10月 03, 2026

スイスだな

 今回のスイスへの旅は、台風25号のせいで当初の予定の移動国内線が変更になったところから始まるのです。欠航になるかもしれない一日前に成田に到着したのですが、ものすごい雨で翌日の国際線フライトが気になるところ。しかし翌日は台風一過で驚くほどのいい天気だったのです。

予定のフライトはスイスエアー161便。2000年過ぎから息子がスイスに小6から留学したので幾度となく利用した便です。午前11時発でチューリッヒには現地時間で午後6時ごろ着く予定。昔からの私の持論だけれど、地球の自転に逆らって、しかも昼便で飛ぶ欧州は、寝ないことでジェットラグが最小になることを今回も証明するのでした。確かに昼寝くらいの時間は寝たかもしれないけれど、フライトの14時間、アメリカのドラマなクリミナル・マインドを嫌という程シリーズで見ていたわけです。

結果、チューリッヒに到着して空港に近いラジソンブルホテルに宿を取り風呂に入ってビールを飲んだらバタンキューで気を失い寝ました。日本時間で深夜3時ごろに相当しますね。もう若くないんだと自分に言い聞かせる67歳。


翌日は6時間ほどの睡眠で目が覚め、特に辛い感じはなく、まあ、すごくハラが減っていることだけでした。この日はミューレンという天空ので街で有名になった村に宿をとっていました。7年前コロナでキャンセルになって、しかも絶景スイートルームを無理に予約して、結局当時日本にいても咳の一つも熱の一つも全く出ないほど元気に過ごしていたのに、凄い凄い絶景を見ることができなかったリベンジなのでした。この、アイガーホテルの解説は後ほど。


で、女房殿が見つけてくれたベルナーオーバーランドパスというSBB(スイス国鉄)のパスが秀逸で、北はベルン東はルツエルン西はグシュタードそして南はブリーグと、電車はもちろんバスやロープウエイやケーブルカーや。そして船までカバーする凄いパスなんです。

SBBのアプリから、いつからいつまでと日程を決めてすぐ買えます。ということは、チューリッヒから目的のミューレンまでただ行くのは勿体無いので、カバーされていないチューリッヒからベルンまでのチケットを買い(これもSBBアプリからすぐ買えます)ベルンで2〜3時間観光してそれからミューレンに向かうことにしました。


旧市街自体が世界遺産のベルンの街は、幾度もスイスに来ている割には通り過ぎるだけの街だったわけで、今回やっと観光ができました。有名なアーレ川にかかるこれまた有名なニーデック橋の上から実に美しい川と街の景色が堪能できました。この橋を渡ると右手にクマ公園があります。私はクマ牧場と勘違いして、例のクマたちが餌をくれとパフォーマンスするのを想像してしまいましたが、熊は居ません。昔はいたのかなぁ。。

この公園の入り口の脇にレストランがありまして、たまたまアーレ川沿いの素晴らしい席をゲットしまして定番のロスティと、はじめ人間ギャートルズに出てくる骨つき肉をいただきました。これがただの骨つき豚肉なんですが、本当に美味いのなんのって。


時間を決めていたわけではないので、適当にふらついて、SSBアプリを開きます。その時間の自分のいるローカルな位置から自動的に近くの駅を選択しますから、あとは目的地を入れるだけで、何処で乗り換えてプラットフォームは何番で乗り換え時間は何分でと、目的地まで正確に教えてくれます。 これ、ふと思ったのですが、、、イタリアとかじゃ無理っぽいな。だって、出発する駅すら急に変わったりするし。日本とスイスとドイツぐらいかな、できるの。



思い通りにミューレンに到着しました。予約していたホテルアイガーは、部屋のバルコニーから、アイガー、メンヒ、ユングフラウヨッホが目前に手に取るように広がります。鳥肌が立たない人はいないでしょう。指を広げて12センチが約3000メートルになります。鳥肌ついでに鳥になったような気分になります。わずか数キロ目の前に、富士山より高い山が絶壁として広がるんですから。このパノラマは脳裏に焼き付くこと間違いなしです。


翌日は薄曇りでしたがいい天気。ということでグリンデルワルドまで行ってみることに。まあ分かりやすい乗り継ぎで、いつかは行きたいと思っていたこの地ですが、歴史が長いだけあって(1000年くらい前)凄い繁華街で驚くのです。想像では、目の前にアイガーの北壁が聳えるスイスの小さなリゾートで、別荘が点在し静かな日常を想像していました。実際は非常に活気のある、人が溢れている感じの観光リゾート地でしたね。別に嫌いじゃないですが、求めていたのとは違ったので、グリンデルワルドフィルストというアクティビティ満載の山に思いつきで行きました。いろんなアクティビティをトライする年じゃないので、空中散歩くらいに留めましたが、子供が小学生くらいでもし来たら、死ぬほど面白いだろうなと。スイスに住んでいる若夫婦とか羨ましい限りです。チューリッヒのような大都会からでもほんの数時間で来れますもんね。やはりスイス凄いわ。



