1月 31, 2020

国会行動、そして技工士を守る集会

コロナヴァイルスで大変な1月30日木曜日朝から、保団連主催で衆議院第2会館に集まり、技工士問題集会と供に歯科用金属問題に関する議員陳情で一日活動した。ちなみに集会では、多くの与野党議員の皆さんにお集まりいただき貴重なお話を沢山聞かせていただいたが、立民の先生方は本当に内容が分かっているのだろうか(笑)。本来、保団連のようなサヨク組織だけが旗振りすると、集まるのは共産、社民、立民、など日本より韓国や支那が好きな政党ばかりだが、今回は日本技工士会とのコラボと言うことで与党議員の参加が多かったようだ。政治的動きとしては素晴らしいことだ。

今回の陳情は、多くの議員と言うより、話し込み時間を割いてもらった議員中心だった。以前から何度も訪問させていただき勉強会を重ねて頂き理解が深い田名部議員や歯科医師として素晴らしい政治活動を続けている島村議員などは別だが、他の議員では金属問題もさることながら、歯科医療自体の構造的そして実際の内容の認識の低さに本当に驚かされる。私が国会行動をして20年以上経つわけだが、厚労組とて入れ替わりごとに初見で始めから説明しなければ大概話は進まない。これが実は世間の常識でもある。
近年歯科口腔はこれだけ大事だと世間では非常に注目されているにもかかわらず、その元になる歯科医師達の知識とスキルと経済観念のばらつきが大きすぎて、政治的動きをお願いしても一つの意見として捉えてもらうことが非常に難しい。当然歯科技工士問題も歯科医師の責任がほとんどなのだが、当の歯科医師の認識や知識のばらつきが大きすぎて、多分話は進まないだろう。島村議員の現状と未来に対する激励と苦言が非常によくわかるというものだ。

直接話をしていて強く感じたのは、「日歯は一体何をしているのか?」と言うことだ。至る所で、この金属問題に関して承知はしているが日歯はなんと言っているのかと聞かれた。と言うことは日歯はこういう件に関して何もしていないと言うことだろう。基礎的な話から日常の歯科や高度な歯科やそれらの理解の元勉強会を開でもなく、現状の問題点を指摘するでもなく、ガス抜きの代議員会でお茶を濁すこの習慣に辟易とする。そしてこのオープンソースなご時世、実は水面下で動いて、その情報を小出しにしながら歯科医師会権力を維持する構造的問題点に誰一人文句も言わず、そこにしがみつく会員に、何の魅力も感じないから会員が減少すると言うことに気がついていない。もちろん保団連がその穴を埋められると言うことではないけれど。

もう一つ。学会と政治。行政を動かすには幾つかのポイントがある。その一つに数値と理論とエビデンスがある。歯科は数値がない。数値がないからエビデンスがない。こんな単純構造を学会が認識していないので、とある政策担当秘書の話の中でインプラントの話が出てきたとき、その知識レベルで先進歯科の話をする危険性をつくずく感じた。自由診療と保険診療もごちゃ混ぜである。幾つかの学会をまとめ、欧米民主主義の中で行われるロビー活動に専念する人間がいなくてはどうにもいけないと感じる。

まとめだが、歯科が国民医療費の6%台からかつての10%台まで回復することは、この先無理だろうというのがここ20年のロビー活動の感想だ。すると、患者利益はそっちのけで歯科医師のエゴの話になってしまう。そうはいっていられないので、保守本道を全うするべく与野党幹事長クラスの旗振り役を見つけ、青森協会独自あるいは共感する同じ思いの協会と供に歯科勉強会を国会で開催する必要性があるなと痛感した次第だ。

最後になるが、保団連会長の「アベガーアベガー自民党が〜」という絶叫がなんともはや、そういう偏った否定ばかりで未来はあるのか?あなたの好きな政党の支持率は1〜2%前後だと言うことを忘れてはいけない。相も変わらず政策論争は皆無で、花見とましてやまたしてもモリカケに終始する政党に何が出来るというのだろう。








1月 21, 2020

今でも狂気は終わっていない

医療関係の仕事をしているので(もちろん)、今でもCTやレントゲンの時、放射性物質や放射線の話、被曝の話、良く聞かれます。以前もそのまた以前も書いたかもしれませんが、、、2011年の自分の書いたのを参考にしながら。。。

