オリンピック以外の報道がコロナだらけなので、久し振りに世界中の新聞を覗いてみた。
![]() |
| 無人の武漢市内 8月3日 |
オリンピック以外の報道がコロナだらけなので、久し振りに世界中の新聞を覗いてみた。
![]() |
| 無人の武漢市内 8月3日 |
先般、1歳児の時から中学生頃まで当院に予防管理通院していた25歳の若者がとても久しぶりに来院し、帰省をしてきているのだが上顎の親知らずが痛いと。カルテを引っ張り出して2歳頃いやいやで歯ブラシ練習ばかりしていた子だ。
親知らずの虫歯がかなり進行していたので、いつから放置していたのか聞くとかなり前だという。なぜ近隣の医科医院に行かなかったのか訪ねると埼玉でも有名ななかなか予約が取れないという歯科医院がそばにあったので親知らずが痛いことを告げ、2ヶ月ほど予約待ちをして、2ヶ月前に訪ねたのだという。そして受診した時、抜歯したのは痛い方とは反対側の上下の親知らずを一度に抜いたという。先にやりましょうと言うことだったらしいが。詳細がわからないのでなぜそういうことになったのか想像がつかないが、なにかよくわからない。一度にやったのだから抜きやすかったことは確かだろうが。
次に行った際、担当ドクターが「虫歯が所々あるのだけれど、安いのにする?高いのにする?」。彼は就職したてである事もあり「コストがあまりかからない方を」選択した。一度に5〜6歯無麻酔で形成したらしい。痛くはなかった。そりゃそうだ。ホントに小さい。しかし、問題の親知らずは疼痛を何度か繰り返していた。そこは何もしていない。
私は口腔内を見た。審査診断して、痛いという親知らずはすぐに抜こうねと言うことですぐ抜いた。しかし、問題は他歯である。なんだこれは??基本大きなう蝕はありそうもない比較的衛生的な口腔内だが、小臼歯、大臼歯の咬合面に細い細いきらきらのアマルガムが。。。。咬頭脇の平滑面にもあちこちポツリこっちにもポツリとアマルガム祭り。凄いのは、古いコンポジットレジンと歯質の境界にあちこちポツリアマルガム。なぜアマルガムをこんな所に詰めるのか?
当院ではアマルガムを使用しなくなって早30年近くたつと思う。否定をしているのではない。久しぶりに新品のアマルガム充填を見たし、久しぶりにクソ充填を見た。そのドクター曰く「高いのはきれいに出来るからね」
某業界新聞のコラムで、保険診療における歯科金属の逆ざや問題が首都圏を中心に盛り上がらない話があった。問題は保険診療の否定の上にある現在の自費診療だから自費にすれば良いだけの話、そして保険はもっと劣悪なマテリアルで良いのだという、下衆の理屈に多くの歯科医師が共感しているという信じられない事実。100歩譲って、じゃあ、その話をする歯科医院は保険でも素晴らしいスキルを提供するかと言えばまるで駄目。だから自費診療でも、田舎者の私でさえ目を覆いたくなるような高額かつ超最低の補綴物に結構出くわす。東京で200万以上かけて治療したが全然咬めないので見てほしい、、なんて言うのは以前の私のクリニカルブログに載せてある。あれはほんの一例だ。
首都圏の歯科医院が競争激化や家賃高騰で疲弊して、保険ではろくな治療が出来ない、高額な自費診療だけが生き残る道、、というのは真っ赤な嘘だと思っている。そうではない歯科医師をそれなりに知っているからこそ私はこんな乱暴なブログを書けるのだ。本当に素晴らしいスキルを持って、他に追従を許さない知識を持って、真に歯科医療に向かった結果、自費で素晴らしい治療を行っている歯科医師がいるのも事実。
保険医を返上している自費の先生が言うことなら私は信用します。保険医のくせに保険を否定し、その上にある自費診療主張など卑怯千万。保険医を放棄してほしい。再建治療とは何者か、その松竹梅と保険診療とのベクトル線形代数(笑)をきちんと勉強していただきたい。でなければ、待っているのは歯科医療の「闇」の評価だけだろうか。そういえば10年ほど前、新聞クイントに同じようなコラムを書いたことがある。全く賛同されなかった。
スリランカ女性ウィシュマ・サンダマリさんの、毎日新聞の捏造記事が酷い。収容されていた名古屋出入国管理局での死亡事件の記事だ。入管庁の対応批判報道である。結果、我が国に重要な入管法改正案が見送りになってしまった。いわゆるマスコミによる偏向報道を元にしたつるし上げ、いや、集団いじめである。
口火を切った毎日新聞の報道を見てみる。当初のカルテには確かに内服できないのであれば点滴、入院の必要があるとの記載がある。これだけを切り取って集団ヒステリーを誘引する記事を書いていいる。事実としてはこれは違うので、整理してみたい。
毎日新聞の最初の記事では、入管が医師の指示に従わなかったから死亡したという結論だが、その通りならこれは大変なことだ。しかし、この報道はカルテの前半部分だけを切り取っていたことがわかった。後半、外部医師の診断では「ほぼ異常なし」の記載がある。そして、投薬の継続が指示されている。入管はその指示に従っただけではないか。なのに、管理法改正に対して批判的な(反日的な)毎日新聞は、あたかも医師の指示である点滴・入院を入管が無視したが為に彼女が死に至ったと言う論調で、捏造煽り記事を書いたのだ。
ここで当時の産経新聞を見てみると、毎日、朝日の記事とは正反対のことが書かれてある。何故だ?そう、毎日朝日がこの事件を契機に集団ヒステリーを引き起こしたかったからに他ならない。同調するようにテレビ朝日やTBSは特集を組み、彼女は来日後とても悲惨な一生で幕を閉じ、その多くの責任が入管にあると報道している。
