月曜日, 12月 31, 2018

今年も静かに一年が終わろうとしています

大掃除を終えた院長室で、懐かしい色々なモノに別れを告げ、いわゆる断捨離ブームに乗って、マテリアルワールドに慣れ親しんだ体にむち打った。

今年は開業30周年という大きな節目行事があり、多くの方々の支えで今の私たちがあることを改めて実感したのだが、果たして私はこの先何処までどうすれば良いのだろうと、一瞬だが迷ったふりをした。
形骸化してしまった、いくつかの歯科関連医療団体組織は、一体何のためにこの膨大なエネルギーを使っているのだろう。トップのイニシアチブが末端まで伝わらない、あるいはその逆の末端の思いがトップまで伝わらないジレンマ両方を、これほど感じた年もない。

例えば日歯の上層部の発想が、想像を超えるほど我々地方会員の考えと乖離している事実に直面し、なるほど、この組織作りじゃぁあと、100年経っても無理だなと今更ながらに。
例えば保団連の左翼傾向は、多くの会員の意思とは無関係にイデオロギーを主張することだけが正義であると勘違いしているお馬鹿が、少数だから声が大きいと。
どちらも非常に間が抜けていやしないだろうか。そもそも、会員不在なのはどちらも同じ。我が国を形成しているのは寄せ集めの集団だが、特に地方における自立が無能であるから中央は実に誤解をするわけだ。中央集権は否定はしない。しかし、中央集権の構成を地方主導に改めない限り、様々な困難に打ち勝つ能力と想像力は無くなるだろう。

個人主義は嫌いだ。私個人なら個人主義で成功した部類に入ると言われる。大きな誤解だ。社会保障のために見えないところで尽力されている諸氏を見た。そうなりたいと思ってお手伝いもした。個人主義ではこういうことは意味が無いはずなのだが。

個人主義の南米を学会で初めて訪れた。思考回路の違いに改めて驚いた。しかし、それでも機能している社会が有り、直接我が国と比べることの出来ないシステムや自由があることが分かった。私たちは何をしているのだろう。本気でそう思う瞬間があった。

今年もあと5分。素敵な年だった。2019年もいい年になるに違いない。いやいい年になるのだ(笑)。それでいいのだ(笑)。


金曜日, 12月 14, 2018

友好国を間違えるととんでもないことになるのに

スパイチップ
師走12月、、、あっという間の2週間、来週は怒濤の忘年会週。ほぼ毎日なのです。
さて、久しぶりに毒をはいて楽になろうと思う(笑)。

自国の平和安定のためには、友好となる国を選択する必要があるだろう。そして世界中の国という国では、その隣国と友好的な国はほとんど存在しないことも事実だろう。我が国で言えば、支那朝鮮ロシアは友好的に未来を見つめるパートナーとしてはあり得ないほど、理解に苦しむ事柄が多すぎるのも、実は普通なのだ。

カナダでHUAWEIの副会長が拘束され、報復ともとれるカナダ人の支那国内での拘束が続いている。パスポートを8冊も持っている人間が、どんな秘密裏な指示があろうが怪しくないわけがないのだが、支那は正式に「特別だから」と開き直っている。同社の秘密のチップを埋め込み販売しているスマホを始め、中継基地のシステムなどHUAWEIの怪しさにいち早く気がついた米国はそれなりの措置を決めたのだが、日本国内には反対の声も上がったり、あるいはだんまりを決め込むサヨク主義者達が大勢いらっしゃるようだ。
今更だが、支那という国はとんでもない国なのだ。そして拘束したカナダ人との人質交換を要求している。カナダよ、絶対にのんではいけない。