翌日は、今度は軽いトレッキングをしました。宿を出て、少し歩くとアルメントフーベルという高原に行くケーブルカーがあり、ほぼ始発に乗って向かいました。以前10年以上前、来た時は霧の中で全く前後すらわからないところでしたが、今回は毎日素晴らしい天気で、これがスイスのトレッキングコースと言わんばかりのコースを歩きました。軽いやつ。人もそれほど多くなく、素晴らしい環境の中満喫しました。なんとなく選んだコースがほぼ下り坂で、砂利道はある意味恐ろしく滑るのです。しかし、360度絶景に次ぐ絶景とこれでもかというスイスの景色に圧倒される素晴らしいトレッキングでした。やってよかった。



その後、ケーブルカーを乗り継いでシルトホルンという007の舞台となった山の上まで。ここでも視界は素晴らしく、なんと百キロ以上離れたモンブランまで見えるという素晴らしい視程で本日もひたすら天気に感謝するのです。途中スキー場が開いていてなんかみんな半袖でスキーしてるのがとても新鮮でした。その後ラウターブルネンまで下山してインターラーケンに向かいます。ここから船でブリエンツまで行くのです。目的はこの船上での昼食でした。それなりに高価で美味しい昼食をいただき(スイスは全てが高価)ミューレンまで帰路につきました。明日はチューリッヒでまるで住んで居るかのようにうろうろしてから、帰国の途に。


ここでしみじみ思います。スイスは道端の雑草が全くありません。線路脇も雑草がありません。除草剤は使わない約束らしいので皆自力で雑草を取り除くようです。とにかく世界中からの観光が目玉ですから皆、会社も個人も、コミュニティも頑張るのだそうです。当然にゴミもほとんどありません。移民の集中する都市部、チューリッヒ、ジュネーブ、ローザンヌ等はやはり地方都市に比べれば汚れています。とは言っても、世界中色々見てきて本当に綺麗な国だなと思うんですよ。東京を除く日本が1番綺麗だと思ってましたが、地方の道路脇や線路脇の雑草伸び放題は辟易しますわね。
それともう一つ、スイスは普通に地方都市のど真ん中に原発があって5基ほど稼働しています。放射線に関する種々のクレームは全くないそうです。逆に太陽光パネルが自然の中には全くありません。非常に数は少ないけれど、工場の屋根や駅舎の屋根に少しだけみます。太陽光パネルこそ自然破壊の代表だという認識があるようです。日本の無知な親中政治家に聞かせてやりたいわね。日本の場合は支那の工作員の工作がうまくいっている証拠なのだろうと思います。


あと絶対付け加えておきたいのが、いたるところにある自転車専用道路ですね。特に地方都市では、いや、凄い田舎でも、非常に整備された専用道路があります。作って終わりの日本の政治ではなく、作ったらきちんと永年管理をするという姿勢が非常によくわかる専用道路です。もちろん道端の雑草など微塵もありません。多くの国民や観光客が利用しているのがよくわかるというものです。

別の意味で気になることが一つ。喫煙率の高さです。都市部に行けば行くほど歩きタバコや喫煙所や喫煙可能レストランのなんと多いことでしょう。石畳に間には吸い殻が散乱しているところもあります。店内禁煙でも出入口脇の外に多くの人が集まってタバコを吸っています。以前は16歳から吸えましたが、2024年から18歳以上でなければダメなようです。これだけ喫煙率が高いとさぞかし肺癌種の割合も多いのかと思いきやそうでもないようですし、スイスはその地盤から極微量のラドンが出っ放しの国なので、関連の有無に関わらず癌の罹患率は欧州の中では比較的高いと言われています。しかし癌の治療に関して5年生存率ではダントツで一位を取っているようで、通常の医学的推論が当てはまらないのだろうかと思ったりします。


簡単にまとめてみると、スイスは基本的には防衛軍事国家ですから、日本も見習うべき事が沢山あります。移民問題も一時期はポリコレグローバリストが台頭した時期もあり、かなりの数の移民難民がシェンゲン協定に加入したことにより相当増えました。結果、国内が驚くほど荒れてかつてのスイスの治安を維持できなくなってきたため国民投票で見直したように聞きました。大きな出来事は国民投票で決まる政治形態も興味があります。移民だけではなく永住許可や国立大学への留学生への許可など、想像するよりはるかに自国民ファーストで物事が決まっていきます。産業に関しても一次産業は徹底して守られ、それに答えるべく国民は一丸となって頑張るため、道ばたにゴミホコリや雑草が無いのですね。チーズとワインは秀逸ですが、日本ではあまり紹介されていないし、国内消費が最大シェアなので、逆にとても良いことだと思います。