事実は違う。彼女は平成29年スリランカから入国した。当初はまじめに日本語学校に通っていたが、彼氏が出来たあたりから欠席が多くなり除籍。途中で行方がわからなくなる。この時点ですでに不法在留。原因は同じスリランカ人の彼氏。翌年静岡の交番に同棲中の男のDVが酷いと来た。母国に帰りたいがお金がないとのことで、政府のお金で帰国する強制退去処分を待っていた。そこに先に帰国していたスリランカの男から手紙が来る。「おまえが警察にチクったから、帰ってきたら徹底的に仕返しをしてやる。」
これでは彼女は帰国を拒むだろう。そこで人権団体がこの事実を確認し面接をすると「日本に残りたい。」支援人権団体にあったために彼女は自分の意見を翻し日本に住み続けたいと言い出した。しかし、釈放許可は下りない。なぜなら、行方をくらまし不法残留の過去があるためである。当たり前なのだ。
この頃の体調は普通であると言う記録が残っている。後でわかったことだが、彼女は病気になることによって仮釈放を希望していた可能性があると言うことだ。体調不良は彼女自身が作り出した。そして死亡したのである。医師の指示にはキチンと従っていた入管の対応の何処に問題があるというのだろう。
毎日新聞の記事を受け、ニューヨークタイムズはこの事件をそれなりの規模で世界に報じた。日本の入管に対する風向きは明らかに変わっていく。酷い国だ!酷い入管だ!そして、我が国を守るべくの管理法改正案は流れた。
まともな記者なら嘘を書けないと聞くが、この毎日新聞の記者の代物は、自己陶酔記事そのものだと批判されても仕方が無いのかもしれない。
オクネットという配信記事で紹介していた「エビデンスの落とし穴」という本を読んだ。とても面白い。
何年か前のフロリダの学会で、高木兄ちゃんの友人でもある大御所のジャック・クラウザー先生が「エビデンスが多過ぎんだぁよ」という発表をしていた。会場は笑いに包まれていたが、まさしくその通りと数年前からから感じていた。
その理由として一番気になるのが、国内だけではなく海外も含めても様々な症例発表を見ていると、近年、そのエビデンスはどこどこにあるのでこうしましたという、本来自分で考察しながら何かしらの工夫(無謀な工夫ではなく、こういうエビデンスがあるからこそそれを基礎に私はこう考える)をこらした症例が激減しているせいかもしれない。これは非常につまらない。えっ?マジ?なんで?あ〜そんなんだ!というプレゼンが激減している。
ジャッククラウザー先生の話では、例えば一つの企業寄りに都合の良いエビデンスを次々作るんじゃないよ!と言う主張だったように感じるが、私の語学的理解不足なら謝ります(笑)。
今回のこの本も、相反するエビデンスが何故に次々生まれるのか、その背景を考察していて実に面白い。本来EBMの発祥は米国にある。民間保険会社が「こんな処置にお金を払えるわけないだろ、先生が適当に考えた処置なら無理。でも、エビデンスを持って来たらお金払う」から発生した。まあ、妥当な考え方だと思う。科学としての医療行為には純粋に再現性のある証拠が必要で、患者が不利益を被ってはならない。当たり前なのである。その証拠を元に知識と技術を患者に還元する。当たり前なのである。
しかし、世の中には「私がこうすればこれは治癒します」という風説は後を絶たない。なぜなら、今の医学では解決できない事がまだまだ沢山あるからだろう。それが度を過ぎると、「壺」を買って拝めば治癒する所まで行く。そしてこれ見よがしに「壺」の効果の証拠が捏造されるのである。
まあ、いずれにせよ、エビデンスにはランクがある訳で、高いランクは信用できて低いランクは信用できないけれど、どれを信じるかはあなた次第になってしまうほど、「多すぎるんだよ」なのである。
今から30年近く前、私は初めて保団連の総大会に参加した。当時保険医協会に参加し始めた頃、定例世話人会で、現場臨床に対する提案された事項などは当月には定例理事会に上がり、翌月には保団連理事会に上がり、その対応策が翌々月に回答されるケースが多々あったことに感銘し、のろまな進捗の歯科医師会とは別に、この迅速な組織でも何か手伝ってみようか、、、と思った。
その大会で、大きなスローガンとして上がっていたのが「中医協の場に保団連の代表を送ろう」という素晴らしい内容だった。最前線現場の声が中医協の場に届くと言うことは素晴らしい考えだと同調した。
あれから二十数年、私は多くの大会に参加しているが、その赤化した意識崩壊ぶりはすさまじいと感じる。赤の集団としての気の触れた言動がすさまじい。代議員会で各県からテーマに上がる真摯な現場の声はまだ良いとして、最終決議文の、相変わらずのなんという政治的な品のなさか。この品のなさは十数年前から顕著になってきている。代議員発言でも、まるで野党の罵りのような発言も耳障りだ。そして、支持率僅か数パーセントの立民や共産の傀儡のごとく、政権を本気で取れると思っているすごさか。だから今まで何の成果も上げられないまま、ただひたすらに声を上げ奇声を発しガス抜きをするだけの保団連となってしまっていることは、多くの皆が理解している。保団連の成果だと言い張る部分も、医師会歯科医師会が同じ事を強く政治的に行動していたためではないのか?そして何より、じじばばの集団は10年先のことなど20年先のことなどどうでも良いのだ。そういう批判が痛すぎる。
目的は何で、その目的のために何をして、どういう成果を収めたいのか、その結果国民はどういう幸福を得るのか、まるでわからない発言回答が後を絶たない。共産党の文言(例えば大企業の何々・・など、大企業が敵らしい)をそのまま引用したり、なんと言っても参考資料の朝日新聞の切り抜きや毎日新聞の切り抜き。情けない(赤旗がなくなったのは評価できる)年寄りのスクラップじゃないのだからこれだってやめてほしい。私らをバカだと思っているのだろう。朝日や毎日がどういう新聞社かわかってやっているのだろうけれど、朝日は論外だとして毎日のこういう記事を知っているのだろうか?
