エジプト記の続きはまだ?と言われるも、そこそこの読者がいることにやや驚きながらも先にこの連休の猿倉温泉の話を。。
猿倉温泉に始めていったのは、両親に連れられてかれこれ50年以上ほど前になるかもしれない。その後自力でも60回以上は訪れているに違いない。何せ39年前、新しく自院を開業する時分、開業日の数週間ほど前から数日ここに逗留して、白濁の素晴らしい湯に浸かりながら、これからの将来のありとあらゆる夢と目的と算段とをノートにひたすら書き写し、すべからく実行の準備をと考えるほどここのお湯は体と心に染み入って来る。まあ、これ自体忙しすぎて実現しなかったが。。
連休の最後、強風の中、猿倉温泉に着く。何を隠そう五月六日以降は、何やら環境省の工事が入り、重機が周りを占領するので本日5月5日を最後に今年の営業はなくなるのだという。道理で、連絡をした時、5月の5日が空いていると言われ、休業になる話を知らなかったため連休の一番混雑している時なはずなのにと、驚きながら予約した。春先から殆どのお客は断っているが、よく知るお得意さんだけは何とか宿泊をしていただいたとの話。おお、私はお得意さんとして認められていたというのがとても嬉しい。
この湯には、実は日に何度も何度もはいるのが私流。午後到着して夕食まで2度、夕食後3度、翌朝朝食前と朝食後の2度、合計7度も入浴させていただいた。湯あたりしないのかと言われるが、この湯はしない。泉質はひたすら極上で、今まで多くのの温泉に出向いたけれど、ここを超す泉質には出会ったことが無い。そしてまた、湧き出る天然水もまた極上で、お茶は勿論水割りなど、本当に美味いと感じる。
強風の中、少し温度が高めの内湯をそそくさと出て露天風呂に出向いた。まだ日は高いが風がかなり強く吹く。他に人はいない。目の前の山肌の残雪を縫って、ゴウという音を引きずりながら新緑の準備を始めた木々の枝という枝を揺らし、幹の間を抜けて行く時、時折太い笛の音のような響きを遠くから私のいる露天湯船まで引き出してきたりする。
寝しまに夜遅く露天風呂に行く。ここはテレビは勿論携帯の電波はないので、ひたすら本を読んでいたが、やはり風呂に入りたくなる。誰もいない内風呂を通り過ぎ、全く光のない露天風呂へ。目が慣れるまでは暗闇と強い風の音。やがて満天の星が空に広がり、全裸の自分と宇宙が繋がる瞬間こそ、手塚の火の鳥の逸話に似ているのかもしれない。意識を成層圏まで飛ばし、そこから鳥瞰する。ふと、日月神示に記してある、「噛めば噛むほど神となる」がよぎる。何故だろうか。すっかり、日々の身体の不調や心の躓きが消えていく実感がわく。
これから先、あと20年は生きているかもしれないが、それはわからない。私は誰で何処から来て何処に行くかの答えがはっきりと見えないまま、漆黒の闇の中に消えていくだろう自分に、今を見ることこそ、現実として差し掛かっている事で新たに見つめ直そうと誓う。