幾度となく訪れたスイスです。行く度に色々なことが発見できる素晴らしい国だと思いました。日本の次にですけど。



7月 20, 2026

批判を浴びるらしい、支那、シナ、CHINA に関しての小さな考察

 私のこのブログでの中身というより、言葉尻で「支那」という言葉に執拗に、粘着質に自己主張し思考停止している方がいるので考察してみる。

その言葉を使うといやな思いをする人が沢山いることを知るべきだ、と。そしてその背景と侮蔑語としての簡単な歴史を書き込んでいる。私がその背景を理解しようと色々な書物を紐解いても非常に理解出来ないのは、その根底にある日本の自虐史観と大東亜戦争における支那の一方的な都合のいうように偏向した修正歴史をまともに信じている所為なのだと思っている。

私の両親は教員で日教組の構成員だった。戦後の自虐史観を徹底的に教える側だった。小学生の時、やはり「支那人」という言葉に異常に反応していたような気がする。我が家には、毛沢東や共産党の書籍がならび、社会主義の真髄だとか(笑)今更ながらだが子供には全く理解出来ない左翼本がならんでいた。母はそんな書籍がならぶことに嫌悪を覚え、1960年代後半からの学生運動の基礎となっていた左翼思想に私が流れるのを恐れ、中学生の頃引っ越しを機会に焚書にしていた。すると私はそれ自体が疑問に思え、友人と図書館に通い共産党や社会主義、マルクス本などを好んで読んでいた。

しかし、きちんと読めば読むほど、その理論事態に大きな疑問が出てくる。理論破綻しているのではと思うようになる。なぜなら彼らは自己正義のためなら法自体を破ることに何の疑問も持たないという、今で言う洗脳教育そのもので、丁度赤軍派事件後泣きながら、あんたが読んでいる本は危険思想だから止めろと懇願する。母はとっくの昔に日教組は辞めており、父もまた転勤を機に止めていた。そりゃそうだ。皆おかしいと気がつき始めた。

多くの、数々の暴力革命を旗印に、悲惨な事件が共産主義や社会主義のファウンデーションとして日本中を巻き込む。その彼らは今や後期高齢者だから余計に手に負えないのか。そして、後になってから、日本共産党の黒い歴史や中共の理論破綻している共産主義の本を読みあさり、キレイ事とお花畑理論が、あえて共産主義の隠れ蓑として工作員により工作されている事実を目の当たりにする。世では陰謀論かも?と言うが、そんな生やさしいものではない。

「支那」に関する侮蔑語としての歴史も、多くの工作員の努力のたまもので、まじめでやさしい日本人にはうってつけの工作なのだった。1946年蒋介石は支那という言葉は、我々にとって侮辱する言葉だと日本政府に注文をつけた。その背景には蒋介石の国民軍こそが、ホロコーストにも近い国民の虐殺を日本軍の所為にするための、やはり隠れ蓑としての工作だった。

後に毛沢東は、日本軍のおかげで蒋介石を追い出し我が革命の成功の立役者として日本軍を賞賛している。しかしこれ自体歴史の表舞台からは抹消され、日本軍が支那に悪行三昧をしたというプロパガンダ工作のみが大成功をもたらしている。結果、米国も原爆という史上最悪のホロコーストの正当化のため支那に対しての工作や、日本国民に対しての工作活動が功を奏して、今でもそれを錦の御旗にして、「支那様になんて失礼な事を」という世論やマスコミ形成に大成功した。しかし今や、情報は個人でいくらでも精度の高い情報を集めることができる。支那は新たな工作として、法を使いあらゆる手を使い、自国のいや指導者の利益のためにますます精力的に動くだろう。

支那という言葉は、単純明快で、侮蔑だと定義づけた政治的メディア的工作は大成功しているのだ。それに乗っかる純真な日本人は自国のために早く早く目を冷ますべきなのではないかと前期高齢者を少し過ぎてもなお、心から心配している。

これを機に、ポリコレの暗躍や新共産主義の恐ろしさを、少しずつ考察していこうかなと思っている。だって、「支那」ごときにかみつく思考停止がまだ沢山いるらしいから。




7月 17, 2026

京都にて、当院40周年を祈念し次の40年もまた平穏であるようお祈りしてきた

歯科であろうと、その科学の歴史を長く伝えるのは 文化の継承に似ている。

東山慈照寺(銀閣寺)の店が並ぶ参道前脇の右に折れる坂道を奥に進む。右下手には哲学の小道。西田幾多郎先生が思索しながら散策した道で有名だ。ここは銀閣寺から熊野若王子まで続く疎水段丘になっていて、閑静な住宅や仏閣が並ぶ、観光客の喧噪とはかけ離れた静かな道が続いている。

家々の玄関軒先には「厄除ちまき」がぶら下がり、足下には「いけず石」という、長い歴史の片鱗があちこちに見られる。京都人は独特の「圧」をもって裏の裏をかいたやり取りが通常らしいが、それはそれ、他の町では経験の無い長い歴史を変化させないための文化の1つとして認識しなければならないだろう。何せ「先の大戦」と言えば、京都人にして見ると「応仁の乱」なのだから。

