8月 06, 2020

原子力爆弾

米紙ロサンゼルス・タイムズは5日、広島、長崎への原爆投下を巡り「米国は核時代の幕を開ける必要はなかった」と題し歴史家らが寄稿した記事を掲載した。トルーマン大統領(当時)が原爆を使わなくとも日本が近く降伏すると認識していたことは証明済みだとし、「日本への核兵器使用を巡る真摯な国民的対話」の必要性を訴えた。

米国も当時とは様子が違うことは間違いないが、トルーマンが言うように「必要は無かった」ことは以前から言われていた。歴史の闇に迷入している「日米開戦の秘話」も、結局は日本は「はめられていた」わけで、パールハーバーの奇襲は実は知っていたと言うことは事実であることが確認されている。確かにハルノートを突きつけられた時点で、「有色人種が白人に楯突くとは何事だ」というベースは確かにあった。だから、当時のアメリカにしてみれば、どうしても「コテンパン」にしなくてはならなかった。有史以来初めて白人に「我々は家畜ではない」と刃向かった日本人だったのだ。勿論それを支えたのは数千年に及ぶ国体そのものであることを彼らは知るよしも無かったはずだ。

広島に原爆が投下された後、駆けつけた軍人に向かって瀕死の市民らが「へいたいさん、かたきをとってください・・・」と切にあちこちから言われたことを後のGHQが作った歴史では表に出てこない。GHQはなんとしても、本来は有色人種への人体実験としての原爆投下というホロコーストを戦勝国として隠さなければなかった。だから戦争の悲惨さや平和の尊さを蔑ろにした悪の日本軍というキャンペーンは大成功を収め、原爆を投下した米国の卑劣さは、日本軍の卑劣さというベールで完全に包まれた。

結果、極悪なのは日本であり、正義の鉄槌を下したのは米国であると言う戦後の洗脳は大成功を収めた。おかげで、日教組をはじめ日本の左翼の精神的ファウンデーションは見事にGHQの作られた歴史なのである。それを都合の良いようにプロパガンダする支那と、喜んで日本人として戦うことを選択した朝鮮人、しかし後に日本人と同等に扱われていたにもかかわらず、被害者そして戦勝国のような振る舞いをする南北朝鮮なのである。
深く正しく学習すればするほど、これが事実だと分かってくる。

原爆投下後の悲惨さを目の当たりにした世界は、思想信条の違いをあからさまにする、まさしく最後の切り札として、狂ったように原爆を作り始めた。我が地球が何度も消滅するほどの量を作った最大の理由は、日本の悲惨な状況を常にフィードバックしていたからだろう。結果、大国と対等に交渉をするために無くてはならないものになったのも皮肉だろうか。北朝鮮が核にこだわる最大の理由は、北朝鮮のような小国が、西欧の列強と机を並べても対等に話が出来るようにする為だろう。

東西冷戦中、驚愕の有り余る核の下で、世界はやはり経験のしたことの無い平和な穏やかな時間を持つことが出来た。そうはいっても核のない世界が理想である。その理想実現のため、核ではない切り札を、我々人類はなんとしても持ち合わせなければならない。なぜなら人類皆兄弟と言う発想は、育った時間も教育の種類も時間も食べ物も気候も価値観もまるで違う人々が全てにおいて共通認識で生きていくとは、私は到底考えられない。
世界中全ての人が、生活水準がレベル4になったとき、初めて共通の会話が出来るというものだろう。

手塚のアトムは、やはり科学と平和の子であったのだ。


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