東京。むせかえる程の湿気の中の勉強会から、日曜の夜八戸に帰ってきた。涼しいなぁ八戸は。
土曜日初日、「生命科学と易」といういささかしびれる内容に興味津々(個人的には)。命の元であるDNA塩基配列に東洋医学の八卦と生命科学の命の源を見いだした富永先生、お久しぶりです。
20年ぶりくらいでしょか。全身と咬合の考え方がまだ世の中の片隅にしかなかった時代、研究会のアクティブメンバーとして積極的に参加していたワシは、この研究会が学会になるまで見届けていたウチの一人なのですよ。その当時、色々お話をさせて頂いた富永先生にこう言う形で再会できて嬉しい限りです。
まさか先生が高島易の九星干支の月の運勢を担当されているとは(笑)。驚きました。易と生命科学、先生しか理解できないカテゴリーだと思います。でも、非常に面白いですなぁ。これからもさらなる研究をお願いいたします。
二日目のメインは兄ちゃんによるこれからのインプラントの行方と題した興味深いお話。30年前、ある意味野放図だったインプラントの世界は、今様々な政治的ルールの下にやっと統率がなされようとしているやうだ。昔は勇気があれば出来たという一文が好きです。今現在、歯科医師の16%ぐらいがインプラント治療を行っているデータを見て、意外と少ないなと感じました。インプラントバッシング以前、コンサルの口車に乗せられ訳も分からずインプラントをしていた5%ぐらいが消えてしまったのは患者のためにも有意義なことです。
ワシは個人的には、もっと内容が厳しくなれば良いと思っています。誰でも手軽にインプラントという時代はまだまだ来てはいけないと思っています。患者に対する熱い思いとスキルとそれを支えるハードを提供できる、、そんな歯科医師だけが選択すれば良いのだと思っています。それに加えて、インプラントをやらない歯科医師、というか、全く歯科医学に興味を持ち続けられないダメ歯科医師は、そうではない歯科医師とせめてディスカッションできるようにしなければ患者は不幸になるばかりです。
しかし、インプラントでなくとも、この歯科医療格差は、ワシが先に書いた山梨の事例でも分かるように、大きな不利益を患者(国民)に与えています。その元凶は、なんと言っても歯科医師会のシステムではないかと最近特に思います。
先の八戸の会長選に敗れてから5年、距離を置いて歯科界を眺めてみました。すると、八戸に限らず疲弊した若手の歯科医師達の声がつぎつぎと。
なぜ?彼らは疲れているのか。全国の歯科医院6万件ちょっとが1億2000万人に対して本当に多いのか?社会保障がこれだけ充実している国が他にあるかどうかもよく分からずに社会保障批判。若い将来のある歯科医師の行く末を、老兵たる尊敬には値するがすでに最前線から退いている古参による全体設計と不明なビジョン。受診率向上1000人に一人を期待しての、多くのお金と人的エネルギーを裂く行政との連携。
もう疲弊するに決まっています。郡市レベルでのこれからの歯科医師不足の深刻さをまったく理解していない首都圏でのルール作りは、何を隠そう郡市レベルの歯科医師会の日々の事業に追われる疲労感が生み出す独立性のなさがその原因であることは間違いないと確信に至るわけです。
一番大切なのは、飽くなき自己研鑽と目前の患者に対する歯科医師としてのプライドであり、事業そのものが目的になる危うさを隠蔽しながらの見かけの精進ではないはず。歯科医師になりたいと切に願う若者が増加するような歯科界こそ今まさに国民に望まれている現状ではないかとふと考えます。歯科医師会批判ではありません。改革提案です。
帰りの新幹線、未来のためにちょっともう一度仕事ををやらせてもらえないだろうかと考えてしまいました。
私たちは国民に向け本来何をしなければならないのかと言う事をです。
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