭乗前のパスポート確認をしていないからなのね。納得、で、私だけだった。さっそく新発売のFINNAIRエアバスA350−900に乗り込んで目を見張るのは、ANAのザ・ルームのような完全個室では無いけれど、リクライニングできないけどとてもカウチな素敵な座席空間。これはとても良い!寝るでもなし、起きるでもなし、普段読む時間の無い本を読んだり映画を見たり、眠くなったら寝るしダラダラと過ごす、予定14時間はとても充実した時間なのだ。

話によると、かつてFINNAIRは北極点通過証明書をくれていたが、今回はもらえなかった。しかも機長は相当とばしたのか、1時間以上も早く到着し、朝の3時半にはヘルシンキに到着した。ついたは良いけど、バンター空港、何処も何も開いていない(笑)。唯一コーヒーショップが一軒だけで、ラウンジのオープンは6時半。ロンドン出発は朝7時半の予定。しかし直前で欠航になり、午前11時台の便に変更。あれあれ、8時間近く何するの????途方に暮れてもしょうがないので、ラウンジが開くのをひたすら数時間待って開いたらそりゃ飲むしか無いわね(笑)。


午前11時、ヘロヘロしながら、ロンドン行きに搭乗。ヒースローからは新しくできた路線エリザベスラインでロンドンパディントン駅まで。ベーカーローラインに乗り換えてメアリルボーン駅で降り歩いてすぐのホテルランドマークロンドンに到着したのは、家を出て48時間近くかかっていたわけで、これは今までロンドンに来た移動時間の最長時間かもしれない。

疲れとジェットラグと食い過ぎと飲み過ぎで、かなりまいった感じで速攻部屋の風呂に入り、夕方ホテルのパブで軽い食事後、爆睡したは良いけれど、まあ、夜中の2時過ぎには目がさえて今度は眠れず大変ですわ(笑)。八戸との時差9時間ですからねぇ。



6月 30, 2024

一年ぶりのタイに思う

東南アジアは多分、水が合わない。東南アジアメシ不可欠の香草も好きじゃない。特にパクチーは私にすればドクダミ臭で、小学生の時、学校裏のくみ取りトイレ(小学校が水洗になったのは昭和45年5年生の時(笑))の周りの大量のドクダミ草取りを何かの罰で何度も命じられたときの匂いなのだから。


今回一年ぶりに来たタイはバンコック。到着して2日ほど腹を壊した 。拾い食いなどはしてないし、超怪しい屋台メシもいただいてはいない。なのにだ。しかし水が合わないのにまた来たくなるのは、大きなエネルギーを感じもらえるからなのかもしれない。数年前、タイじゃないがベトナムのダナンに分院を作ろうと思い立ち、エージェントを絡めて色々動いた矢先、円がドンドン安くなっていき途中で断念した。この時の工作情報は全て保存しているので、コレから興味のある方にはあげますので連絡ください(笑)実はコレはもっと以前に企画したホーチミンプランに続いて2回目なのですがね(笑)。その時も挫折(笑)。


だから、タイも悪くない。貧富の差がとんでもないが、バンコックの意識高い系な高所得な人々は確実に増えているようだ。私は嫌いだが、この手の人達を相手にビジネスをするにはとても良いチャンスなのかもしれないと思っている人が増えたんだろうか。兎に角、バンコックのエネルギー量は毎日の交通渋滞に代表されるように大変なカオスとなっている。これは20年前のムンバイで感じた同じエネルギー量かもしれない。アイコンシャムに代表されるようなどでかいショッピングモールが幾つかあり、何処も大賑わいなのに、方や小さな裏路地の商店街や市場、そして別の国に迷い込んだかのような薄汚れたゴミだらけの中華街(タイの人口約7000万人に対して支那人は1%の70万人らしい)の賑わいも相当な物で、まあ、田舎者の私は確実に「人に酔う」「なんだかわからない匂いに酔う」。

市場の中は、特に花市場の中は、若い職人さんから高年齢の職人さんまで豊富で、継承も今のところかなり上手くいっているようで、引きこもりの若者の話は殆ど聞かないし、横暴な老人の話も殆ど聞かなかった。ただ、やはり気になるのは圧倒的な貧富の差。コレに拍車をかけているのが支那人らしいとの話をタクシー運転手から聞いた。だから彼は支那人は本当に大嫌いで、この国から出て行ってほしいと。もちろん彼らは相応のお金は持っているけれど、自分たちの国はそんな支那金に頼るほど落ちぶれちゃいない、、、、えっ、どこかの国の岸田首相に聞かせてやりたい話だな(笑)。

正直な経済感想としては、今のタイはほぼほぼ日本の物価価値と同レベルだと思う。コレ日本だったらこれくらいの値段だな、、と思う現地値段がほぼ同じ。これは脅威じゃないのか?支那の顔色ばかり気にしている我が国はダメなんじゃないか?