谷崎潤一郎の墓のある法然院は、殆ど人のいないひっそりと佇む静かな寺。観光ルートからもほぼ外れているため、静かな京都を堪能したい人がチラホラといるだけ。数十年前の京都の趣が残っている貴重な場所かもしれない。今や京都は外国人で埋め尽くされ、昔の京都はほぼ無いと思っていただけにとても穏やかな気持ちになった。

観光客がほぼいないと言えば、鞍馬寺から貴船に向かう山道。2キロ程のとても険しい階段の上り下りで私のふくらはぎはパンクした。地図で見るより圧倒的にアップダウンがキツい。しかし京都の自然はそこかしこに沢山残っていて、途中鹿にも出くわした。外国人もさすがにほとんどいなかったのだが、スイスから来たというカップルは、ローザンヌ在住で、息子の学校と同じ町だったものだから話が弾んだ。奇遇だね、じゃあと別れた後、帰りの混雑した電車で偶然また会った。何かの縁なのだろうか。「See you next time somewhere in the world」と言った。大笑いしてお別れした。

私はただの観光客で、京都人としてのなんたるかは知るよしも無いが、「老舗はいつも新しい」という言葉を聞くにつれ、嗚呼、なるほど、京都大学の左傾化した昔の学生運動を始め、保守政治家の少なさもまた、京都ならではの長い歴史の裏側なのだろうかと思ったりもする。タクシーの運転手さんが「京都大学の左翼的看板やそういう学生が少なくなっているのは寂しいですよね」と言っていた。観光で外から来た私にして見ると、この京都の長い歴史と遺産の数々を目の当たりにしても、とてもその思想が奇異に見えてしまうからこその歴史の重みに対する取り組みなのだろうなと感心したりもする。

八坂神社で、これからの当院の未来を祈願した。今まで頑張ってきた基礎は、あくまでも歯科診療の純粋な追求と、ビジネスではない歯科のあり方への哲学だった。今時笑われるかもしれないが、マーケティング重視の歯科のあり方とは如何にしてヒエラルキー上層部を我が手に収めるかの方法で、私は全くもって賛同できない。しかし、これからのあり方を次の世代が真剣に考えた末の話ならそれも仕方が無いのかと思ったりもするが、まあ、そんな難しい相談は八坂の神様にしたわけでは無いので(笑)。





7月 01, 2026

いつもの保団連代議員会を終えて・・・左翼脳って凄いわ

まあ、いつものことだけど、この左翼連中はどうにもならんのかね(笑)

私の数々の質問に対して、執行部は「偏っているとかイデオロギーとかそんなことは一切無い」と返答。・・・・・・何処が?

医療団体としてそれだけをやっていくというのは筋違い。世界の平和や安定に寄与し我々は反核反戦の集会にも参加している・・・とは、愛知協会。色々一方的に主張する中身は共産党社民党れいわ新選組など超左翼の言い分。思考回路がショートしてないか。。支持率1%の政党、ブーメラン政党、二枚舌政党、都合が悪いとダンマリ政党、これらから支援を受ける活動家達は法など守らない暴力集団。今や国民の多くはそのキレイ事に隠れた暴力にうんざりしているんですよ。いいですか?平和は尊くその獲得手段に戦争は絶対避けたいのは当たり前。しかしその我が国の平和を脅かすキの字がいたら排除する力は必要でしょ。外交と言うが、相手がキの字だと話通じないでしょ。お花畑脳で、今の日本の平和は9条のおかげだと本気で信じている大先生方が大勢居ることに驚きを隠せない。

自分達の絶対正義はGHQの作った憲法を守ることと公言。その正義のために高校生や一般人が死んでいるにもかかわらずだ。国民の半分は改憲に反対だと豪語するが、身内だけでしょ。そして高市政権はとにかく自分たちの歪んだ正義からかけ離れているから、メディアと一緒になって高市潰しに快感を覚えている。思考停止したバカだろう。自分たちだけで勝手にやればよろしい。巻き込んでほしくない。

これ、イデオロギーじゃないのか?そしてもう一つ気がつくことは、オールドメディアの言い分をまるごと信じ切っているところにある。トランプが悪い、高市が戦争しようとしている、軍備拡張はアジアの平和均衡を破る、等々。あのね、それ支那に言えよ。安全保障の取り組みの根底は支那の覇権主義から来る軍備増強による平和破壊じゃないですか。我が国の安全保障に関わる問題を支那目線で平気で語る反日主義者達。

外交外交とお花畑の発言も多い。世界の歴史は勿論、近年のG7においても、外交のファウンデーションは軍事力で、軍事力を持たない国と外交交渉など成り立たない事は証明されているじゃないですか。頭の中にウジが湧いているとしか思えない。

戦争をしようとしているという発言も多々。オールドメディアと左翼界隈の常套句。日本人を馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。常に上から目線で「アタナは騙されている」コレも常套句。やはり日本人を馬鹿にした反日思想のたまもの。故石原氏がいう「あいつら日本人じゃねえんだよ」に納得。戦争したい人、どこにいるのか教えてほしい。戦争反対と我が国に行ったところで我が国は戦争してないんだよ。支那に言えよ(再(笑))。