「重信房子及び連合赤軍の所業に対して、、、毎日の報道は反差別、反占領という「大義」のためならば無差別テロも正当化されるという身勝手なテロリストのイデオロギーの拡散そのもの」こんな評価を受ける。まあ、それは仕方ない。毎日だもの。
代議員が左の高齢者ばかりという特徴はやむなしとしても、それを次世代で誰が共鳴できようか。保団連の若者離れが加速するのは当たり前の話だ。今や保団連参考書として必携の、419億以上の赤字計上の朝日のその背景には、反日赤化に対して、もはや年寄りしか同調しないと言う理由があり、その年寄りもネットに移行し朝日のフェイクを見抜き出したり、もちろん反日赤化など若者は見向きもしない。そりゃそうだ、自分達の未来をこんな「年寄り」に任せられるわけがない。会長が口汚い野党のような言い方で与党政権を批判して悦に入っても何も変わりはしない。逆にむしろ、支持率の無いに等しい野党のような存在を目指しているのなら話は別で、目的など野党と同じく何も達成は出来ず、ただただ下品に罵り振る舞えば良いだけの話。批判だけするのは実行力は必要ないから簡単、そして明確。
それじゃあ費用的にもあまりにも大変だと言うことで、昼間ワインを購入して部屋でルームサービスを頼んで飲酒しましたが、ルームサービスのご飯も心なしか気合いが入っていない(笑)。世の中全体が、何かとても大きな得体の知れない物に押しつぶされそうになっているのかなと思ったりします。
しかし、部屋からふと階下を見ると、ホテル向かいの宝塚や日生劇場には多くの人が列を作っており、人並みも普通かなぁ。1時間半ほど丸の内やら大手町やら日本橋やらを散歩するも、まあ、それなりの人出。おやおやぁ?結局なんだろう、いちばん痛手を被っているのはお昼もまともにビールすら出せず、なんだかんだと午後8時には店じまいする飲食店だけじゃないだろうか??もちろん他業種商店もそれなりの落ち込みかもしれないけれど、飲食は悲惨そう。だから「もう関係ないね」と開き直っているお店もちらほら。そりゃそうだろう。水やお茶でもつの煮込みを食するのは結構きついと思うもの。あと、ホテル業界もかなり疲弊している感じ。天下の大ホテルのロビーはそれなりの時間ではそれなりに人がいるものの、ピークの時間が少しでも過ぎると人っ子一人居なくなる。これは怖いな(笑)。
ここで冷静に考える。やはりcovid19はその昔からある「たちの悪い風邪症候群」ではないのかしら?かつての朝ドラ「花子とアン」の花子の息子が風邪をこじらせて亡くなったやつ。
年間死者数200万人のうちCOVID19の死者数は、かなり多く見積もっているはずだが23位、、、、?!何か不思議な風評で振り回されている感がなきにしもあらずではないのかしら。全国160万床の受け入れベッド。医療崩壊?感染症2類から外せばもっと増えよう。支那忖度の出だし不明なWHOの予防策。効きもしない支那製ワクチンの第3世界への蔓延。武漢バイルスと明記しない本当の意味とか。
う〜ん、、なんだかなぁ。。
久々にブログを書きます。
以前から何度も私は提言してきたことの一つに「戦うことは悪なのか?」という題目が有ります。戦い方は色々あるわけで、議論を戦わせることもあれば、政治力を戦わせることもあれば、素手で勝負することもあるかもしれません。
人類史上、「敵と戦う」ことは、最大のストレスとしてカテコラミンが大分泌され、特にそのアドレナリンはとんでもない力を発揮します。現代人はその処理に困りブラキシズムという日常を選択しました。火事場のバカ力はもう必要の無い世の中になり「戦うことは悪だ」とばかりにお花畑が広がりました。花畑の中で人々は鋭利な感覚を忘れ去り、クラッシックにまだ持っている人間達を「野蛮」だと呼び、武力や議論を戦わせる代わりにお互いが妥協して見かけ上の「理解と共有」を選択することが一番賢いと教えられます。例えば外交力とはまさにそれだと教わりました。
否
結果我々は「筋の通らないことに怒る」事を忘れてしまい、のほほんとしたぼんやりとした日常を無意識のうちに選択しています。三島の言うところの「無機質でニュートラル」な日常でしょうか。近未来の予想はまさに仮面です。
我が歯科界でも似たような事象が多々あるのですが、ここでそんなことを言うと野暮になりますか? 例えば、、、筋の通らない金パラ問題(笑)を支える年功序列の組織運営にもの申せない現実とか?(笑) 思考停止の前例主義に陥っている厚労省に新たは手段などあろうはずもないでしょう。そこに歯科の組織が呪縛を解く呪文を念じ傀儡子脱却以外に方法はないはずなのですが、組織の目的を度外視した経年前例主義はまさに同じパラダイム。あぁ胸が張り裂けそうだ。。。。
そんなものに頼らなくても、私は一人で全て出来る!のなら、それはそれで素晴らしい。その気概を皆が持ち合わせれば金パラなどどうでも良い話だし。しかし、世界に誇る歯科における社会保障を守ることとは、一人で何でも出来る事とやや話は違います。比較する国家がない以上独自に己達が戦うことが肝要ではないのでしょうか。。
このブログ更新が酷く緩慢なのは、考える時間が無いからだろうな。なんか20年前くらいと同じ位バタバタしてる。歯科医師不足や衛生士不足が響いてるなぁ。。さて、
こういう頭おかしい人達って、普段どういうことに反応してるんだろうと、ストーカーのように(笑)過去の書き込みを追ってみる。おやおやぁ〜??