この件を無視して、朝鮮(韓国)はHUAWEIシステムで5Gネットワークがすでに稼働し始めた。米国がこれほど制裁を加えているにもかかわらずのこの選択は、現在の人気取りだけに終始して失業者数を40万人まで押し上げ国際条約は無視して、韓国国籍離脱者が年間3万人を数え、民度の低い財閥一辺倒の経済は地の果てに落ち込み、そして最後に支那に頼る、とんでもない大統領のおかげとも言える。
韓国の歴史を正しく紐解くと、自立国家としての歴史は皆無で有り、常にどこかから恫喝され、立場が変わると恫喝し、貧窮すれば常にどこかの属国として現在まで続いている背景を鑑みれば、要するに、しょうも無い国なのだろう。かつて、優れた文化や芸術が半島に栄えていた大昔頃、指導者は愚にもならない人達だったから、それから何百年経とうが、日本がこの国に乞われソウルに入った時の糞尿と泥水たまりの首都とは言えない町の有様に、ははぁなるほどと外国人を含め皆驚いたのだ。

ドイツはHUAWEI排除に賛同しないと首相が発表したようだ。プロイセン時代からかなりの戦火をくぐり抜け、かなりの経験則を持っているにもかかわらず、西側諸国ではなく支那を朋友として選択した首相は、元来左翼系政党な訳であるから気持ちはわかる。しかし、ドイツという国も肝心なときの選択肢を幾度も間違えて今に至っていることを学習していないのだろうか。いや、気がついている愛国者は沢山いるのだろうけれど、嘗ての悪夢を連想させる民族主義とのレッテルを貼られるために、純粋に自国が好きだと言えない方々が沢山いるようだ。だから、またまた、選択肢を間違えたドイツなのである。そして、支那は最後に裏切るのが過去数千年の歴史であり、他民族を根絶やしにする歴史なのである。ドイツよ、どうしたのだ。

そんな支那朝鮮が大好きな野党と自民党の媚中派が、我が国の政治をおかしくしている。マスゴミも支那が大好き。昔我々は事もあろうかハトと呼ばれるチキンを総理に迎えていた。今、彼が、HUAWEIに賛同しようという。支那についていくべきだと騒いでいる。こんなひとを総理にしていた事を実に恥に思う。

支那の戦後慰霊祭を中共が先日行った。旧日本兵に南京では民間人が30万人虐殺されたと気勢を上げた。当時南京は20万人しか住んでいなかった。何の検証もせず、言いなりに、この報道をだらだら流す全てのマスゴミにへどが出る。それはおかしくないかと検証しようともせず支那の言いなり報道は、ある意味支那プロパガンダとして成功しているのだろう。凄いな支那。

犯罪者辻元議員関連の関西生コンで10人の逮捕者が出たとんでもない事件だが、何処のマスゴミも報道しない。我が国が支那や朝鮮の外国人に支配されつつある証拠だろう。そしてそれらはいやらしい左翼運動に繋がっている。

何か、とてつもない寒気を覚える。早く改憲しよう。そして、めげずに我が国我が道を信じて進むしかない。





火曜日, 11月 20, 2018

インプラントと咬合とエイジングと

日曜日、くれなゐ塾の内藤先生をお呼びして、HERZ会特別講演会を開催した。参加者は30名弱と寂しかったが、それでも氏の熱い思いを皆間近で感じる事が出来たのではないかと思う。氏のお話しする内容は、以前から、私の感じてそして危惧しているここ10年以上続く流行のハウツーセミナーではない。午前中のお話など、とてつもなく広い医学的裾野を基礎の面から広く理解してもらうことでそれを咬合という問題にリンクさせる。
まさにSLAVICEKの人族以前からのHomoHabillisからの普系など、初めて聞く先生方にはピンとこないかもしれないが、発生学的考察から何故人はこういう咬合になったのかという思考の中、そこに咬合のそもそもが隠れていた。

