昨年秋に私の父親が亡くなったので、今年のお盆は初盆となる。
迎え火を焚き、亡き父が父として蝉として舞い込んできたのは紹介した。翌日、亡き父が父として蜻蛉として私の指に静かに止まって動かなかったことも。実は女房の父が亡くなった仏事の時も、突如として庭の松の木で夜だというのに蝉が鳴き出し、皆、父が帰ってきたんだよと言っていた話を思い出した。
曹洞宗では、16日の夕方に、向こうの国へ行く最終便が出るので、昼のうちに墓に連れて行った。名残惜しそうだったが、ここで帰らねば冥界を一年彷徨う事になるので、早めにチェックインしてラウンジで一休みを提案すると快く応じてくれた。帰宅し微睡んだ時分夢を見た。縁台に座る父。横には小さな女の子。勝手が分からない父をその子は色々と指南しているようだった。回りには多くの親戚。皆一様に笑顔であることが、生きている私たちの幸せなのだと咬み締める。
話は変わるが、八戸から北山崎や鵜ノ巣断崖を経由して宮古市まで、震災復興道路と言う途轍もなく綺麗な道が出来ている。まだ途中工事区間はあるが、これが全て繋がると八戸から福島沿岸まで、苦労に苦労をして行った峠と谷と海岸が、トンネルと大きな橋でまっすぐに全て繋がることになるのだという。かつて3時間以上かかったルートが2時間弱で繋がる。これが復興だろう。小さな漁村を抱えた村々には、見上げても空が見えない巨大な防潮堤と防潮門が作られている。そして数百メートルを超すリアスの間の谷には、巨大なアーチが次々と現れる。不謹慎かもしれないが、まさしくエバンゲリオンの要塞都市を思わせる巨大建築物が次々と出現しているのだが、都会で静かに当たり前のようにそびえ立つ鉄筋建造物を見慣れている諸氏に、この険しい山々の緑と美しい青い海と深い渓谷と、そして巨大建造物のコントラストを、死ぬまでに絶対見るべきと思っている。そこには人間の果てなく続く「何か」が見えてくるのだ。