昔のように、東南アジアの旅行は物価が安くて助かるわ、、、じゃないね。カンボジアも急成長、ベトナムだってもちろん。ラオスはまだらしいが支那がどっぷり入り込もうとしているのに抵抗しているらしい。そして東南アジアを語るときどうしても外せない、かなりの数の支那工作員の暗躍。もうさ、何処にでも湧いてるバグじゃない?

今、一帯一路の選択をして苦しんでいる国々の一つにタイがあるかどうかは知らない。でも、今回、そういえば、支那の不動産経済が崩壊寸前なのか、高層ビルの建設途中で廃墟になっているらしい高層ビルを幾つか見た。支那の会社だそうだ。その昔、山田長政が日本人村を作ってタイに貢献した理由は、今の支那が貢献しているふりをしている状況とは、そもそもがまるで違うんじゃなかろうか。

空港までの帰りのリムジンタクシーの運転手さんに250バーツチップを渡したら、めっちゃ喜んでいた。まあ、手持ちのバーツを全部渡しただけなんだけどね。そういう所がまだまだ嬉しいタイ。多分、近いので、、、また来ると思う。(笑)


2月 26, 2024

情報災害を考えながら京急路線の眺め・・そしてめでたい

 またしても、繰り返される情報災害。能登の奥深くにその爪痕を残しているだけではなく、多くの人々の心に、例えようのない苦渋をまき散らしている。れいわ維新教は相変わらずその元凶だな。情報災害に惑わされてしまう不安を煽る信者様達が教祖の教えの通り災害をまき散らしているようだ。

久し振りに横須賀に向かった。高速な京浜急行の車窓から、上大岡を過ぎたあたりからの丘や山の斜面びっしりにギリギリに建つ家々を見て、大きな災害が起きたら(情報も含めて)自分の意志で逃げることは、避難することは、ほぼ不可能だろうなとふと思う。小さな谷があればそこに民家は集中して、そこから尾根伝いに家が上に上にと建っていく様はある意味仕方がないことなのかもしれない。リスクの高いところでの生活こそ、是非情報被害だけは回避していただければと思うのだ。


母校の神奈川歯科大学へ少しだけ見学に行った。「トンネル抜ければ、海が見えるから、そのままドンツキの、三笠公園で〜」というケンさんの校歌(笑)を思い出しながら、三笠公園まで。

以前来たときは、「艦コレ」マニアの女子が唸るほどいたのだけれど、今は残念ながら見かけることはなかった。あのブームの時、日本の艦名があれほどメジャーになったのは素晴らしいことだと思ったんですがね。

横須賀入り理由の、姪っ子の結婚式の日、前後は寒い冷たい雨だったのに、ピンポイントで晴れ渡り(日頃の何かかしら(笑))、森戸の神社での挙式、その後日陰茶屋、、www。前日は親戚に葉山マリーナメシに。学生時代の記憶が(笑)。それはそうと、親戚、甥っ子姪っ子、神歯卒業生5名神歯学生1名東歯1名日大歯1名、、身内だけでも歯科医師だらけではありませんか(笑)。関係ないけど。

なんにせよ、こんな素敵な身内に囲まれた平和で穏やかな日常が、ある日突然そうではなくなる瞬間を想像した時、自分達の意志でどうするか決めることを、備えて家族で話し合う大切さを、ふと考えてしまっためでたい今回の旅なのでした。。



11月 07, 2023

数日の逃亡で何をしたかというと・・・

 弾丸旅行は意外と得意だと思っている。かつて、ロンドン一泊で帰るとか、ヘルシンキ一泊で帰るとか、シアトル一泊で帰るとか、検索して計画する妄想が好きだった。決してマイル修行では無く、そのフライト時間がとても貴重な読書や映画に割り当てられる時間だったからだと思う。もちろんおまけとしてマイルは貯まる・・・(笑)。

今回の曼谷は2度目だが、泰国ラブが過ぎて、家まで建てちゃった同級生の影響で、一日くらいならと出かけたわけだ。弾丸と言っても残念ながらギリギリ二泊。2泊目の翌朝は朝4時起きだったが、心配でなかなか眠れず、実際は午前2時起き(笑)。二泊には入らないのじゃ無いだろうか(笑)。

しかし驚くのは曼谷の物価なのだが、日本よりも高い物が沢山ある。もちろんビッグマック指数は上。というか、バーツに換算すると如何に円が安いのかが実感できる。通常のスーパーやコンビニはもちろん、世界の一流店が集まるショッピングモールなども、多分免税申告しても高いのだ。経済成長率ははるか日本をしのぎ、高層マンションが次から次と建設されている。ショッピングモールも人の山。日本ではまず見かけない「おこもさん」も結構いるが、これでは実入りも悪くないだろう。宿泊ホテルでご飯を食べたが、サーブする女性の半分近くが矯正のブラケットがついていた。もちろん費用を尋ねると。3年から4年契約で、日本円で40万位から60万位。初任給やGDP比較すると、驚くのは私だけだろうか。