思い出せば、山本太郎軍団の影響で、首都圏での鬼子母神現症は狂気の沙汰でした。我が子のために人の子を喰らうがごとくの狂気が、ふくいち原発の事故のおかげで蔓延していました。水道水に放射能物質だぁ、我が子に飲ませられない、水買いだめ、現地に水不足、つまり、原発周囲の子供達の方が圧倒的に深刻な汚染水問題を抱えているにもかかわらず、そこに届くはずの水は首都圏の買いだめで枯渇したのでした。何らかの事故が起こると、それは何であれ、エゴがむき出しになります。そしてそれに愉快な仲間達が拍車をかけました。

2011年終わり頃に話題になった肉の話もそうだけれど、冷静に分析しようよと言う事で色々調べて、患者さんくらいには正しい情報をと私は考えました。当時、福島の肉は、毎日200グラム365日食べ続けて3.0ミリシーベルト。医科用CT撮影1回分の被曝の半分です。当院の歯科用CTは医科用CTの1/20。ドイツ人の開発担当者はこっそり、プロテクターなんか全く必要ないけど決まりだからね、、と。それほどの被曝量。月一で欧州往復するビジネスマンはその何倍もあびるのだけれど。危ないからと子供を欧州に避難させた母親はそのことを知っていたのだろうか。

とにかく、騒ぐのはやめるべき。今でもその手の市民グループは風評をまき散らしている。近代生活リスクというのを聞いた。放射線も含めて、電磁波、排ガス、たばこの副流煙、食品添加物、中国製品(笑)等々。これらのリスクの上に私たちの生活は成り立っていて、そのうちの放射性物質だけが注目されている。
自分が無知だったその昔、好物のディチェコの乾麺の購入を控えていた。その理由はチェルノブイリのブツがイタリアに流れてきたと報じられ小麦が汚染されたと報じられたからだった。ところがその時期の微量な汚染のロットなど全く関係なく販売され、買う人の意識にゆだねるという会社の姿勢に怒ったものだった。しかし、よく考えればあれは正しい。子供の隣でたばこを吸う奴がいれば、その子供が年間20ミリシーベルトどころの騒ぎではない発がんリスクを抱えるのだと、大いに騒がれるべきことのはずだ。

1960年代、世界中で行われた核実験祭りで、例えばストロンチウム濃度など現在の数百倍から数千倍だった。新潟では支那の核実験後1000倍を記録しているし、東京でも100倍だった。だから青森県でも小学生の自分が育った七戸町の田舎でもフォールアウト被曝は今どころじゃなく物凄い量だった。その草食ってた牛や羊、何も考えず美味しいと食ってたし。

70年以上前に我が国は核を落とされて、なおかつこの状況で、反原発プロ市民グループの言い分なら、広島は数十年人が住める状況じゃないし、日本中不毛の地になっているはず。チェルノブイリのせいで奇形児が異常に増えたとする報告が本当に正しければ、日本中奇形児だらけのはず。しかし、浴びまくりの私とか普通だし(笑)、その後の日本の癌の発生率は1970~2018年まで、人口増加比例を考えると何も代わってはいない。
これどういうことですか?現地被曝でさえ1.003倍の発がん発生率増加にヒステリックになる前に、もっと危険なものが沢山あるのだからそれこそ無しにするべきじゃないのか?
挙げ句の果てに、福島の子供達に甲状腺癌の穿刺吸引とか狂気じゃないだろうか。

ある女性の方67歳。当時日立在住。ふくいち事故現場に比較的近いから(本人談)色々浴びていると言われた(反原発グループから)。当時水道水は危険だから飲むなと言われた。だから小屋一杯買いだめして米をとぐときもミネラル水でやる。あと10年で私が死んだら原発の所為だと確信する。そうでなければあと30年は生きるはずだ。遺族に訴訟するように言ってある(反原発のグループのアドバイス)。絶対に勝てますからと言われ、子供達や孫のことを考えるととても心強い。
そして今、元気に同じ質問を私にする(笑)。

普通におかしいでしょ。狂ってる。ニューヨークタイムズのチェルノブイリの時の社説。「健康被害も環境被害も恐れられていたよりはるかに小さく、公衆が受けた最大の被害は、誇張されたリスクに基づく精神被害

野生動物の楽園と化した現在のチェルノブイリ周辺の状況は、1000年人が住まないと言う意味での楽園と言うことなのだろうか。



1月 16, 2020

何も変わらないのかしら

昨日は、昨年忘年会が出来なかったHERZ会の新年会でした。私が喪中という理由でしたが七七日(49日)が12月30日に明けるのを待っていたと言うことです。

勉強会のあり方は30年も前から色々なところで発信してきました。カリスマ勉強会なのか思考する勉強会なのか。今の日本の歯科界の風潮は、どちらかというと強いカリスマ性を持ったどこかの誰かが、いわゆるスターになり、スター性のある講師がありがたがられ、そういう人達が一同に交いして一大イベントで盛り上げるという、なんとも米国っぽい勉強会や学会だらけです。それでいいのかしら?だから、診断せずに処置を行う事が日常になるわけです。こういう時にはこうする、、という。