ここからは、咬合で一番重要なブラキシズムに関する私的持論だけれど、、、、
人は武器としての顎口腔系の機能を捨てた代わりに言葉を選択した。大脳は言葉を作り言葉は大脳を作るとSLAVICEKは言ったが、まさにそこが重要だろう。武器として必要だった時代、生き死にに直面するストレスは非常に大きい。その時カテコルアミンを大放出させ戦い、そして命を守るのだ。
しかしサピエンスは言葉を選択した。言葉を選択したが為に得た様々な思考ストレスは身体ストレスと同等に扱われ、旧システムだけが残った。しかし、マネージメントできない事態が起こる。なぜなら戦いがないから。血中の戦う物質カテコルアミンはその濃度を増し、自己を攻撃し始める。その状況を大脳は回避したい。回避のための近道は筋組織の収縮と緊張に伴う微小血管の虚血再潅流。発生学的背景から大脳からの自立命令が唯一可能な咬筋群に筋収縮緊張弛緩の指令が飛び虚血再潅流が起こる、カテコルアミンの消費と供にスーパーオキサイドラジカルの出現を見るのだろう。局所における活性酸素の出現でその補償的脳内物質のドーパミンが拡散する。気持ちが良いのだ。

単にブラキシズムがストレスマネージメントと言うには事が重大。しかし、ブラキシズムのイベントの回数と強さが、どういう顎位で起ころうが「気持ちが良い」事が重要だろう。咬合を崩壊させるブラキシズムに対して、シーケンシャルやKNガイダンスでも、限界がある。負けない咬合と供に、ブラキシズムの原点をもっと探って様々な局面からアプローチすることの重要性も理解したいものだ。

内藤先生のお話の中に、ストレスマネージメントだけではないブラキスズムを誘導するかもしれない脳内物質のお話があった。まだ私が勝手に書くわけにはいかないが、非常に面白いアプローチだと思った。先が楽しみである。

さて、その咬合がきちんと理解されていない現状でのインプラントの狂気は、凶器に匹敵するだろうという論は、やや乱暴かもしれないが外れてはいない。なぜなら、「おれおれ」インプラントが横行し始め「私がやれば問題ない」と「こうすれば問題ない」いう非科学的な施術が注目を浴びたりするからだ。医療に100%が無いにもかかわらず、そして咬合理論が完成されているわけでもなく、あくまでも10年経過したから15年経過したからだけで全てを判断するのは、その先が見えていない証拠なのだろうと思う。
インプラントは素晴らしい治療法であることは間違いは無いが、その選択とリスク判断が将来の健康に繋がるというのはさすがに言い切れるものではないと考えている。インプラントに関する歯科医師の勉強不足はもってのほかだがそういうことではない。

ある、都内の知らない先生がとあるインプラントセミナーでエイジングの問題でこうも言った。
「金がないなら最後まで面倒見る必要はない」
ないならないでなんとかするシステムを作るとか、まるで倫理的発想がない、ただの米国かぶれのくだらない歯科医師が多すぎる。



金曜日, 11月 16, 2018

日弁連への痛快な良書

日弁連の正体という本を読んだ。私は開業して過去30年の間に、解決が難しくやむなく弁護士に相談した事例が2件あった。一つは金銭がらみのとある搾取で有り、一つはクレーマーに関する問題だった。そして、私の所属する組織でも日弁連のバックアップで主義主張を繰り返す項目もあったりした。常に疑問に思っていたことが、この本で溜飲が下がったまでは行かないが、非常に良く理解出来た。日弁連とGHQ、反日弁護士と日弁連、なるほど日弁連の左傾化が進んでいったのだと理解出来た。まるで彼らの主張は、共産党や社民党のような愚図の主張とうり二つなわけだ。

20数年前とある事業をスタートさせ、売上金を搾取された際、自称人権派弁護士に相談したことがある。彼曰く「契約書が巧妙で、無理ですねぇ、高い授業料だと思ってあきらめてください」だった。詳細を話すと、「先生の方が収入が多いのだから」と言う理由で取り合ってくれなかった。意味がわからない。まるで、弱いものでなくては味方はしませんよ、、と聞こえた。弁護士とはそういうものなんだろうかと思っていた。

10年ほど前、酷いクレーマー患者に出会った。やることなすこと全てに難癖を付け診療室で大げんかになった。この患者は共産党系労働組合の元書記長だった。埒があかないのでまたまた、今度は別の自称人権派弁護士に相談した。(私の所属している組織の顧問弁護士は皆人権派と自称する)