共通項が出てきた。五輪中止は、、反与党、あべがぁ〜一族、反核運動、9条信者、反原発、沖縄辺野古、人権問題(何故か支那、朝鮮除く)、、、、なんだよ、要するに声のデカい少数の左巻き。そして反日勢力(笑)。
あるアスリートが言っていた、「どうすればこの困難を克服し五輪開催に向けて何が出来るのかに思考を変えてほしい」 まさにその通り。出来ない無理だでは思考停止することはスタンフォード型会議の中でさんざん紹介されている。無理だというのではなく、どうすれば出来るかという思考ベクトルとエネルギーが重要なのではないかと私も思う。彼らは無理だと思わず、どうすればトップアスリートになれるかを考えたからそうなれた。無理だなと思った人達はなれなかった。それだけ。ダメだと持ったら大脳の思考回路はその方が楽だからダメな連鎖が続く。これ今時の常識じゃないか。
まあ、9条を唱えているから日本は平和で安心らしいから、新コロナも何か特別なおまじないを9条信者様達に考えていただきたい。そうすればこれ以上の蔓延は防げるというものだ。五輪も無事開催。特に何をしなくてもね(笑)。
しっかし、腹立つね。アスリート達に対しての非礼。おまえらがグダグダ言っている間にも彼らは真剣に汗を流している。尊敬しなさい。
2020年9月に東京都23区に所在する歯科技工所に対し実施した「歯科技工所アンケート」では、長時間労働、低賃金の過酷な状況が改めて示された。週の労働時間が、過労死ラインといわれる60時間を超えているとの回答が48%あり、60%が週1日以下の休日と回答した。また、可処分所得は200万円以内が22%と最も多く、特に個人開業では54%が300万円以内であると回答している。歯科技工物の価格が安くなる原因と思われるものでは、「歯科技工所間のダンピング競争」「補綴関連の低診療報酬」「歯科医療機関による値下げ圧力」「歯科医療機関の経営悪化」全ての項目で半数以上が「そう思う」と回答しており、歯科技工所の置かれている状況の厳しさが浮き彫りになった。(オクネット4月6日号)
掘り下げて考えれば、これは技工士の問題以前に歯科医師側の問題であることは間違いありません。ダンピングや値下げ圧力や歯科医院の経営悪化など、歯科医師自身のどうしようもないスキルの低下が事の発端で、要は「ドベタな形成と酷い印象」の模型に対して、「これを上手くやるのが技工士の腕」とか気の触れたことを言い「技工料金が高いから」と難癖を付け「いやなら他に頼むから」というハラスメント等などで、DTが疲弊するのは当たり前だと思うのです。
立場として歯科医師が上だというのなら、下手な形成の下手さ加減を是正し、技工士に対しての技工教育を徹底し、供に患者のために協力し合っているという当たり前の意識を共有しなければ、夢のあるDTなど生まれるわけがありません。
また、下手な歯科医師がいるように、下手な技工士もいる。だからこそアドバンスな教育は必要不可欠でその中から努力を重ねトップDTにまでなった人物は数多いるではありませんか。
いつも協会声明などで思うのだが、最悪な下の現象の発現批判に終始する姿勢は、今の能なし野党に似ています。そうではなく、それと同時に、何故上り詰め成功し多くの信頼を得ているスーパーDTが、どういう経緯と努力でそうなったのか分析しなければ一概にこうだとは言えないでしょう。
ただただ待ちながら、周囲の所為にして自分のふがいなさを自慢するのは、何も出来ない歯科医師にも似ています。同じ点数評価でこうも違うものかと愕然とする、普通のCR充填を目の当たりにすると、同じ処置をDBと名を変えて自費で行う為にはどういう技術が必要なのかというのと非常に酷似するではありませんか。
いずれにせよ、技工士の困窮問題の本質の殆どは、厚生行政でもなければ技工士の資質(quality)の問題などでもなく、多くの歯科医師達の歯科医療人としての立ち居振る舞いの貧弱さから派生していると私は考えています。私は違うと胸を張って言える歯科医師はその限りではありませんが、その情熱の少しを技工士教育に向けていれば、事態はまた少し違ったかもしれません。
ちなみにですが、ウチは大臼歯FMCは3600円パラ別、特段高くも安くもないでしょう。世の中の平均は2600円パラ別らしいですね。3600円払っても良いなと思うFMCが出来てくるから払ってます。これはDTにとっても重要な話ではないでしょうか。自分の価値がFMC2600円なのかどうかと言う。技術込みのプライドを安売りしなければならない状況が不憫ですけれど、かつてとある技工所のものを全て(10歯くらいだったか、申し訳ないがとてもじゃないが他人様の口に入れるわけにはいかなかった)「なんですかこれは?」と再制作してもらったことがあります。FMC2300円でした。残念ながら再制作は出来ないと断られたと思います。
とても面白かった。映画には出てくるわけではないが、この決死の現場の所長の物言いを後から「切り取り捏造」報道した朝日新聞。いつでもどんなときでも最低だなと思い出した。吉田所長でなかったら、一体どうなっていたのだろう。命をかけて現場をヒトを街を国を守るというのはこういうことなのだろうかと。超個人主義の左傾化したヒトにはわかるまい。だから簡単に原発を批判する。無いに越したことはないかもしれないが、現実問題そこにあると言うエビデンスを無視して次に進むことは出来ない。