かつて30年以上前、保団連の総会や代議員会では、壇上に日の丸と保団連旗。しかしいつの頃からか、日の丸が無い。明らかに反日左翼思想が蔓延している証拠では。

ベネズエラの地震は大変だと思う。で、被災した彼らに言う言葉が「トランプのせいで云々」しかし、トランプ氏は正しい。世界のリベラリスト以外はそう思っている。独裁大統領を捕まえて、ベネズエラの独裁不自由国家から自由主義民主主義を奪還した。コレもメディアは全く報じず石油利権の話ばかりする。真相は違うから、ベネズエラの友人歯科医師達はやっと訪れた民主化に涙を流して喜んでいるが、オールドメディアは全く報じない。コレはイランも同じ。かつて自由と民主化を求めて抗議したりデモしたりした10代から20代の若者達は、公共の広場で虐殺され、あるいは吊るし首にされ8万人以上が命を落としていることはオールドメディアは全く報道しない。報道するのは戦争で幼い命を含む犠牲者がいてその人権が無視されその原因はトランプだと。人権を言うくせに、こういうことにはダンマリを決め込むド左翼共だ。

話を戻そう。サヨクな医療問題など誰が聞くか。国民一人一人の幸福を願う政策は、共産主義ではない。不安を煽って共感者を増やす手法は共産主義の勧誘方法じゃないか。賢い医療人は思考停止せず世界を捕らえ我が国の貴重な医療を推し進める最良の策を考えていきたいのだが。まあ、どんな組織日医日歯保団連、それらの代議員会など答弁が出来上がった出来レースのガス抜きであることは間違いないけどな。。




6月 27, 2026

保団連代議員会前日に思うこと

私は保団連の一部から批判されているらしい。(笑笑) 

先に言っておくが、国を滅ぼすのはリベラリストな左翼だと言っても過言ではないと言うのが、多くの政治家や学者やジャーナリストに会って、オフレコで飯を食べながら話しての感想だ。確かにそれは歴史や世界が証明している。

私が忌み嫌う共産党の話。。戦後、暴力革命を党是にした共産党という組織は、GHQから資金援助を受けていた。ソビエト共産主義に対抗する目的で日本での活動を援助してもらっていた。日本共産党秘誌を読むと驚く。しかしGHQの思いとは裏腹に共産党は過激化し、自分たちの信じる正義のためなら多少の犠牲はかまわないという、現代にも通じるロジックが出来上がってきた。これはGHQの大誤算なのである。今まで何人正義のためだと人を殺してきたのか。

そのGHQが「真実はかうだ」でNHKを使い国民を自虐史観に放り込んだ最大の目的は、人体実験と後で証言された「日本への原爆投下」という人類史上最悪のホロコーストを何とか正当化する目的だった。また、憲法で戦争を放棄させ日本自体の弱体化を狙ったが、朝鮮戦争でそれが失敗だったと、これも後のアメリカ議会で証言された。マッカーサーは日本の戦争は侵略戦争では無く安全保障上の戦いだったと証言したが、やはり原爆の正当化によりこの証言は抹殺されかなり後になってから表舞台にでることになった。

しかし、日本はこれを逆手に世界にも例のない経済成長を遂げた。安全保障に金をかけない(アメリカが守ってくれるよ〜)代わりに経済に金をかけ「Japan as No1」を成し遂げていた。これもアメリカの予想外の展開だった。

ここまでの話は全く保団連とは関係ない(一部左翼構成員は関係あると信じているが)しかしである。社会保障の原案はGHQの流れを汲んでいる。国民皆保険という社会主義的なシステムを導入したらどうなるのか、、という実験だった。結果、日本人の勤勉さ、堅実さ、そして日本人の根底に流れる相互扶助というモラルと心が、やはりアメリカの思いとは裏腹に今の今まで成功し、私たち医療人はこれを守ることを命題に、心の中で「誰でもいつでも適切な医療が受けられる幸福」を実現している。アメリカは10年で終わると予想していたが。

最高学府の中でもかなり高度な知識を必要とする医療人に、なぜ共産主義者が入り込んでいるのかこれで理解出来るかもしれない。医療という高度な知識の裏には、社会への思考停止が潜んでいるから、一度左傾化した思考に洗脳された途端思考停止はやむを得ないのかもしれない。戦争反対というプラカードは是非隣国の支那に向けて突き刺すべき。

日本人と言う誇りを持っているのなら、国体という世界一の歴史を誇るなら、それを医療の中に十分に還元する思考をこの先も現実的に議論し行動し実行するべきだと思うが如何か。

人を批判するヒマがあったら医療現実問題をどうすれば可なのかと考える方が優れていると思う。さあ、寝ようっと。(笑)



6月 19, 2026

スカイセンサー ICF5900


 衝動的に、先週ポチッと買った。スカイセンサーICF5900という名機だ。理系男子ならかなりの確率で持っているはず。八戸北高校の難関(笑笑)理数科に合格したとき、Sヤイリのギターとともにおめでとうと、故おやじさまに買ってもらった。1975年だった。