すると事もあろうか「先生はやらなくても良い治療をやったのではないか?だから文句を付けているのではないか?」と信じられないことを言う。私はすかさず「歯科医師の倫理の問題を言っているのですか?やらなくても良い治療を行う歯科医師がいると本気で思っているのですか?あなたは誰に相談を受けているのですか?この患者なのか?違うでしょ、私が費用を払ってあなたに相談しているのに、何故私がそんな有りもしないことで責められるのだ?」と喧嘩になった(笑)。最低の弁護士だなと啖呵を切って分かれた。

この時から、弁護士は本当に信用できないなと思い始めた。しかし最近、若くて勉強熱心でイデオロギーのかけらも感じさせない素晴らしい弁護士に出会ってはいる。彼のような弁護士が社会には必要だと強く思う。彼は日弁連をどう思っているのだろう。興味がわく。

日弁連は、死刑廃止、集団的自衛権行使反対、憲法改正反対、靖国参拝反対、慰安婦問題日本を追求、朝鮮学校無償化支持、拉致問題ミサイル実験無言、等など、およそ何処の国の人達なのか見当がつかない。むしろ朝鮮支那の言い分が正義で反日が正義だと信じている共産党や社民党のイデオロギーそのものなのだ。

ちなみに、日弁連は「こんなに危ない虫歯予防のフッ素塗布」と言う問題を「フッ素塗布は危険であり反対する」声明と文書を出している。あはははは、日教組だ。

北朝鮮の悪行に沈黙し、日本という国をおとしめる正義を振りかざす日弁連を理解する素晴らしい書籍であると思う。




月曜日, 11月 12, 2018

咬合医学の提言


30年前にアメリカンナソロジーでスタートした当院臨床。ヨーロピアンナソロジーに出会い軌道修正をした1995年。そして、その後2005年に佐藤貞雄氏が提言した「咬合医学の提言」は、アメリカンナソロジーと共有しながらも、私の臨床の様々な意味でのファウンデーションになっている。
今回、久し振りにその自分の検証というわけではないけれど、青木聡氏の「咬合に軸足臨床」セミナーに早くから参加申し込みをしていたので、スマイルクラブ大阪場所は欠場となってしまった。青木セミナーの内容はエッセンスながらもエクセレントだった。

改めて氏の話を聞きながら、つくづく思っ
たのだが、氏曰く「眼科において黒眼科白眼科上瞼科なんてないでしょ」に強く同感した。20年前のブログの中にも、歯科における分化科の意味がわからない、先進の米国でも患者はそんなことは望んでいない、なんてことを偉そうに書いていたのだが(笑)、誰も聞いてはくれなかった。分化してスペシャルな人になった方が本当に良いのだろうか?患者は安心か?スーパーGPじゃダメなのか?誰が得をしているのか?もちろんぼんくら歯科医師は絶対ダメだが(笑)。

咬合医学の提言は当時の私にはとても素晴らしい響きで、その内容もいちいち共感するものだった。そもそも、Slavicekの2002年の提言の一つに新たに共鳴したわけだが、あって話したこともないおじいさんだから、会える先生方がうらやましかったけれどね。ウチにある古い氏のセミナーシラバスは90年代中期なんだね。

さて、咬合を思考するときに避けて通れないBRX問題は、なんとなく嘗ての私の経験則持論と相まって、考えれば考えるほど楽しくなる。しかし、医学的に理解を増さなければならないストレスとはそもそも何か、結果カテコールアミン放出とホルモンの関係や、有名なFrankenhaeuser(1986)の「努力と悪性ストレスとホルモン」の関係とBRXがアロスタシス維持を担う関係を整理しなければならない。ただ整理するだけじゃなく、エビデンスがこうだからと言うだけじゃなく、私なりに推測もしたい、、と言うことで、「ストレスの仕組みと積極的対応」(藤田企画出版)という本を引っ張り出してきてみた。
ここに咬合医学を絡めると大変おいしくなるのでは(笑)。証拠もない持論として、私は、武器としての顎口腔機能を捨て、言葉を選んだ時、高ストレス処理のシステムだけが残って大脳はいきなり容量を増したのではないかと、高木兄ちゃんの文化人類学話も交えてふと思っている。そして、決してハウツーでは解決しないと思っている。シーケンシャルオクルージョンは一つの重要な選択肢だが、全ての解決策ではないのではないかなと。