とあるデンタルオフィスを覗くと、ホワイトニングと矯正のみでやっているところがあり、中は患者で一杯だったので写真は撮れなかった。何か凄い勢いを感じる。かつて泰国での開業を考えリサーチしたのは20年ぐらい前だが、もう外から入ってくる余裕はないとみたが、地方都市はどうなのかわからない。泰国語の他に若い人達は英語が普通に話せるが、あえて使わない泰国愛国心だろうか。さすがに支那の色はあちこちでいやというほど見かける。まあ、地政学的にも仕方が無かろう。

車で、日本車以外を見つけるのがなかなか難しいくらい日本車しか無い。たまにドイツ車。アメ車不明。韓国車はなし。車は左側通行でハンドルが日本と同じだから輸入しやすいなのかなとも思った。そして、飯が美味いとも思った。

泰国素人だけど、明らかにいろんな面で日本は追い越されていると感じた弾丸でした。次は超穴場を知ってる高木兄ちゃんコーディネート弾丸を期待しよう。


10月 09, 2023

熱にうなされドイツ考察(笑)

 


せっかくドイツに、ベルリンに足を運んだのだから、インプラントの話はおいといて、実はドイツの政治的な話に大いに興味がある。キーワードは緑の党かもしれない。私が所属する青森県保険医協会という組織は実に多様な医科歯科の先生が集まっているので面白いのだが、その中でも私が最も嫌悪する極左系なアレな人達が、時々口にする「ドイツでは、、、」と言うフレーズ。その背景にあるのが「緑の党」だと思っている。しかし実際はどうもその情報はいいとこ取りのフェイクが多いのではと常々思っていた。朝日毎日というサヨク新聞が、小嘘をついた記事を鵜呑みにしているからだろうな。

緑の党には1980年の結成当時、70年代に共産党の独裁政権を夢見ていた過激な左翼の活動家が多く加わっていた。現在、同党は与党の一角におり、当然、ドイツの政界では、いまだに極左の残党が力を振るっている。彼らの体内で今なお、かつての思想が血となり肉となって息づいていることは言うまでもない。また、保守と思われていたアンゲラ・メルケル前首相(CDU・キリスト教民主同盟)も、その後の政治を見れば、社会主義者であることは間違いない。ちなみに彼ら全員の共通点である原発嫌いも、当時の左翼思想の名残だろう。ドイツの統一とは、経済では西が東を圧倒的に支配したものの、30年後の今、思想的には東の勝利が確定しつつある。だから、日本のアレな左巻きな人達は憧れ、その「ドイツのような」実現を夢見て、フェイクニュースだろうがなんだろうが自分たちの思想信条以外のことは議論するつもりも無いという風に見えるのだが。

そんな左傾化したドイツの政策の中で、私は個人的に一番やらかしたなと思っているのが移民政策で、今の日本の政府も見かけは保守だが、中身はぐだぐだのリベラルサヨクに成り下がって、移民政策を大いに推奨し始めた。移民を受け入れると言うことは、彼らの憎悪や悲しみや怒りも、文化とともに受け入れる覚悟が必要だ。私たち日本人にそれは出来ないだろうし、出来たとしたら日本という国は音を立てて崩れていくだろう。現与党自民党政府は、目先の利益と保身しかない議員が多すぎる。だから迎合するばかりで、我々のために何も出来ない。次の選挙は覚悟するべき。

私がベルリンを後にした数日後、ベルリンでは移民と移民政策に大反対する保守思想の驚くほど多くの市民が集まって気勢を上げていたようだ。日本はこういうことをキチンと見ておくべきだが、似たような政策で窮地に立っているフランスで何が起きて何を見るべきかわからない女子議員がはしゃいで終わりなのが現自民党の大半なのかと思う。

いいですか?左傾化したドイツはかなり疲弊してると思います。そうなりますよ、日本も。ヒトラーの亡霊を否定はしているけれど、過去の大戦の否定はしていないというのがドイツの素晴らしいところなのにね。

ドイツで感じた、インプラント意外に考えさせられたドイツの考察ですわ。ちなみに、インプラント会場で撮影した物をちゃんと勉強してるよとFBに上げようとしたら、なんかレギュレーションに触れるらしく削除させられたが、普通のスライドの写メなんだけどね。なんだろう??



10月 02, 2023

ドイツ最新事情 インプラント以外(笑)

 ただいま、EAOの帰りの便でこのブログを書いています。インプラントの話よりもドイツ在住の方に色々伺った話が面白かったので、備忘録として忘れないうちに書き込んでおきます。

相対的に思うのですが、、日本でのドイツに関する報道は、少し偏っているような気がしました。思いのほかドイツは疲弊しています。多分事の発端は18年ほど前にメルケル氏が首相になって、緑の党が大躍進をして、そして大量に移民を受け入れた、いわゆるリベラルなサヨクへと変貌を遂げたあたりから経済は停滞してきているような話でした。


今現在、在住している方々の一番の問題は、カス料金や電気料金の高騰と、もちろん物価高騰のようです。家族3人で3LDKらしい家でのガス料金はなんと7万円を超えるとか。電気料金も追い打ちをかけてかなりの高額になり、とうとう今年の冬の暖房は薪に変えるようなことを言っていました。違う意味での環境は大丈夫?