この時の奴は、まだ技工室でFM専用機として現役で使われている。今回の買い物は衝動的にあの操作感を思い出してついつい。中古とは言え全く問題なく使用できる。半世紀以上経過してもなおSONYの技術には脱帽だ。しかし、SONY は電子機器や光学機器その他電気製品から撤退して(名前は残して)、韓国や支那の会社に売却しているので残念ではあるけれど、新しい経営方針はハードではなくソフトウエアや金融にシフトすると決めたのだろう。世界の技術のSONYはもうない。

高校時代、家のベランダに短波のアンテナまで自作してこいつにつなぎ、世界の声を聞いていた。BCLがまだブームであったので、どれだけでも遠くの電波を拾ってカードをもらうことにトライしたが、はがきを出すのが面倒で諦めた。聞くだけでいいや(笑)。まあ、ベタだけどオーストラリアのカワセミの声を聞いて、アンデスの声を聞いて、ダブリンの風を聞いて、日本語放送だけじゃなく何言ってるのかわからない言語も含めて、地図帳を広げてBCLの雑誌を広げて、妄想の世界旅行をしていた。

実に楽しい時間だった。そしてそれがまさか20年後、これがファウンデーションとして、自分であちこち世界を旅する。そして、山形の高木兄ちゃんと知り合いになって世界中あちこち歩くことに拍車がかかった。だって、兄ちゃんは「じゃあ次のスペシャルセミナーはイエテボリ集合」とか「台北のどこどこ集合」とか世界中の現地集合は痺れる。とはいっても現在25カ国ほど。ユチューバーの「しげ旅」のように130カ国以上とかそりゃもうかなわない夢だけれどねぇ。殆ど学会とセミナーの海外旅行だけれど、サボればそれなりに楽しい。勿論勉強も楽しい(笑)。

このラジオでの短波放送で一番衝撃だったのは、時折受信する北朝鮮の謎の暗号放送「イニシャルK?」だったかなぁ。これは日本の工作員向けの暗号指令と言われていた。ひたすらモールス信号の「ツーツ,ツーツ」がずーっと繰り返されて、たまに「ツーツツ」とか混じる。インターネットの普及とともになくなったらしいが、ネットはクラッキングされるので最近はまた短波で毎日変化する乱数のみを放送しているらしい。怖い国だ。

またこのラジオを手に入れたことで、ネットのために老化した前頭葉に妄想が戻ってくることを期待したい(笑)。。

6月 17, 2026

首都圏からの転院患者について考察

 6月頃のこの季節、4月に首都圏から八戸に転勤して、少し落ち着いて、治療途中だった歯科治療でも始めようかと転院してくる患者が少し増える。勿論首都圏からの転勤で、何故かいつものように、向こうでのなんちゃって処置のオンパレードだったり。何故なんだろう。

色々話を聞くと、やはりいつもの事だが、「保険治療は良くないから自費を勧められた」と言う。じゃあその自費のジルコニアとかフィットしているかと言えば、昨年セットしたブツの出来がすこぶる悪いと診断できるほどしょうもないものだったり。しかし患者にそれを伝えると可哀想な気もするし、前医の批判はしたくないからお茶を濁して、口腔内の資料をそろえてフルマウスの治療計画とかお話しするのだが、そんな話は初めて聞くらしい。勿論保険カバーでね。

やるやらないは別にして、ウチじゃあ、ここまで話をさせてもらってからタイムテーブルの作成に入る。特別な料金などもらってはいないし、説明後やはり今はまだ忙しいからとそこだけ治療のケースもままあるけれど、当院はフルマウスリコンストラクションで風評(笑)が出ているので、逆に以外と選択してくれる患者も多いものだから、そりゃレセ1枚あたりの平均点は2500点前後になる。ちなみに青森県の平均点は最新情報で1360点なり。行政個別指導は、その平均点の1.2倍のグループ上位8%だから、まあ、まっしぐらに当選(笑)。

Yahoo!ニュースに、歯科の資材不足テレビインタビューを私が受けた記事が載って、まあ、わかる人にはわかるだろうが、背景には政権批判を隠しての政権批判をオンエアしたいものだから、マスコミ得意の結構切り取り報道。マスコミはサヨク正義を是として偏向報道だから仕方ないかな。それより面白かったのは、、私に対するヤフコメのポンコツぶりで、中には歯科医師もいるだろうけれど、酷い認識とバカッぷりに、、「昨年歯科医院は過去最高の倒産件数」と報道されるのも納得するわね。

特に驚いたのが、歯科医師であろう匿名ヤフコメ。「歯科は患者一人あたりの点数を1000点以下に厚労省が決めていて、それを過ぎると歯科医師免許停止になるという国が酷い制限を設けている」という認識のバカっぶりにビックリしたわ。こう言うセンセは、先にも書いたように、保険で点数を上げると免停になると信じているので自費を勧める、、と言う新しいパターンかもしれない。言っとくけど、そんなわけないだろ(笑)。何処からどういう情報を整理するとこういうことを書くのかよくわからない。ということは普段の臨床もこんな感じで不確実。まあ、倒産の仲間入りになるのかなぁと漠然と思ったりする。