諸般の事情で12月中に、BRXをわかりやすくまとめ、1月にプレゼンできるようになければならない。青木先生を始め、その道の高名な先生方に申し訳ないがなんだかやらざるを得ない。これがまた、私に大変なストレスなんだけれど(笑)。




木曜日, 11月 08, 2018

左翼記事(笑)

LITERAのド左翼記事が盛り上がっている。なぜだかわからないが、すばらしい?!(笑)。
「徴用工問題は本当に解決済みだったのか」
を読むと本気で気持ちが悪くなる。どんだけ韓流なのよ(笑)。そしてどんだけ韓国の捏造歴史感に心酔してるのよ(笑)。
LITERAのその他のWEB記事を愛読をしている方々に聞きたいが、あなた方の理想としている通りの社会ができあがると世の中は快適で幸せになれるのかしら。
安田会見を擁護したり国家の根幹に関わること自体を簡単に否定したり、何か、明治のアナキスト達の文面を思い出し末恐ろしくなる。
そもそも、日本という国がどうなれば良いのかという問題が全く見えてこない。知的好奇心をくすぐるとうたっているが、単なるゴロマキ記事でしかない。もう一度問うが、この国はどうなれば良いのだ??
何故、YES,ANDという理論展開が出来ないのだろうか???
かつて野党は、こんなころころとトップが変わる政治など信用できないと行き巻いていた。で、野党が与党になった。我が国は未曾有の大惨事になった。天災の話ではなく、政治的処理の問題と無能さだ。あきれるほど日本の経済力は地に落ち、未だかつてない最悪の政治を私たちは経験した。トップが変わらなくなった。独裁だと騒ぎ始めた。どんだけ頭悪いのよ。
そんなことは何処吹く風で、現与党を批判し攻撃する野党だが、どんな政党にもバカはいる。どうしようもないやつが間違って受かったりする。そこを攻めてどうしようというのか?そもそも重要な政策論争が出来ないくせに揚げ足ばかりをとる。この国をどうしたいのだろう。
なんていう事を、自身のブログで20年以上前から何度も書いていた私だ(笑)。与党自民党が素晴らしいなどと言っている訳ではなく、野党が腐りきっている以上、与党をなんとか応援しなければならない状況であることは皆さんよくわかっていると思う。かつての反体制的左翼正義がかっこいいと思われていた時代はとっくに終演している。明治維新が間違いであったのでは?と言う検証が出るくらい、実は革新的な事が正しいとは限らない。いや、保守の革新が必要であることは承知だが、韓国と国交断絶すら出来ない我が国の、なんとなくどんよりしたそして冷えていて変に賢い、、三島由紀夫が言っていた極東の小国に成り下がるのだけはごめんなのだが。







水曜日, 10月 31, 2018

日本歯科医師会と保険医協会

日本歯科医師会(以下日歯)の専務理事の八戸における講演を先般の土曜日拝聴した。非常に面白かった反面、一定の違和感は感じた。これはいつも保団連中央行動でも感じる違和感である。田舎者が感じる都会への違和感を無視してはいけない。

日歯の功績やあるいは不祥事は、全て会員のためと理解している。あるいは社会的に非常に重要であるところの歯科と言う職業に対する認識や重要性や社会性を、広く国民に認めてもらうためにもとても重要な仕事をしているだろう。政治的背景の重要さは酷くわかっているが、どういう形で組織が関わっていけば良いのか、実はその歴史が答えを持っている。