阪神大震災の時の村山総理。全く総指揮者としての能力が無く動けなかったのを思い出す。自衛隊はいつでも向かえるようにスタンバイしていたにも関わらず出動まで6時間以上かかり、そのおかげで助からなかった命も多かっただろう。スイスから来た優秀な救助犬達を超法規的に上陸させることが出来ず仕事をしてもらえなかった。数え上げたらきりが無い。そして311では、この映画でも際立つが、悪夢の民主党管総理の無能さではないだろうか。何のことはない。感想としてはいわゆるサヨク市民グループのトップのやり方を国政でやろうとした幼稚園児並みの振る舞いだったのではないだろうか。なんとも情けない。
私は、早い段階の被災地で実感した「現場の困窮より助けに向かう側のプライド」という問題に本当に腹を立てた。この映画でも随所に出てくる「現場を知らない人間達の歪曲したプライドが現場を混乱させる」と言うことだろうか。米軍の救助要請を断る政府。そのまま受けたら日本は何も出来ないと思われてしまうと言うつまらないプライドが優先。実際に私も被災地で、チームで自己完結型で救援に向かったが現地の歯科医師会に来ないでくれと言われたのを思い出す。私は無視したし、私たちを要請した医師は「地元の歯科医師は何もできない(自分のことで精一杯)から来てくれ、全ての責任は私がとる」という言葉に励まされ現場の士気が上がったのを思い出す。要するにこういう混乱では、こう言うつまらない意地のようなものが、現場の困っている人達に大変な迷惑をかけると言うことなのだから、「わかっている人」の指揮系統の確立というのは本当に重要だと思う。我々のチームはその「わかっている人」のいたおかげで、実にスムースに動くことが出来た。
福島の原発が爆発した瞬間、私はやっと繋がったワンセグで、言いようのない不安と供に見た。一体この先どうなるんだろうという不安と、そこにいる人達は大丈夫なのだろうかという不安だった。10年経過してまだ自分の家に街に帰ることの出来ない人達も沢山いるが、単に「だから原発はいらないと言っただろう」というヒステリックな反原発では済まないと思う。その後に福島を襲ったいわれのない醜悪な風評と自称専門家達の不安の煽り。まさに今のコロナのごとくのインフォデミックで、福島の人々の心はズタズタにされた。これは原発の所為なのか??否。原発以上に恐ろしい(原発でなくとも)ヒトの心の弱さを恐怖に変えた悪魔の所業ではないのか。
映画の随所でその事を何度も思い出した。
30年前から本当に疑問だったのだが、サヨクの人達って「愛国サヨク」という、特に米国などに大勢居る左巻きを本でもネットでも殆ど見かけない。我が日本にいるのは「反日サヨク」ばかりでまるで日本のことを愛していない。批判とクレームと行きすぎた人権ばかりを主張し、一体誰が幸せになるのだろう?と首をかしげる。
また、日本のサヨクは支那や朝鮮が大分お好きで、彼らの言い分と寸分違わない主張を数多く見かける。政治的にもサヨク的政策は日本人のためとは思えない政策が突如として出てくる。これは与野党関係無しにだ。
また、共通項を政治的に利用して「原発反対」「9条と平和」「常に政権批判」「自衛隊排除」等などもうきりが無いほど情報が変異しているのだが、逆に彼らは夢だと持っている節もある。その一つに、かつて共産党が毎回言っていた「軍事費を削っての予算補填」という馬鹿げた茶番を、本当にまじめに考えている。目的がまるで違うのに、手段が目的になる茶番だ。また、皆が武器を放棄して、世の中からミサイルやアトミック爆弾がなくなり、世界中が自由に行き来が出来、9条を唱え全て話し合いで解決できれば、全世界が平和になると信じている。自由とは天から降ってくるものではなく獲得するものだともう忘れている。その自由のために世界中で紛争が絶えないではないか。武器があるからなのか?おいおい。
国際法を無視する隣家の通りに面した我家。そのドアを頑丈にするためのお金などいらないから、ドアは開けっぱなして鍵もかけず、おまけに玄関先には大金の入った金庫を開けっぴろげにしておこう。玄関ドアにお金をかけるくらいなら家族の食事を充実させれば良い。近所に悪い人なんかいるわけがない。・・・・・・・と信じていたウクライナがついこの間どうなったかなんて、彼らには関係の無い大河の対岸の火事なんだろう。チベットやウイグルやパキスタンやインドなど、どうでも良い話なのだろうか。
これが戦闘機をはじめとする防衛予算を削れという基本的な理屈のようだ。私ならまず惨殺されないように準備をして、族が侵入したらアドレナリン大放出出来る武器を常備する。で、そんなことを言う人は右向きなんだそうだ。右も左もなく自身の利益を守るだけなのだが。
こういう話、実は2000年くらいから自身のブログで何も変わっていないと言うことは、世の中特に何も変わってはいない、良くも悪くも、と言うことかなぁ。平和なお花畑は維持されてますね、反日サヨク様達。
10年前、未曾有の経験をしたときのおおらかに振る舞おうとしている(笑)当時のブログを読み返してみた。結構面白い、そしてクローズアップされるのは、やはり角度を付けた(朝日新聞隠語)マスゴミの報道だったかもしれない。
https://plaza.rakuten.co.jp/dentalkuma/diary/201103130001/
https://plaza.rakuten.co.jp/dentalkuma/diary/201103280000/
そして、歯科医療支援だが、ここに面白い書き込みをしている自分がいる。FBでも少し触れたが、困っている患者は蚊帳の外で、プライドやしきたりに右往左往する医療関係者だった。花巻空港に一体どれだけの医師が集まり、ドコで何をすれば良いのか五里霧中。ヘリで運ばれてきた一人の患者に医師が群がる不合理。きれい事除けば、、歯科も同じだった。