歯科医院倒産に関して、顔面広告のKNT歯科の先生が色々コメントしていて、確かに同意部分もあるけれど、私らのような地域医療に貢献している歯科医師としては、なんだかイミフの所もある。しかもウチではこうだと自慢げに話しているが、保険診療と自費診療の峻別はやはり都会の先生。信じられないかもしれませんが、クレームと煩悶を抱え当院にオタクからはるばる流れ込んできた患者もいますのでね。

要するに私も含めて100点満点の先生はいませんって。だけど、KNT先生も含めて、真摯にひたすらまじめに歯科医療に取り組んでいる先生と、あからさまなビジネス色を見破られないように高度なコンサル依存型の先生と、確かに2極化は進んでいるでしょうね。で、倒産するのは後者ですから、HP上の美辞麗句に注意しましょう。特に分院展開が凄い大手医療法人は、それぞれの医院の質を分院長任せだろうから、理事長は売り上げからしか見ることが出来ない分質は低下するでしょうね。知らんけど。                           

ちなみに今地方都市では歯科医院不足で歯科難民発生し始めています。痛くても初診2ヶ月先とか、、、、ウチは応召の義務守ってますから待合患者さん皆さんのアポからの待ち時間を約束よりだいぶ長くしてもらう時が時々ありますが。ごめんなさいとご理解ください。最後に言っておきますが、勿論首都圏においても保険診療で素晴らしい実績を上げておられる先生方もいらっしゃるので誤解無きように。。



6月 12, 2026

共産党と手を切らないととんでもない医療人になるぞ

保団連関連活動をしているが、コレは酷すぎ。沖縄県保険医協会は総額8億円集めた辺野古基金から金銭的支援を受けていた。


私はいつもたった一人、青森協会の副会長として保団連の総会や代議員会で全ての案件に反対して孤軍奮闘しているつもり。賛成129反対1とか(笑)
しかし、ほぼド左翼の集まりの保団連は、私を奇異な目で見る奴がとても多い。そして保団連は共産党と言を同じくして沖縄協会などを支援している。思考停止しているヤカラが多過ぎじゃないか。

今月議員回りをしたが、コレじゃあ話すら聞かない議員がいても不思議ではない。だから保団連とは関係無しだということを強く言いながら回っている。

総額8億円余りを集めた辺野古基金。
現在の残高は148万8千円余。

内部での銭ゲバのため、どの団体にどれだけ支援したのかは非公表。
それを決めるプロセスも不透明。その資金源に医療関係や教職員組合、
公務員組合が名を連ねているが、その金で活動していたヘリ基地反対
協議会の船で高校生が亡くなった事は大問題ではないのか?

医療関係者や教職員は生徒を死地に
追いやった活動を資金的に支えて
いた。酷い話だ。聞けよ保団連。共産党と手を切れよ。

拡散希望



5月 06, 2026

猿倉温泉

 エジプト記の続きはまだ?と言われるも、そこそこの読者がいることにやや驚きながらも先にこの連休の猿倉温泉の話を。。

猿倉温泉に初めていったのは、両親に連れられてかれこれ50年以上ほど前になるかもしれない。その後自力でも60回以上は訪れているに違いない。何せ39年前、新しく自院を開業する時分、開業日の数週間ほど前から数日ここに逗留して、白濁の素晴らしい湯に浸かりながら、これからの将来のありとあらゆる夢と目的と算段とをノートにひたすら書き写し、すべからく実行の準備をと考えるほどここのお湯は体と心に染み入って来る。まあ、これ自体忙しすぎて実現しなかったが。。

連休の最後、強風の中、猿倉温泉に着く。何を隠そう五月六日以降は、何やら環境省の工事が入り、重機が周りを占領するので本日5月5日を最後に今年の営業はなくなるのだという。道理で、連絡をした時、5月の5日が空いていると言われ、休業になる話を知らなかったため連休の一番混雑している時なはずなのにと、驚きながら予約した。春先から殆どのお客は断っているが、よく知るお得意さんだけは何とか宿泊をしていただいたとの話。おお、私はお得意さんとして認められていたというのがとても嬉しい。

この湯には、実は日に何度も何度もはいるのが私流。午後到着して夕食まで2度、夕食後3度、翌朝朝食前と朝食後の2度、合計7度も入浴させていただいた。湯あたりしないのかと言われるが、この湯はしない。泉質はひたすら極上で、今まで多くのの温泉に出向いたけれど、ここを超す泉質には出会ったことが無い。そしてまた、湧き出る天然水もまた極上で、お茶は勿論水割りなど、本当に美味いと感じる。