昭和元年、内容詳細や細かな経緯は割愛するが、医師会に習い歯科医師会も当初英国のように、人頭制における保険における診療報酬改訂を行った。しかしその額は医科の年間約7円に比較すると年間約68銭といかにも少なく話にならない額で、日歯は政府に対して増額を申し出たが無視されたため日本各地で保険医における歯科保険診療の拒否が相次いでいる。このように医科に比較して歯科は昭和18年の診療単価決定の際も約半分の金額であり、この問題は今なお続いている。このことも、日歯専務の講演の中にもあったが、その後の近代歯科への道の前進となる補綴の保険外しなどがすでに昭和初期から議論されていたのは驚く。

そんな経緯の中、日歯の役割はややも影を潜め、戦前労働者運動に近似した開業医運動が起こってくる。しかしその後時局は大東亜戦争へ傾き始めた。そして、戦後GHQは医師会歯科医師会日本医療団の解散などに関する法律を施行し、これらはいったん解散を命ぜられ、新たに、学術団体であること、自由意志による任意設立であること、入会は強制加入ではなく任意加入にすること、の3つが条件として盛り込まれた。なぜなら、GHQに言わせればこれら医療団体は明らかに戦争に荷担していたとの責任からである。

加えてこの頃、医師歯科医師に対して突如事業税が課税されている。この時医師会を鞭撻しながら賢明の反対運動と政治折衝を繰り広げた大阪保険医連盟が、後の開業医保険運動の源流となり今の団体連合のファウンデーションとなり得るわけだ。結果この時から、開業医に対する事業税は撤廃され時の日本医師会歯科医師会の会長が、その功績を認め当時の保険医連盟(現保険医協会)を行政の一部門に押し上げようという動きすらあったのは驚きに堪えない。
これらのことからも、なるほど現在の保険医協会が左翼的運動を祖として活動を呈していることに何ら不思議はない。しかし、私は個人として20年ほど前からの明けても暮れても政府批判に伴う医療問題から切り離された余計な左翼活動には全く同調は出来ない。

話を元に戻す。違和感とは地域差のファクターである。歯科医師の需給問題は、地域バイアスを乗じて計算して頂きたい。地域の若い先生方が連携して地域医療の経営や人材保証を行う話を懇親会で直接聞いたが、各自そんな暇はない。行政サービスに積極的に参加する暇もないほど人材が不足している。
そして、歯科医師会は何故か保団連歯科部会を相手にしていない向きがある。なぜなら前述のように余計な左翼運動が目に余るからだろうと思っている。素晴らしい分析力と膨大なデータを持ち合わせていながら、日歯のように直近の歯科医療問題に有効に利用できない最大の理由は、こういう左巻き問題で政治に食い込もうにも端から相手にされていないからなのだと、国会行動に参加する度に痛切に感じる。戦後開業医運動のような事はもう出来ないのだろう。
だから、、、日歯の専務の歯科における将来性のお話が、別の意味で胸にしみた。








木曜日, 10月 25, 2018

誰のための歯科医療行政なのか、その2

実は今週、厚労省本省との直接交渉の時間を割いていた。かつての指導監査室の担当との了解は良好だったのだが、今年あたりから個別あるいは県単位での交渉などは本省では行わない方針に変更したと言うことらしい。確かに、場合によっては大変な交渉数になる可能性があり、個別あるいは県単位での話は、エリア厚生局か県単位の厚生局支局に行ってくれと言うのもわからなくはない。

しかし、実際問題、青森県では全く対応しないと言うことで本省にと言うことになったのだが。県の厚生局では「保険医協会では講師派遣は出来ない」という。協会だろうが歯科医師会だろうが、正しいカルテ記載と請求に関し担当技官が講義をする意味が無いという判断というのが解せない。そのことを本省指導監査室の旧知の方に訪ねるとそんなことはないからもう一度話してみてくれというのだが。

今回の予定していたお題目は、以前から書き込んでいるように指導技官の指導スキルの差の話である。本来本省で提示している「懇切丁寧な指導」を理解し何処まで実践されているのかの判断基準と、ではその指導要綱にプロトコルは存在するのかという話。我々が手に入れた指導内容のチェックポイントでは、技官間のスキル差を埋めるにはいささか脆弱な作りになっていると感じる。

