私のこのブログでの中身というより、言葉尻で「支那」という言葉に執拗に、粘着質に自己主張し思考停止している方がいるので考察してみる。
その言葉を使うといやな思いをする人が沢山いることを知るべきだ、と。そしてその背景と侮蔑語としての簡単な歴史を書き込んでいる。私がその背景を理解しようと色々な書物を紐解いても非常に理解出来ないのは、その根底にある日本の自虐史観と大東亜戦争における支那の一方的な都合のいうように偏向した修正歴史をまともに信じている所為なのだと思っている。
私の両親は教員で日教組の構成員だった。戦後の自虐史観を徹底的に教える側だった。小学生の時、やはり「支那人」という言葉に異常に反応していたような気がする。我が家には、毛沢東や共産党の書籍がならび、社会主義の真髄だとか(笑)今更ながらだが子供には全く理解出来ない左翼本がならんでいた。母はそんな書籍がならぶことに嫌悪を覚え、1960年代後半からの学生運動の基礎となっていた左翼思想に私が流れるのを恐れ、中学生の頃引っ越しを機会に焚書にしていた。すると私はそれ自体が疑問に思え、友人と図書館に通い共産党や社会主義、マルクス本などを好んで読んでいた。
しかし、きちんと読めば読むほど、その理論事態に大きな疑問が出てくる。理論破綻しているのではと思うようになる。なぜなら彼らは自己正義のためなら法自体を破ることに何の疑問も持たないという、今で言う洗脳教育そのもので、丁度赤軍派事件後泣きながら、あんたが読んでいる本は危険思想だから止めろと懇願する。母はとっくの昔に日教組は辞めており、父もまた転勤を機に止めていた。そりゃそうだ。皆おかしいと気がつき始めた。
多くの、数々の暴力革命を旗印に、悲惨な事件が共産主義や社会主義のファウンデーションとして日本中を巻き込む。その彼らは今や後期高齢者だから余計に手に負えないのか。そして、後になってから、日本共産党の黒い歴史や中共の理論破綻している共産主義の本を読みあさり、キレイ事とお花畑理論が、あえて共産主義の隠れ蓑として工作員により工作されている事実を目の当たりにする。世では陰謀論かも?と言うが、そんな生やさしいものではない。
「支那」に関する侮蔑後としての歴史も、多くの工作員の努力のたまもので、まじめでやさしい日本人にはうってつけの工作なのだった。1946年蒋介石は支那という言葉は、我々にとって侮辱する言葉だと日本政府に注文をつけた。その背景には蒋介石の国民軍こそが、ホロコーストにも近い国民の虐殺を日本軍の所為にするための、やはり隠れ蓑としての工作だった。
後に毛沢東は、日本軍のおかげで蒋介石を追い出し我が革命の成功の立役者として日本軍を賞賛している。しかしこれ自体歴史の表舞台からは抹消され、日本軍が支那に悪行三昧をしたというプロパガンダ工作のみが大成功をもたらしている。結果、米国も原爆という史上最悪のホロコーストの正当化のため支那に対しての工作や、日本国民に対しての工作活動が功を奏して、今でもそれを錦の御旗にして、「支那様になんて失礼な事を」という世論やマスコミ形成に大成功した。しかし今や、情報は個人でいくらでも精度の高い情報を集めることができる。支那は新たな工作として、法を使いあらゆる手を使い、自国のいや指導者の利益のためにますます精力的に動くだろう。
支那という言葉は、単純明快で、侮蔑だと定義づけた政治的メディア的工作は大成功しているのだ。それに乗っかる純真な日本人は自国のために早く早く目を冷ますべきなのではないかと前期高齢者を少し過ぎてもなお、心から心配している。
これを機に、ポリコレの暗躍や新共産主義の恐ろしさを、少しずつ考察していこうかなと思っている。だって、「支那」ごときにかみつく思考停止がまだ沢山いるらしいから。