当然思考していませんから、スキルコピーをいかに正確にするかが思考ベクトルのメインとなります。ですから今回の新年会で皆と話しながら思うのですが、スキル上達とそれに伴う知識の重点は実に当たり前のことであり、そうではなくサブスクリプションのごとくの追加知識と思考切り口がスーパーGPの道ではないかと進言しました。

若手歯科医師のディスカッションの場が限られ、実はかなりの2極化が進む中、研修医の立場も大学教育の荒廃(笑)で、結局研修医期間が終わってもイロハのいの字も理解出来ない歯科医師が量産されているのではないかと危惧します。その証拠を愕然と目の当たりにすると将来の日本の歯科医療は一体どうなるんだろうと、まあ、偉そうに思うわけです。

もちろん若手歯科医師の発表現場において、若手なのにこんなに出来ます!という賞賛の場になるだけの場合がほとんどで、結局そこからいかにスターを掘り出すかだけの話じゃないかと。毎日が平坦で起伏のない臨床を望む歯科医師が大勢居る限り悩みも何も出ることはないのだと感じる話を、実は自分が若手の時30年前から同じ事を考えていると言うことは、うん、何も変わっていないのかしら。ということは、このままで良いのかしら。

目的の話ですね。スペシャリストになって国民医療に加味したい、とか、スーパーGPになって国民医療の最前線で活躍するのか、そういう目的意識を何故大学では教えないのだろう。歯科はあくまでも手段であって、目的じゃないのに。だから、スターと言われる人達にその目的を意地悪く聞くとまあ一同、口ごもる(笑)。

まあ、これでいいのね、主宰者が面倒くさい人間の(笑)うちらの勉強会。


1月 06, 2020

どんな年になるだろう

新年も明けて数日が経った。やはり今年の短期目標を持たないと、問題意識が欠落して漫然とした過ごし方になるので気をつけなければ。

パブリックな目標は幾つかある。
アカデミックな歯科的問題を考えると、当院における今まで以上にデジタライズされた日常の診療システムを考えていきたい。人と人との触れ合いであるところの医療の中に、どういう形でシームレスなデジタルソリューションを潜り込ませられるかは重要だろう。人が楽になり、より思考する時間を持つようになるための技術なはずだから、この事で今まで以上の全てのコミュニケーションが<患者ー医療関係者>の場で円滑になるように考えていきたい。今のままのデジタルでは全然いけない。
ポリティカルな目標も持ちたい。
世界に誇る我が国の歯科保険システムの否定の上に成り立っている自費診療のあり方を明確にしなければ社会保障の中の歯科のあり方が揺らいでくる。元来補綴を外したい意味も分かるが、そうなっては元も子もないだろう。また、金属問題もその理由でわざと放置している感もある。世界一のシステムを守るべきだと思っている。
そして研修医問題にも一言。研修医の受け入れ施設の基準はどうなっているのだろう。かつての厳しさはなくなり、ある研修医の話では、例えばラバーダムの気配すらないとか、レントゲンの現像は当院なら20年以上前に終わっているところの驚きの手現像だったり、これからの時代へのデジタルのデの字もない環境が、コミュニケーションのみのスキルアップのためにと言う環境だとしたら、研修医の将来がこれでいいのだろうかと考える。そんなことを制度のトップの役人や偉そうな先生方は考えもしないだろう。あげくに、うちのように何年も研修医が不在なら受け入れをやめよとか、地方都市や歯科医師の現状も理解出来ずに勝手なことを言うだけ言うのも、いい加減にしてほしい。

プライベートな目標も幾つか。
仕事場に寝泊まりして31年、念願の自宅を完成させたい(笑)。60歳を境に、今までの生き方を振り返り、反省すべき事だらけであった。これからの生き方はその轍を踏まぬよう、実に新しく見える道を進んでいきたいが、天職だと思っている歯科医師としての仕事は次世代にきちんと引き継げるまでは頑張っていかなければならない。しかし、自分の思うような生き方で行くべきだと思っている。それが自分を信じるプライドとなる。
剣呑である自身の健康面も、健康であるからこその正義足る発想であり、周囲に対してももう無茶は出来ない。
そう、心も体も穏やかに今年は過ごしたいが、それではダメなのだろうか(笑)。