強風の中、少し温度が高めの内湯をそそくさと出て露天風呂に出向いた。まだ日は高いが風がかなり強く吹く。他に人はいない。目の前の山肌の残雪を縫って、ゴウという音を引きずりながら新緑の準備を始めた木々の枝という枝を揺らし、幹の間を抜けて行く時、時折太い笛の音のような響きを遠くから私のいる露天湯船まで引き出してきたりする。


寝しまに夜遅く露天風呂に行く。ここはテレビは勿論携帯の電波はないので、ひたすら本を読んでいたが、やはり風呂に入りたくなる。誰もいない内風呂を通り過ぎ、全く光のない露天風呂へ。目が慣れるまでは暗闇と強い風の音。やがて満天の星が空に広がり、全裸の自分と宇宙が繋がる瞬間こそ、手塚の火の鳥の逸話に似ているのかもしれない。意識を成層圏まで飛ばし、そこから鳥瞰する。ふと、日月神示に記してある、「噛めば噛むほど神となる」がよぎる。何故だろうか。すっかり、日々の身体の不調や心の躓きが消えていく実感がわく。

これから先、あと20年は生きているかもしれないが、それはわからない。私は誰で何処から来て何処に行くかの答えがはっきりと見えないまま、漆黒の闇の中に消えていくだろう自分に、今を見ることこそ、現実として差し掛かっている事で新たに見つめ直そうと誓う。

2月 16, 2026

エジプト記 3~9日(笑) まとめすぎそしてまとまらない(笑)


 3日目は、アスワンからアブシンベルに移動。果てしなく何処までも続く岩砂漠を4時間以上バスは走り続ける。この荒涼とした風景を何時間も眺めながらふと思った。スターウォーズのスピンオフ、キャシアン・アンドーの生まれ故郷の星の風景そのものがとにかく果てしなく続く。

こういう所で生まれ育ったらどういう思考回路になるのか見当もつかない。勿論知識を入れていけば私たちの理解の所まで近づくことは可能だろうが、そして私たちも近づけるはずなのだが、多分難しい。

かつてカタールのドクターが話してくれた昔の話。果てしない砂漠を一人で移動していると向こうからやはり砂漠の旅人がやってきた。日本人なら挨拶や情報を交換したり水や食べ物を共有できるんじゃないか?しかし、私たちの祖先はここで厳しい教えを持っていた。向こうから来る旅人は敵なのだ。如何に全てを奪うためにどうするかを真っ先に考える。なぜならこのまま砂漠の旅を続けることは大変なリスクを追う。だから可能な限り水や食べ物を奪うことが自分が生きていくリスクを減らすことが出来るのだと。そしてそれはお互いにそう思っているという。

如何だろうか。この基本的な思考回路がインプットされている民と、私たちは共存共栄できるのだろうか。旧約聖書の中で既にこの事は危惧されていたため、神は言語を。共通の認識のある民達だけに同じ言語を与え、共通認識が無い民には違う言語を与えているのだという。私はこの考えは至極真っ当で、きれい事を並べるリベラルな人達とは真っ向から対立するのだと思う。


アブシンベル宮殿は、これもスターウォーズの世界だった。というか、ルーカスはこれを真似したのだろうけど。幾らアスワンで移設したとは言え、この素晴らしい宮殿に息を呑む。朝焼け夕焼けもアブシンベルで経験させてもらうと人生観が勿論変わる。

またバスで荒涼とした砂漠をひた走りアスワンまで戻りライン川クルーズ船に移り3泊する。ライン川を下るこの度のハイライトかもしれない。穏やかにユックリと進む船から、途中下船してルクソールへ。王家の谷もやはりルーカスの世界か(笑)。ツタンカーメンの墓を見つけた少年は、カーター卿にその手柄を譲りはしたが、その存在は驚くべきシステムで作られており、それを解明するにはやはり大英帝国の知識と技術が必要だったのだろう。


下船後、一路カイロへ向かいメインイベントのギザのピラミッドか。それぞれの詳しい紹介と感想はそれらの素晴らしい本に任せて、私は違う切り口でエジプトを見てみたい。

荒涼とした砂漠の中に突如現れる無数の円形の小麦畑をご存じだろうか。空から見るとよくわかるが、これは砂漠の中の大穀倉地帯なのだ。ここの小麦は殆どがウクライナ戦争に明け暮れるロシアに送られる。何故?そうその関係は先にも述べたアスワンまで遡るのだ。アスワンダムは1960〜1970までの大工事で出来たエジプトの心臓だが、その資金をソ連が出していたのが最大の理由で、今でもエジプトはロシアとの関係は非常に深い。しかし通貨はエジプトポンドとドルが流通していて経済の混乱と成長が阻害されている一つの要因となっている。

また、砂漠の中に突如現れる集落はイスラムの土葬のお墓と住居が合体した近代的理想郷で、多分日本人には全く理解出来ない集落ではないかと思う。どこかから移設されたのかまるごと集落なので、私は、、、、何か得体の知れない恐怖を感じるのだが。

やはり、最後までまとめることはこのページでは無理なので、次はルートをもっと詳しく紹介してみようと思う(笑笑)。