本当の現場は実に泥臭いのだ、という話を後の講演会で何度かお話しした。気持ちの良い話ではない。しかしそれを糧に次に繋げてほしかった。阪神淡路震災も新潟震災も、歯科の活躍や行動はわからないながらも相当頑張ったはずなのに、その記録や行動が継続して伝わっていないために毎度同じ不合理を繰り返す悲しさと気がついた。その後の熊本でも、東日本の土壇場のできあがったシステムは継続されなかったと聞く。とても残念。
どのフェーズで歯科医療がどれだけ必要なのかは、被災地のQOLと密接に関係があるはずなのだが、それどころではないと毎回切られている歯科だったが、新潟震災でその理屈を無視してスタートした当時の小千谷市の歯科医師会専務の行動に感化され、宮古田老地区での歯科支援の指揮を執った。地元歯科医師会の困惑は手に取るように理解したが、その確執を乗り越える理論と哲学が私たちを動かした。目の前に困っている人が大勢居る、、、ただそれだけなのだ。当時のブログにもあるが、緊急事態に巻き込まれた絶望の淵にある人を真に救うのは、「情報」でも「言葉」でも、ましてや「法律」や「ルール」そして「プライド」や「立場」などではない。「行為」、そう、アクションそのものなのだ。
これは、その時真に思い感じたことで、経験則とはいえ今でもこれは変わらない。現場で汗した本当の思いなのだ。
最後に思うが、こういう現場で常に心も体も頼りになるのは自衛隊だ。我々医療人は、有事の際は自衛隊の傘下に入る訓練をし、その指揮系統の元で医療行為をするのが一番合理的で一番理にかなっていると今でも思っている。講演会でも何度も話したが、いらぬサヨクに批判される。あなた方は助けないから安心してください。
安全保障のプロ集団の元で仕事をするべきだとつくずく感じるのだ。
米国に香港から亡命しているヤン博士の論文。去年の9月に発表されましたが。何故か見つけられなくてやっと見つけました。ちなみにTwitter社はヤン博士のアカウントを何故か凍結。しかも人工的に作られたものだと実証するこの論文が投稿された翌日なのでした。闇が深いのですね。しかし、この事実を隠していただけでなく、知っていたからか、ヒトヒト感染でパンデミックになる以前から支那ではワクチン開発が進み、PCR検査キットを大量に作っていたわけですな。
Unusual Features of the SARS-CoV-2 Genome Suggesting Sophisticated Laboratory Modification Rather Than Natural Evolution and Delineation of Its Probable Synthetic Route
SARS-CoV-2ゲノムの特異な特徴は、自然進化ではなく実験室での高度な改変を示唆し、その合成経路の解明を示唆している。
抄録
新型コロナウイルスSARS-CoV-2によるCOVID-19パンデミックは、全世界で91万人以上の死者を出し、世界経済を未曾有の大混乱に陥れました。その甚大な影響にもかかわらず、SARS-CoV-2の起源は謎に包まれたままであり、論争の的となっています。自然起源説は、広く受け入れられているものの、実質的な支持を得られていません。しかし、ウイルスが研究室で発生した可能性があるという代替説は、査読付きの科学雑誌では厳しく検閲されている。しかし、SARS-CoV-2は自然発生の人獣共通感染ウイルスとは異なる生物学的特徴を有している。本報告書では、ゲノム、構造、医学的、文献的な証拠を総合的に検討した結果、自然起源説と強く矛盾することが明らかになった。その結果、SARS-CoV-2はコウモリコロナウイルスZC45および/またはZXC21を鋳型および/またはバックボーンとして使用して作られた実験室での産物であることが明らかになった。この証拠に基づいて、我々はさらにSARS-CoV-2の合成ルートを提案し、このコロナウイルスの実験室での作成が便利であり、約6ヶ月で達成できることを実証した。この研究は、関連する研究機関を独立して調査する必要があることを強調している。また、SARS-CoV-2の自然起源を支持し、主張するために使用された、問題はあるものの、最近発表された特定のデータを批判的に調べる必要があることも主張している。SARS-CoV-2の起源とウイルスがどのようにしてヒト集団に侵入したかを知ることは、COVID-19パンデミックを根本的に制御し、同様のパンデミックを予防する上で極めて重要であるため、公衆衛生の観点から、これらの行動は必要である。
以下全文はここから無料でダウンロードできますよ。間抜けな私が見つけてダウンロードした時はすでに73万ダウンロードでした。やれやれ。
https://zenodo.org/record/4028830#.YBUD7y33Jqu
昨年当時の日本の記事もまだ残っていました。
https://news.yahoo.co.jp/byline/nishiokashoji/20200914-00198216/
なんだかんだでコロナ騒ぎも一年以上経とうとしています。昨年の3月ごろから全く思うように外に出ることの出来ない状況は一体いつまで続くのでしょうか。
そこをベースに今日はあっちに行こう明日はこっちに行こうなどと、電車の時刻を調べては日帰り可能なあまり日本では知られていない場所から超有名場所まで計画を立てたのでした。