新規指導大綱になって、我々は保険診療の内容に関し不備がある場合、訂正して指導してもらうと言うより「返還」ありきで30年推移してきた経緯もぬぐえない。当然その間、素晴らしい指導を行って指導対象者から「非常によく勉強になった、こういう指導であればまた受けさせていただき勉強したい」という意見を持った先生方もいた。その時点での指導技官は素晴らしい。しかし、技官が変わり今回のような事態になる背景には、いわゆる「納得できないし、何を言っているのかわからない。」という返還ありきでのあら探し指導が問題なのではないか。

考えてほしいが、この指導体系で、返還金がこんなになったと厚労省は発表し、世のマスゴミは「なんて酷い医者が多いのだろう」と色めき立って報道する。大衆がそこに飛びつくのならビジネスとしてマスゴミの姿勢は認めよう。しかしだ。それで近年、そのおかげで保険診療の内容は改善してきているのだろうか。診療内容の改善は国民の平等に医療を受ける権利を担保するのだが、返還金の推移が指導内容の充実とその結果に結びついているか確認するべきだろう。数度の要請を拒否している青森県の技官と厚生局青森は、きちんと確認した上で、自分の指導方法に間違いは無いと、我々と国民の前で胸を張って話してほしい。
要するに、早急に我々の保険診療請求に対する疑問や不出来を解決するために、担当技官は「正しいカルテの書き方と請求方法」の講演を質疑を入れて行うべきだろう。

話はそれるが、「保険医協会だから」は医療団体として認めていないという意味らしく、それにはある意味納得する。保団連や各県協会が、理事会の議題に「沖縄問題、脱原発」など極左運動と共闘する趣旨の、まるで赤旗か月刊左翼か、、という論調で、うつつを抜かしている限り、医療団体として認めてもらえないだろうと思っている。言い換えれば、こういう重大な問題にエネルギーを避けずに、左翼運動にエネルギーを使っている限り、認めてもらうのにはまだまだ時間がかかるのだろう。だから、保団連は医療団体として最低だと思っている。




金曜日, 10月 19, 2018

今更ながら思うがなんて隣国だ

欧州から帰国して時差ボケも落ち着き最初に日本で何を感じるかと言えば、地上波テレビってなんてくだらない番組を朝から晩までだらだら流しているんだろうと言うことかな。特に朝昼の情報番組は各局とも実に持って低脳だ。
例えば帰国直後など(おまえ見てんじゃないか!)韓国のKARAの誰とかが彼氏との別れ話の激情で、殴り殴られあげくに彼氏のリベンジポルノとか、あげくにこれに対して1万人が集まり抗議集会とか、隣の国のこれほどくだらない話題を延々と流し続ける日本のテレビ局なのであるよ。見なきゃ良いだけだけど(笑)。

この韓国という隣国は、自分の国の名前に「大」を付けるおかしなプライドを持った人達と思う。そんな国グレートブリテンと昔の大日本帝国(笑)ぐらいじゃないか?(笑)そして、ことあるごとに我が国に難癖を付け、全ての元凶は日本の所為だと世界中で言いふらす。フェイクかどうかなど関係ない。言いふらすことが重要なのだ。かつてこの国に日本がどれだけのインフラ整備をしたかなど関係ない。泥水と汚物の中で生活していたこの国の民衆をどれだけ救ったのかなど関係ないらしい。我が国と戦ってもいないのに(当時彼らは日本人を選択した)戦勝国のふりをする。全く理解出来ない。そして、そのインフラが日本のおかげだと知るとなんと壊し始める(笑)。異常だ。
旭日旗も異常な反応になっていて、自衛隊に外せという。国際法を知らないというか、法治国家じゃないから平気でそんなことを言う。やれやれ。

この国の外務大臣が日本は二流国だと言い放つ。ほぉ、では、あなたの国からは何人のノーベル賞が出たのですか?と問うた人がいる、そしたらなんと答えたか。日本人の悪行の所為で韓国からノーベル賞が出ない。日本はノーベル財団に多額の賄賂を渡しているに違いない。だって。