ドイツを始めて訪れたのは2000年ですから、丁度23年前で、当時から省エネに皆さん熱心で、夜は暗いのは当たり前、車は止まったらエンジンオフ、なんていう話をこのブログでも何度か紹介しました。それからかなりの年数が経ちこの感覚はどうなっているのか聞きましたら、やはり省エネにはかなり熱心なのですが現代の生活水準が追いつかないので目をつぶっていることも多いとか。大体、原子力発電を全て止めたと世界に豪語し、凄いでしょと言っているのに、結局隣のフランスから原発電気を大量に買っている矛盾を当のドイツ人達は黙認するという不可思議さをドイツ人が思っている面白さです。ガスに関してはロシアからのパイプラインが全て止まっているので、ロシア以外から手に入れる困窮具合です。そりゃ、大企業アグファが逃げ出しますね。

環境に最高に気を配っている姿勢は評価できます。しかし、そのために国民が困窮するのを「我慢しましょう」というのは、何か日本の終戦間際の「ほしがりません」に近くないですかね。経済戦争末期の敗戦濃厚な状況でしょうか。やはりエネルギーは現代生活を維持する上で本当に重要な課題なんです。環境が重要だからガソリン車をなくするぞ〜とEUでドイツが先頭に立って推し進めているわけですが、その車の電気は何処から?

ブランデンブルク門が変な色になっていて、環境テログループがペンキをぶちまけたとか。色がどうしても取れないのでこれから削るんだそうだ。この環境テログループはあちこちでテロ騒ぎを起こし、原発反対から始まり、様々な環境破壊問題に難癖を付け、大量の移民まで巻き込んでテロ活動を続けているらしいが、どうやら環境よりもテロが目的のようだとドイツ人自身が言っているのが実に興味深いです。大体この人達も、森の中で最小限のエネルギーで環境を守りながら生活しているわけでは無く、ごくごく当たり前にエネルギーを消費しているらしい。スマホでSNSを駆使して多くの騒ぐ人を集め多くの人達に迷惑をかけている。環境を守ることが大事なのに??

ドイツ人は寡黙なんだそうで、そうですか。騒がしのがいやで匂いに敏感で、食にはあまり興味が無く、テレビは殆ど見ず、一日のウチで温かい食事は一回あるかどうかで、ほぼコールドミールばかりで、生魚と言えば殆ど見たことが無く、しかも魚を焼く匂いが環境テロらしい。だからBBQ等もってのほからしい。日本は三国同盟でドイツとイタリアが同盟国だったが、お気楽な感じのイタリアと剛健なドイツと恒久であるところの日本の歴史観と文化が同盟を結んだこと自体あり得ない奇跡だったから連合国の驚異だったのかなとふと思う。

ドイツのいいとこ取り情報はなんか違いそうだと思いませんか?(笑)(戦争責任的話は続く)




4月 28, 2023

ドイツって。。。。

 今秋、ベルリンのEAO参加のレジストをしたので、前回のベルリンが2000年だったものだから、昨今のドイツ事情はどうなんだろうと色々調べていた。ドイツと言えばエネルギー政策に特徴があるのだが、当時衝撃的だったのは、徹底した省エネで、車を止めたら駐車場に入るためのバーの前だろうが、赤の交差点だろうがアイドリング禁止。エンジンはオフ。ホテルの廊下の明かりは必要最小限の電気を付けるだけであとは蝋燭だったりとか、まあその徹底ぶりに驚いたものだ。2005年にハイデルベルクに行ったときも同じ。しかしその後、2010年にハンブルグを訪れた際は、真夜中まで煌々と街が光り輝き省エネは何処に?

ドイツは最大で17基の原発を稼働させ、エネルギー的にはある意味その困窮ぶりから脱却していたように思う。しかし、みどりの党の宿願だった全ての原発を廃止したメルケル氏以降、60年続いたドイツの原発の歴史に終止符が打たれる。歴史的な日だと騒ぐ環境左翼とは別に、これは既に政策とはかけ離れた宗教のように見えるのは私だけだろうか。

何故そう思うかと言えば、経済、物理、倫理など無視して突っ走っているように見えるからだ。此を世では「破壊」と言わないのだろうか。産業国ドイツはこの結果、実質失われた価値を計算すると3000億ユーロにもなるのだという。日本と同様、ドイツもまたここ20年経済成長は著しく悪い。安いロシアガスは入らない。高価なノルウェーガス。高価なLNG。あげくは石炭、褐炭などCO2排出ベスト3の化石燃料に総出の状態。矛盾してないか??結果、電気料金の値上げは日本の比ではない。各産業界は悲鳴を上げている。世界最大手の化学コンツエルンBASFは、とうとう支那に逃げた。出て行けない企業は潰れるのもやむなし。どうするドイツ?