そしてそれはにっくき支那バイラスで全ておじゃんとなりました。サトチュウ先生や桜井先生達とバイクでスイスツーリングしたのが今では夢のようです。来年こそはと思っていたのですが今年もまだまだ無理でしょう。
ちなみに、支那バイラス終息して全ての国の往来が今まで通りになった暁には、、、、なんて思っても、多分世界中何処に行っても旅行者が殺到するだろうなとか、おっくうだなとか、ポジティブになれない私です(笑)。どうしてくれよう。
全く別件ですが、個別指導から高点数選抜が省かれたようです。楽しみにしていた(笑)個別指導ですがウチはどうなることやら。まあ、件数でやってもらえるのならピカイチの件数も確保していますのでその辺で引っかかるかな。社保畑20年以上、審査10年以上、厚労省交渉10年以上の私と是非対峙していただきたいものです。あ、喧嘩売ってる(笑)。
世界中に猛威をふるわせている、支那バイラス。経済損失は計り知れず、どん底にたたき落とされている人々も簡単な数ではないでしょう。しかし、死ぬかもしれないという恐怖は、他に沢山転がっているにもかかわらず、新たなリスクがこれほどまでに社会生活に影響を与えたのはとても珍しい事かもしれません。スペイン風邪をはじめ、人類は今までにも多くのバイラスの襲撃を受け共存共栄するすべを常に見つけてきました。支那バイラスも同じになると確信しています。
その肝心の出所の支那は、まるで他人事のように世界征服を狙い着々と事を進めているように見えます。支那から世界に広がったバイラス以上にPCR検査は68%しかない精度でも、天下の宝刀のように全世界に広まっているのも支那の思惑でしょうか。
しかし、我が国のマスゴミも全く報道しない支那の事実が次々と明るみに出てきているような気もします。AAA格付けの国営企業が倒産したり、大手企業の破産連鎖、国内消費の落ち込みはもちろん、我々日本人の想像を絶する格差社会(地方農村の1年分の収入は、大手支那IT 企業の半日の時給)と共産主義思想の弊害や隠蔽、秘密裏の粛清など、真の経済や社会が我々日本人には全く見えない状況が続き、いつ何時大爆発するかと、香港を見て思うのです。
我が国の中には、そんな支那のでたらめな情報を鵜呑みにして崇拝し、まだ取り繕うとしている与野党政治家や市民と言われる方々がごまんといる事実もまた、ネガティブ要素ではありますけれど、しかして、国体の元に集い未来を見据え我が国の美しい繁栄と平和を願う人々もまた数多くいることを忘れてはならないでしょう。
例年のように、世界を自由に行き来し、世界中の笑顔を目の当たりに見られるような日々が必ず来るだろうと信じて、今年もまた昨年以上に粛々とそして凜々と自分の仕事に励みたいと考えています。
今年もあと数日で終わります。なんていう年だったのでしょうか。先のない暗闇を手探りで進むしかなかった訳ですが、その手探りの暗闇を、マスコミや風評が灯りをともさせないという、劣化した我が国を象徴するような一年で、とても残念でした。支那ウイルスは世界を飲み込み、肝心の支那は素知らぬふりで、偽データを流し続け、政府与党は支那に頭が上がらず野党は我が国以外の国の利益を求める。そんなので、良くなるわけがないと感じる今日です。
この自分のブログもかなり劣化度が激しく、左傾化したFBというSNSにその手軽さで思考を流してしまい、一時期は1000人近くいた読者は(笑)事実上100名以下にまで落ち込んでいるのです。自分の意志をきちんと文章にする、自分の思いをきちんと文章にする、そんなことをおろそかにしてしまった今年でした。
本業は、勤務医が不足しても衛生士が不足しても当たり前のことを当たり前に粛々とやってきたおかげで、何とか例年と同じ水準で終わろうとしています。介護分野の「恐縮」感も、スタッフ達の根っからの素晴らしい光るオーラで、何するものぞと空気は吹き飛ばされ、やはり例年通りの水準で終わるでしょう。(でも、介護の世界に年末年始はありませんね(笑))
東京のクレバーなSBY先生が、劣化してきた「池袋」の記事を載せていました。高校を卒業し、頭の悪さとカリキュラム不足で一浪した田舎者の私の東京の初舞台は池袋。今は無き池袋「英進予備校」に入学。そこには有名な数学の神様と言われた「ナベツグ先生」がおりましたが、自身は数学は「大学への数学」以下、多分一番得意だったので、それ以外の勉強を結構やらかしたのが「池袋」でした。(沖縄のMYZT先生も池袋で予備校也(笑))住処は朝霞だったので、行き帰りの日々は東武東上線で板橋の各駅を散策し、こぎれいな図書館を見つけては勉学と昼食を探索していました。(当時仕送り3万円/月(笑))
一人で巡るサンシャインの秘密通路は、ワールドインポートマート(現在のサンシャインショッピングモール)からオリエンタル博物館や、メゾンサンシャイン(マンション)まで迷路のように繋がっていたのです。もちろんセキュリティはあまく、意外とどんなドアも開くという(笑)。その時私は5000万で売り出されていたメゾンサンシャインに、いつの日かここに住んでやる!と言う野望をかすかに持ったものでした。今はどうなっているんだろう?と、SBY先生の池袋劣化記事を元に、SUMOとか調べると、賃貸でも築43年とは思えない素敵な値段がついているのです。私の東京の原風景は、やはりこの泥臭い「池袋」と板橋区エリアという結 果で今年を締めくくるのでした。
