フライトの関係で、学会スタートの1日前にパリに入ったからには、色々行ってみたいに決まってる。ワシはどこぞに向かう時のトランジットを除くと、まともに来たのは30年ぶりだと思う。
そして偶然フランスの学芸員にガイドを頼むことができた。彼は(年上だけれど)かつては大学で教鞭を執り素晴らしい学識経験者なのだ。モンサンに2年、ルーブルに2年、ツールに6年、学芸員としても仕事をしており、その知識たるやもの凄いのですよ。こういう方に説明を受けながら案内してもらうというのは、一日中文化歴史の講義を受けながらということで、しかも時間制限もない適当な感じの授業、、相当面白いのですよ。
ルーブルを見学しながら、この学芸員の解説であちこち見て回るのは、それはもう大変な面白さで、そんじょそこらの解説員など足下にも及ばない豊富な知識とエビデンスのある裏話に脱帽なのです。もう一度パリに来て、違う切り口でまた解説を受けながら散策する楽しみができました。だいたい、パリの市内にそれも中心部に、12世紀の城壁の跡が地下二階の駐車場の中にあるなんて、パリッ子でも良くわからないでしょうと。元々フレンチ言語学者なので、それに加えての文化と歴史は本当に面白いです。連絡先を聞きましたから興味のある方はお教えします。新しいパリとおフランスを発見できますよ。
さて、前置きが長くて申し訳ない。午前中電車で1時間。ゴッホがわずか2ヶ月で80枚というとんでもない数の絵を描き上げ、麦畑の中で自殺を図った村に。ここ、オーベル・シュル・オワーズは、本当にきれいなパリ郊外の小さな村です。色々話を聞くに、いわゆるADHDの幼少期とアスペルガー症候群に似た青年期、そして激しく純粋な心と対比した社会に対する絶望などなど、要するにめんどくさいやつだったわけで、南仏で一緒にいたゴーギャンが三行半を突きつけ「えっ?僕のこと嫌いになったの?」なんていう、勘違いもまた、この地での最後の大きな理由だったかもしれないなぁ、、等と。彼の下宿屋のレストランラブーで昼飯を食ったのでした。
その後、また電車に揺られ乗り換え一回してパリへ。ルーブルもまた30年ぶり。先にまとめておくけれど、すべての彫刻絵画には「わけ」があり、その「わけ」を紐解く謎かけがすべての展示室にあるというルーブルの思惑を99%の来場者は知らないらしい。その解説を聞かずして、アートとは何だろうという答えなどわかるはずもなく、歯科の偉い先生がしたり顔で「サイエンスとアートこそ歯科の神髄」なんて、もちろん知ってて言っているんだよね(笑)。
本当のアートに関する詳細は後日。「アートと職人」という命題にしておこう(笑)。
ここから歩いてオデオンまで行き、フランス革命発起の相談をした、カフェ・プレコップという欧州一古い歴史のあるレストランで、さっきパリに着いた松井先生を待ちながらビールを飲む。店の裏にはギロチン実験場が昔あって、どういう角度でどう落とせばきれいに首が切れるかとか、、、う〜、知ってか知らずかその真横でフレンチな地元カップルが飯食ってるわぁ。。(笑)牡蠣食って、カタツムリ食って、酒飲んで夜は更けていきました。
明日から本番の、、、え〜っと、、EAOか。
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