再生エネルギーの計算も無視して突き進んだ宗教の結果、国土の2%に5万機以上の風車を建設し、風車の森計画。そして膨大な面積の太陽光パネルを設置する青写真では、仮に新しく通そうとする法案であるところの再生エネルギー80%以上等という計画が、国民の反発を買うことは必然ではなかろうか。大体、ショルツ首相は風車を毎日4〜5基建てるのだと、、wwwww。正気か?2035年からはガソリン車の登録は禁止。来年2024年からは新築家屋はガスや灯油の暖房装置はダメ。暖房に使う燃料は65%が再生エネルギーとか、正気か?

まあ、政権与党のみどりの党は、環境左翼であるがゆえにCO2が毒ガスであると言う前提で事を進める一方、石炭褐炭のような火力発電で何百万トンものCO2排出にはだんまりなのだ。国内でも異論は出てきており、環境左翼妄想に我慢できなくなったバイエルン州のゼーダー州首相は「ウチの原発は博物館じゃない、動かすぞ、破壊するんじゃない!」(笑)

今回のドイツの脱原発の裏には、マスコミの偏向報道も大きな理由にもなっているらしい。脱原発に関しての異論は全て葬られ、原発を擁護することは自然や安全を無視した、お金と物に目がくらんでいる人でなしだとか、右翼だとか批判され、まじめに話そうとしてもタブー視される風潮をマスコミが作った事実がある。まあ、島国日本では出来そうもない夢のような話をドイツに見習えとばかり騒ぐことで、国民がどれだけの不利益を得るのかキチンと計算し、国民がそれに耐えうるためにはどうすれば良いかまでプロトコルを作成するべきなのだが、いかんせん強進しなければ事は進まないと言う理由から、都合の悪いことはきれい事で覆い隠さなければならないのが現実なのだろうか。

日本もいずれ原発はなくなると仮定して、私もそう思うが、反原発のカルトな宗教観で政策を推し進めたドイツが今後どういう状況になるのか注視しなければならない。なぜなら私たちは、現在のエネルギーの恩恵を受けている毎日の生活を数百年前のインフラに戻る勇気はないはずだから。

ベルリンの学会でのドイツ調べが、とんだことになった(笑)。



3月 17, 2023

S国、、、Free, but a country like North Korea.(笑)

 3泊4日で何度目かのS国。今回はもっと内側からこの国を考察することにした。歩き回った距離は5〜6キロ。同級生がここで開業しているのだが、もし私がチャンスがあってもこの国は選ばないかな。しかし、経済は圧倒的に上だろう。人々の勢いがまるで違うような気がするのだが。これからこの国で一旗揚げようとする人、もしくはリタイヤ永住し見ようかな?な人は少し参考になるかも。


以下、SGP人から直接聞いたのだが。。。国土は東西に僅か43キロほどで自転車で日帰り往復可能。南北では23キロほど。これはほぼ私の街八戸と同じ広さなのだが、この狭い中に700万人近くが住んでいる。当然土地は殆どが国有地で、狭い国土に多くの人間が住まなければならないから建物は上に伸びるしかない。外国人の不動産売買は基本的には禁止されている。国が管理している賃貸住宅(殆どないが)は本当に貧しい人向けで月2万円程。一般的なマンションは安いのでは5000万程からあるが通常は安くて1億だが高ければ3億ぐらいが一番多いらしい。車の台数も制限されているので簡単には買えない。買う場合新車だろうが中古だろうが200パーセントの税金がかかる(購買目的によって違う)。デンマークのような家屋景観税(窓からの景色が良いとプラスされる)がないだけでもマシかもしれない。初任給をもらった時点で年金徴収がない代わりに強制的に20%天引きされ(税金とは別)強制預金させられる。これは法律で決まっている。リタイヤ時に預金は何に使ってもかまわない。途中で医療費として使うことも許される。基本的に相互扶助という考えはないので、基金を元に様々なパブリックな資金運用はないと思って間違いはない。私の金は私の金、、と言う考えが根本。1960年に出来た新しい国であることは承知だろうが、そのオリジンは東インド会社関連での海峡の船の通行税と水食糧の供給、そして飲食と船員相手の娼館での莫大な富をファウンデーションにしていた。

地政学的に非常に重要な港として発達してきた歴史は良書に譲るとして、実はこの国の非常に細かい「チクリ」法に注目したい。この国にはグリーンが非常に多く、在来種のみならず船で渡ってきた全ての大陸の植物が生息している。植物あるところに通常は多くの昆虫が生息するが、代表的な「蠅」「蚊」やその親戚筋は全く見ることがない。かなりの殺虫剤をまき、衛生管理は法で徹底している。ある日、玄関をノックされて出てみると政府の職員が抜き打ちでベランダの植物やその周囲の衛生管理、、例えば植木鉢の受け皿に水がたまっているとか、、をチェックする。基準にそぐわなければ高額の罰金が待っている。何故そこに取締官が来るのかと言えば「誰かのチクリ」と言うことになる。北の将軍様の国とあまり変わりは無いような気がする。監視カメラの数も尋常ではない。街にゴミを捨てる人、喫煙所以外でタバコを吸う人、ガムを噛んでいる人、景観を悪くする人、決められた枠から少しでもはみ出そう物なら、監視カメラとチクリであっという間に摘発されるのだ。