余談ですが、白飯30円、味噌汁30円、納豆20円、牡蠣フライ1個30円、沢庵一皿10円、のり佃煮ボトルキープ(後で白飯だけ食べるため(笑))とか、いわゆる安い飯屋の原型が今の大戸屋東池袋店で、そして後のその一号店「大戸屋食堂」は私の腹を格安で毎日満たしてくれたのでした。
皆さん、来年は素晴らしい年になりますように!! (年賀状御免)
ここまで発展してきた世界でも、武漢バイルスの脅威は、まずは貧困を抱える弱者からと言う構図は、バイルスと供に生きてきた人類の6000年前と何も変わらない。変わったのはコミュニケーションデバイスが発達したが為に、本体のコロナより恐ろしくなった「風評」なのだろう。
話は変わるが、久し振りにTORMOREが飲みたくなって買ってきた。封を切ったらコルクがば
らばらになって中に入ってしまったので違う瓶に粉砕されたコルクを濾して入れ替えたのだがなんだかなぁ。。。(笑)「保守とネトウヨの近現代史」という本を読んでいる。実にわかりやすく左翼の動向が理解でき、右翼というか保守陣営の為体が理解出来る面白い本だ。そして記述はニュートラルである。
最近特に、朝日毎日を筆頭に、左傾的飛ばしニュースの宝庫である共同通信や、その配信記事をありがたく載せる地方紙においての偏向報道の理由が、この本では詳しく書かれている。なぜ、左翼的倫理観は何をしても無罪なのだろうという素朴な疑問が解消した。もちろんこの事自体戦後の共通項なのだが。
本の帯にもある「自民党は保守ではない」で、実は「そんなことあるんだろうか?」と食いついて買ったわけだが(笑)まさにその通りの歴史を歩んできている。支那は靖国問題など当初はめんどくさい案件でガタガタ言ったら国際外交問題になりかねないと考え及び腰だったのだが、なんと日本政府側から朝日新聞のネタを気にしてコメントを発表し、「なんだか良い匂いがするな」と思わせてしまったのが当時の「中曽根康弘氏」で、あったことなど実に興味深い。支那に絶好の餌を与えてしまった。近隣の朝鮮、支那には謝罪の文化などないと聞く。一度謝ったら、最後の最後まで謝り続け金を要求される。大陸の歴史的にも、民族が根絶やしになるまでそれは続くが、両者のプライドこそチョモランマより高いおかげで。そう、絶対に謝らない。
ところがだ。宮中倫理や、その護衛の為に派生した武士道では、潔から来る謝罪は美徳なのである。何を勘違いしたか、我が国は他国も同じ価値観であろうと言うことで謝罪してしまった、いや、遠回しに土下座した。それで全て丸く収まると勝手に信じた。
話はそれたが、保守本道を貫くと周囲から反社的右翼と同等に扱われてしまう。かつての国会議員の西村氏など良い例だろう。自民党内の胡坐をかくかのごとき動きをする諸氏は、明らかに保守ではない。とにかく、近年のサヨク的動向にやきもきしている諸氏こそ、この本は読むべきだと思った。なぜなら、保守というものを咀嚼して、結論なき未来へ繋がることは是非とも避けたいと思っているなら、、と言うことだが。
そういえば、八戸には極右で宣伝カーを持っていて、天皇陛下のためにと目つきの悪い人達が集まってくる家があった。そこの主は、完全に半島の人でしかも襟には金日成バッジ ???????確実にビジネスとして成り立っているわけで。ホント世の中にはまだまだ私ごときでは理解不能なことが沢山ある。
青森県では弘前市でクラスターが発生。驚くほどの数の感染者が発表されるが、実は地方では
感染より風評がとても恐ろしい。第一号は八戸だった。考えられないほどのバッシングを浴び、最後には自死したという噂まで飛び出した。その後暫くして青森の医師が感染したときも「おまえさえいなければ」などと言う酷い落書きやありもしない悪質な噂で持ちきりになった。その頃弘前では、八戸や青森の人は来るんじゃないという張り紙が店舗に貼られ、子供達の部活の試合も青森からの参加は断られたり、もう田舎くささが蔓延していた矢先の、弘前のクラスター発生に、何か遠くから冷めた感じで見ている。要するに皆コロナに恐れおののいている自分を隠し人の所為にしたいだけなのだろう。正確に怖がることを避けているとしか思えない。
一連の出来事のポイントは、「他人への要求」という、自分のことは棚に上げておくという自己矛盾を隠そうとする左傾的思考回路に他ならない。飲食店の不備や客同士のいざこざを目の当たりにして見る店員は、来てくれて嬉しいけれど、だったら来なければ良いでしょという自虐であり、これもまた自虐哲学とした左傾的思考回路の特徴なのだ。選手感染で社長が辞任する阪神とか、謝罪してなんとか曖昧に事を済ませようと言う背景があるから、世の中ではみぎならえで、感染したのはおまえの所為だとばかりに相手を訴える愚行に走る。どこかで誰かが感染するリスクはゼロにはできなのだから、冷静に考えると全く意味のないこと。しかし、高ストレスの状況でまともな判断が出来ないで居るのだろう。そしてあげくは政府の所為なのである。誰かの責任と誰かに対する要求から、少しも未来は見えない。そう、リスクマネージメントの要、責任論ではなく原因論。
こういう状況の中で何をすればベストで、トライアンドエラーでも先を見据えて様々な試みを実現することはとても大切。なのに批判ばかりして前に進もうとしないごく一部の野党のような批判コアな人達が、状況をさらに悪くしていることは間違いないだろう。こんな時こそどう助け合って先に進んでいく方法を皆で考えるか等、当たり前のきれい事に聞こえるだろうが、それしかないのではないかな。人類はバイルスと伴に何十万年も生きてきたという事実を忘れちゃいけない。