もうさ、開いた口がふさがらないというか、ほっとくレベルの低脳さです。日本はそんな国なのにスワップの再開とかもう頼まれると、我が国自民党も何考えてるんだか。このまま、支那朝鮮になびく政権なら先はないと思ってくれ、と、自称保守が宣言しているのよ。河野洋平が朝鮮半島の統一の邪魔をするべきではないとか言いだし、息子の仕事を全否定(笑)。自民党の中も老害で悩んでいるのかな。

いつものことだけれど外の国にちょっとでもいると、あえて見えてくる日本と隣国なのでした(笑)。そして、強烈な反日は、実は我が国に巣くっているのも良〜く見えてくる。






日曜日, 10月 14, 2018

Vienna EAO 自分なりに総括

1日目 天然歯vsインプラントというお題目はここ10年くらい何度も企画されているから特にどうとは思わないけれど、出てくる症例に少し驚く。会場とのリアルタイムアンケート集計も色々考えられるあたりとてもいい企画だ。まあ、AOがラストのセッションで今回の学会で何を学んでどう活かすのかリアルタイムアンケート集計と同じなのだがとても良い。
その結果の感想としては、やはり欧州の先生方は天然歯を大切にする意識が強いようだが社会的な背景や歴史的感性から来るだろう。アメリカなら違う答えが確実に出てくる。

2日目3日目の今回の学会の大きな目玉であるチームライブオペセッション。正直批判は色々あるだろう。見るに耐えられない古い欧州どさ回り床屋芸とある先生が言っていた通りかもしれない。オペセッションにおいてのグルンダー先生の質問は全てにおいて素晴らしく的を得ていた。多くの代弁者となり得た。受ける側の不十分さがむしろクローズアップされたのかもしれない。これは補綴セクションでも同じで、見世物的なこのショウは一体誰のためにどんなドクターのためにどんなスキルの人のために何をわかって欲しいのかまるで伝わらない残念な感想だったかもしれない。

やはり素晴らしい時間を共有できたのは初日の晩餐会だった。多分この先もこのような歴史的な場所での食事会はあり得ないだろうというだけではなく、単独参加に近い先生方だけで囲まれたテーブルでのディスカッションが非常に興味深い。アルメニア、アルゼンチン、スイス、ベルギー、欧州の先生方や先般訪れた南米の先生方のインプラントに対する考え方がそれぞれの歴史と社会を背景に実に面白くて仕方なかった。例えばその中で、欧州での無歯顎ケースに対するフィックスしないでしょ、という当然の意識は、歳をとったときにどれだけ苦労するかという日本的な話で、!だからオーバーデンチャーを勧めるだろ?という問いかけには一定の共感を得た。じゃああなたはどうしているの?という質問に半分半分という日本的な答えをしたところ、大いに日本的だと受けてしまった。大笑いの意味はどうなのだろう。

インプラントを経由して日本の歯科医療を含む医療問題に取り組んでかなりな時間が経つ。グローバルな風通しの悪さや閉塞感を指摘する意見は沢山聞くがそれは全部歯科医師のせいであることを忘れてはいけない。さまざまな取り組みを規制させているのは厚労省ではなく国民であることを忘れてはいけない。日本の医療はビジネスではない。社会保障がファウンデーションだ。そこに新しい考え方や新しいマテリアルがすんなり入ってくることはない。方や、ビジネスモデルとなるアメリカの医療は違う意味で大きな閉塞感と心の問題を置き去りにしてきた。米国においての学会では時折見るパーフェクトなライブオペの背景にある商業主義は6000万人の歯科難民を作り、お金のあるなしで医療のクオリティは明らかに違うのだ。それが良いと思うのなら是非保険医などという足かせは捨てて活躍して欲しいものだ。
しかし世界中を回って一つだけ誇れると感じるのもこの事であり、日本の医療は世界一だ。見かけだけのビジネスモデルに憧れるのは勝手だが、御典医にだけはなりたくない人となりたい人となれない人の違いを是非整理して精進して行くべきなのではないかと今更ながら考えさせられてしまった今学会だった。