そんな社会でも、皆活気にあふれているのは、規律ある自由があると考えているかららしい。物価も酷く高いし、ラーメン指数で言うなら一杯3000円ほどだろうか。卵は6個で1000円。スーパーで簡単なお刺身セット3500円(笑)。マグロのさくで赤身4000円、牛乳(全て輸入)1リッター1000円ほど。何せ食糧の自給率は1割ほどもないからだろうか。しかし、金融と観光にかける意気込みはドバイにも負けてはいないだろう。何もない小さな漁村からスタートした国だからこそのエネルギーはひしひしと伝わってくるのだが。。。。いやぁ、、兎に角、暑いんだもの、私はそれだけで、まあ、めげる(笑)。

どうですか、これで見聞きした全てではないですが、ちょっとは参考になりましたか?知ってる人は知ってるS国事情でした。。


2月 14, 2023

東京の移りゆく景色と地方の歯科医師(笑)

 日曜、東京だったが、久し振りに予定がぽっかりと空いたので、東京散歩。


FBにも書きましたが、日比谷公園からのいつものいやな感じの厚労省を仰ぎ、からの、愛宕神社、芝大神宮、増上寺。宝物展を見学し、借りてるらしい仏舎利の前で「南無釈迦ムーニーブ〜ツ」と3回唱え、家康公はいないが徳川将軍家のお墓をお参りし、もみじ公園でもみじ滝を見物。そして、目の前の東京タワー様に20年ぶりくらいに上ったわけです。そこから見る展望景色は実に丁度良い。スカイツリーは高すぎるのと、見える景色が小さすぎるのと、足立江戸川墨田の地理がいまいちピンとこない(笑)のとで、東京タワーの方が実に良い。

ぐるりと一周して思ったのだが、麻布台の開発は本当に何か残念な感じ。都内一等地に残る昭和の匂いがとても好きだった。その昔、オークラによく泊まっていた時分、ちょっと空いた時間はここいら辺のお散歩で、スエーデン大使館を左手に見ながらまっすぐ進むと麻布台下に続く左に下りる坂が有、その途中に昭和な洋館の素敵な花屋があった。そこをゆるゆると下り過ぎるとまさに板壁の昭和家屋が右手にならんで見え、完全にタイムスリップできた。とても良い思い出だったのだが。後年、初台青木先生にこのあたりの解説をもっと詳しく聞く機会があり、ワクワクして聞いた物だ。


東京タワーの醍醐味は降りるエレベーターが3階で止まり、やはり昭和なごちゃごちゃとした何かわからない怪しい店が所狭しと並んでいたはずだったが、もう、全く変わってしまって浦島太郎状態。一角に攻殻機動隊グッズが売っていて、そこにロジコマが。。攻殻機動隊好きなんだよなぁ(笑)。


八戸に帰り、極寒(笑)。


無歯顎さんの下顎を切り開き、平らにして4本インプラント埋入。例の奴?(笑)ウチじゃぁごく普通の風景かもしれないけれど、都会ではそれを「どんなもんだい!」と威張る先生多し(笑)。その後、呼ばれてとぼとぼ歩きの往診。寒い。これもまた何でも出来る地方の開業医の極意かもしれない。明日の夜のHERZ会はノーベルの新しいDEXISのIOSの話。何でも吸収しよう。買わないけど。

6月 07, 2022

何もないけど掛け流しのお湯がある

 
かつては、けっこうな頻度で書き込んでいたこの日記だが、古くは2000年に遡るので、もう22年ともなると、そりゃ、書き込む数も減るだろうし、FBにちょっとした愚痴や報告も出来る物だから、余程のことがない限り本来のブログに戻れないわけで、そういえば自前ブログサーバーが支那の攻撃で吹っ飛んで、数年分がなくなったものだから、躍起になって探し出しテキストだけでも保存したけれど、もう、それを整理する気力もなくて、丁度そのあたりだったか、某有名書店からこのブログを本にしないかと誘いがあり、半身乗り出したけど、なぁんだ、けっこう自腹切るのねと言うことで、丁重にお断りしたのも、ついこの間のような気がして、そんなことを思い出しながら、八甲田山中の電波がない秘湯に一泊二日だけれど、こもった物だから、何もないからこそ随分大脳を使うのだなということで、この久し振りのブログに筆が動いたわけだが、音と言えば雨の音と掛け流しの温泉の音、テレビはとりあえずあるけれど、付けてみると今更ながら、特にこういう場所では騒音以外の何物でもなく、騒音ではない時は、何かの意志の押し売りであることに、今更ながらはっとしたわけで、本来人という物は、こういう所でしんと静まる瞬間を大切にしながら、明日のことを色々考え、そしてその考えは膨らみ、ある意味の夢となり、それが実を結ぶためには何が必要なんだろうと、実に当たり前の事が、随分長い間忘れ去られていたことに、こういう何もない瞬間にふと思い出し、而して並行しながら全く別のことを考える余裕もまた、掛け流しの部屋付きの湯船に浸かり、ああ、そういえば小説を、Hanadaをと本を取り出し、あれあれ、この湯船では読めないじゃないかと、ふらふらと湯あたりしながら、久し振りに面白い小説に舌鼓を打てるこの時間さえ、何かさっきまで忘れていた。

雨の音と掛け流しの音だけ

ちなみに、この「。」のない小説的文章に初めて出会ったのは意外と楽しかったのに、なんか心がすさんでいた予備校時代。なんという作者かすら忘れたが、こういう本を借りた東武東上線「ときわ台」の図書館は覚えている(笑)。

なんていうどうでも良い事まで、すーっと思い出す、このお湯の不思議さなのでした。繰り返すが、電波というネット環境がないという幸福もあることを理解してほしいと、アナログではなくデジタルネットに訴える私。。(笑笑)

気は触れてません(笑)

11月 07, 2019

万巻の書を読み、万里の道を往く

勉強抜きでレポートする今回の旅行は、わずか、4泊の3回目の倫敦。うち1泊は調整だから実質3日間の倫敦滞在で得るものは大きかった様な気がする。ドライバーさんに、「冬の倫敦ってどうなんですか?」と尋ねると「曇り、雨、夜」という答えが速攻で返ってきた(笑)。嵐はほとんどないが、とにかく暗いのだとか。なるほど、土地風土と知識や学問は比例するのだろう。することがないから、暗い部屋で研究に没頭するにはうってつけの人も多いかもしれない。

夏目金之助がわずか1年ほどのイギリス留学において「夏目発狂」と言われるまでの神経衰弱を引き起こした本当の原因は、この気候にあったのではないかと言われている。来る日も来る日も雨の倫敦で、暗い部屋に閉じこもる様子を下宿人の女主人は「驚くべきご様子で、猛烈の神経衰弱」(土井晩翠記)とまで言われていたのだから。

 水曜どうでしょう、、の鈴井君が(笑)、欧州制覇の旅でどうしても行きたかったコッツウォルツの村々を車で訪ねてみた。彼らが到着したのは日も暮れており番組ではただ真っ暗だった場所。
美しい昔の村々が残っており、川を挟む素晴らしい地形に家が建ち並ぶその姿は、日本人でも「住んでみたい」と思わせる素晴らしい景色。川沿いの一軒家が売りに出ていた。650年前に建てられたという小さなその家は8000万円ほどの値がついていた。その値段は便利性や快適性ではなくあくまでも歴史の値段なんだと思った。

2度目の大英博物館に行った。やはりここは、6£で借りる音声ガイドではなく学芸員レベルの本物のガイドさんに案内してもらわないと面白くない。あるいは万書を読みそこまで自分の知識を持っていかないと、ただただ見て回るだけの博物館になってしまう。倫敦大学と繋がっていることに初めて気がついた。大英博物館と倫敦大学は隣同士なのは知っていたが、同じ建物だとは知らなかったので、どちらにも用事がある場合は非常に利便だ。略奪の限りをして世界中から集めた名品の数々と言われるが、半分は当たっているものの、半分は誤解であることも理解出来た。ここにあるから保存できているものも相当数に上る事実は、決して過去を否定ばかりしてはいけないと感じる場面もある。

トラファルガー広場前のナショナルギャラリーで、これだけの名画をいっぺんに見られると言う幸福も、少ない時間を惜しんで出かけた甲斐があるというもの。金で雇われたゴーギャンをウザいほど愛してしまったゴッホ。この両方の絵が同じ部屋に並ぶ、やはり歴史感の妙がまた、日本的に粋だと思うのは私だけなんだろうか。

万感の書を読み万里の道を往く、、事を否定する方々もそれなりに多いと聞くが、それはとても合理的な米国的開拓の発想。歯科的発想は合理的でなくてはならないかもしれないけれど、日本的発想こそ「書を読み街に出よ」と寺山が(?笑)言うように、本質の分からない医療人にはなりたくないものだと思った。えへん。


5月 07, 2019

あなたの知らないインドネシアを垣間見て

バリプロの茂木先生や吉岡先生をのけて書くほどでもないことなのだが、、、、、

史上初めての、ウチでは9連休、世の中は10連休、、を利用して、仕事に影響が出る左肩痛(60肩(笑))には、暖かい、いや、暑い気温のなかでの安静が最適だろうと言うことで、インドネシアのバリに向かった。
我が家の周囲では、桜が満開で、何もこんな素敵な時期にと思ってしまうが、無性に行きたくなっただけなのである。
三沢-羽田-シンガポール-デンパサール、、という非常にアクセスの良いフライトで、ストレス無く現地入りした。

南国なのである。暑いのである。汗が噴き出すのである。そして、初日にバリ腹(ググってください)になってしまったのである。考えられる原因は、生野菜かな??
まあ、程度は軽かったので2日くらいで回復するも、食欲はないし、香草だらけの食事は苦手だし、ただのパンと中華のえびせんのようなものばかり食べていたような。。。
ああ、ビールは点滴のように頂いてはいました。だって、のど渇くし(笑)。ポークソーセージの香草なしで何も味付けなしにマスタードだけで、赤ワインを頂いて、ああ、うまいなぁ、これ、と思ったのは3日目のことでした。

日本のネギのように入るパクチーは、タイやベトナムやカンボジアほどではないけれど、何がうまいのか?好きな人には申し訳ないが、あの臭いは、七戸小学校の古い木造校舎の便所裏のバツ当番の草刈りのドクダミ臭と、事もあろうか間違えてカメムシをつぶした、そんな臭いなのだ。一口すると、見事にその風景がよみがえる。

インドネシアの軍の参謀が「支那人には毒でも食わせておけば良い」と言って更迭されたように、インドネシアの人々は支那人が嫌いなのに、中央高速鉄道とかだまされて契約して、案の定何も進まず頓挫している様は、大きな反感を買っていて、「ほら見てみろ、安物買いで失う銭高はとんでもない、だから日本に頼めば良かったのに」という声が凄い。この国は、領海で拿捕した外国船(主に支那船)を40艘ばかり爆破するらしい。見せしめなのだという。日本政府は是非見習うべきだ。

矯正治療をしている大人女子を沢山見かける。費用が格安なのだと言うが、きちんと見てみると、ちゃんとしている。一番安い費用だと日本円で15000円。大学新卒初任給が38000円だから、彼らにとっては決して安くはないが、見栄えとできあがりにはそれほど差が無いと感じる。

ものすごい上顎前突の神様がいるからなのかな?と写真を撮ってしまった(笑)。

インドネシアを格下に見ているわけではないけれど、デンタルな経済はホワイトニング専門という小綺麗なおしゃれなものがそれなりに沢山あったり、矯正が盛んだったりと、サブスクリプション近代デンタルはきちんと機能していたんです。最後に、インドネシアの民族独立と、スカルノ第2婦人及び日本国は、そこに大いに貢献したことを覚えておくべきだろう。





3月 25, 2019

ワシントン行きすがらの関係ない話(笑)

行きの機中で・・・

産経新聞の正論でとてもいい記事を読んだ。
個人とはすべて歴史的な存在だと小見出しがついたコラムだが、要約すると、、個人の属性は血脈を通じる祖先からの遺伝情報として伝達され、そうして現在の自己としてここに生きるという発想が、いかに今の我々に不足している考え方なのかと言うこと。個人はすべて歴史的な存在であり現世の個人とは連綿と続く血脈の中の一人の旅人なのだという言葉になぜか涙する。
本来、一世一元の制を守り続けようというコラムなのだが、本来こういう考え方に同調しない左翼的思想は、日本共産党が元号は廃止するべきと行っている事からもよくわかる。考えて見ると、共産主義とは今のみを生きるニヒリズムの塊だから、歴史や過去はすべて否定しないと自分たちが生きていけないのだと考えて行動しているのだろう。だから墓参りなどしないだろうし、伝統的な文化事業も否定するのだ。あぁ、辛亥革命がそうであったか。
全く共感できない。だからかもしれないが、支那や朝鮮は自分たちの過去の歴史を否定しているか、誤った歴史を教育されているかなので、現状では理解できない国家行動を平然と行うのではないだろうか。世界の中でもたぐいまれな、奇異な国家といえる。


さて、ワシントンDC。美しい街でした。建物に高さ制限があるため、空が広いのです。電線はありませんし、都市計画の元に出来たため道路がトラフィックとは別に整然としています。宿泊ホテルから会場のワシントンコンベンションセンターまでは、歩いて10分ほどだったので、毎日朝夕てくてくお散歩でした。

今回のAO学会の内容で一番印象に残ったのは、まあ、私はおかしな人なので「How valid is the literature in implant dentistry」と言う演目を出したDr.Laytonという知らない人(笑)の話。多分結構有名な人なんだと思うが。。以前のAOでもある口演で訴えた某J先生がいたが「エビデンスが多すぎんだよ!」であり、このLayton先生は優しく「文献の有効性」なんて言い方をするが、実は「だまされんなよ!」というお話でありました。

米国でこの手の話は、別にだまそうとしているわけじゃないし、サバイバルレートなどのこれ見よがしな数字のトリックにはまらなければ良いのですが、結構タブーだと聞きますし、時によってはスポンサーからの研究費等の打ち切りにまで繋がるらしく、そんな話を聞けば聞くほど、ああ、米国はやはり医療はサービスを含めビジネスなんだ!と思うわけであります。しかし、皆、この面白い話の時あんまり人がいなくて、次のインプラントサーフェースの話になったら人が集まってくる。なんてことだ(笑)。目先の方が大事なのね(笑)。

リンカーンを拝むときに上がっていく階段の途中にあるキング牧師のこの碑文が胸を打つ米国なのです。何故か皆、ここを踏んでいくのが悲しいですが。

これが米国のファウンデーションの全てなのだと思いますが、実際に住んでいる人、如何ですか??