1月 09, 2023

救世主のような歯科医師?

 歯科医院を経営している以上、スタッフの未来や自分の未来、家族の未来を考えた上で、どういうスキルと知識を獲得し。どう患者に提供すればどれ程の収入があるのか、結果患者はどのような利益を得ることが出来るのか、その患者の利益を継続するためにはどうすれば良いのか等など、そんなことを大学ではこれっぽっちも教えないし、法的スタンスとして歯科医師法ではそういう歯科医師と言う立場は否定される。おかしな物だ。

唐突に何でこんな話ななったかというと、ある小説の話だ。作家は歯科医師像としてどんなイメージを持ちどういう書き方をするのかで、今現在の歯科の状況がわかる。もちろん「ウチは最高ですから」という所から「別に気にしたことないよ」という所まで、歯科医院自体千差万別であることを考えても、実に面白い。無論、作家が抱いているイメージは経験から来る物だから、果てしなくハズレを引いていたら(歯科医師とてただの人)イメージは最悪だろう。主人公は「野原」さんという。

「痛みに襲われたのが、緊急事態宣言の発出されたその日のこと。ステイホームどころでない激痛に、慌てて近場の歯医者捜すも、ある歯科医院は診療時間を短縮中で、三週間先まで予約が埋まり、ある医院はスタッフ不足のため新規患者を受け付けておらず、ある歯科医院は56日まで休業中とことごとく空振りに終わった」

これは良くある話だが、、そこでこの患者は徒歩圏内のとある歯科医院を選択した。今時とは言えない歯科医院で、WEBサイトとは無縁、だからネットの口コミとは無縁、予約無しいつでもOK、お好きなときにいらしてくださいと。これはこれで逆に不安になる。ここは人気のない歯科医院ではないのか?ということは、技術のない歯科医院、あるいは気性が荒い先生、いやいや酷く冷たい先生か?いや、うっかり八兵衛のような?うんうん、死ぬほど不器用?あるいは商売色強くてやたらとインプラントを勧める?、、ネガティブ要素を探し始めたらきりがない事になる。
結果、この医院の先生の診断は実に面白かった。野原さんはコミュニケーションを十分にとってもらい、痛みはそれだけで激減。そのやり取り。

「野原さんの奥歯は何の問題は見つかりませんでした。歯茎も至って健康です。物理的には痛む理由はありません」と説明。でも「痛いんです」「わかります。その痛みに嘘はないでしょう。僕はそれを代替ペインと呼んでいます」。「加原さんの中で、実際に痛んでいるのは、歯でなく別の部分です。歯はその身代わりとして痛みを引き受けているのにすぎません」「別の部分?」「端的に申しあげればです。特殊な例でなく、世の中には、心因的な胃痛、頭痛があります。加原さんの場合、それが歯に出ただけのことです」。では、「どうすれば治るのですか「真の痛みの正体を見極め、直視することです」と言われながらもやり取りが続いた。

この先生、話しかしてないから診察代はいらないという。むしろ患者が経営を心配してくれているよう。患者と歯科医師をつなぐのは、デジタルなものではなく、極めてアナログな「気持ち」だけという凄さよ。だから、歯科医師と患者の関係はビジネスライクもけっこうだが、お互い気が休まる暇がないだろう。こう言う歯科医師が今では希少になってきているかもしれない。診断ではない、何かがある。間違ってコンサルでも入ろう物なら、てこ入れさせるだろうなと心配する。
当院も昔からあら探しストーカーのような悪意の患者の書き込みや、患者の自分勝手な解釈で一方的に非難する電話など何度も経験した。私のコミュ不足と言えばそれまでだろうが、今更ながらこういう穏やかな海に船を出せない状況がなんとも悔しい。
世の中、比較的盛業歯科医院でも、2億稼げば2億5千万必要になり、3億稼げば3億5千万必要になる等という良くある話は、実は自分で自分の首を絞めながらかつて経験していた穏やかな日々を、未来に向かって再実現しようとしている非常に不合理な日常なのだろうな。メキシコの漁師の有名な話じゃないか。
だから、こう言う歯科医師、実にうらやましく思ったりしている。



1月 01, 2023

新年開けましておめでとうございます

 ウサギさんで始まりました、新年、開けましておめでとうございます。昨年同様、今年もよろしくお願いいたします。酔ってます、正月ですから(笑)。

さて、本年の目標を掲げておかないと、何かのんべんだらりと1年が過ぎそうで怖いので一応書いときます。

まず、生き方として理念のない政治を批判します。与党だろうが野党だろうが理念のかけらも感じられない政治に断固反対しますが、批判だけで終わるバカはしたくありません。どうすればもっと良いのかを常に考える1年にしたいですね。

労働のない富は本当の富ではないと思っています。今年は更なる富は必要になりました。4億稼ぐと5億必要になる意味がしみじみ身にしみています。背景にはやや労働のない富を期待したしっぺ返しがあったのだと反省することしきりです。働くから富が来るのです。

良心のない快楽はいけません。趣味も学問も何かすることに付随する快楽は良心の元にあるべきです。あ、気がついた人は気がつきましたか?ガンジーですね(笑)。あと、人格なき学識だとか、道徳なき商業だとか、人間性なき科学だとか、そして献身なき信仰、もろもろ、ガンジーの残した素晴らしい言葉を実践していきましょう。

でも、多くの皆さんが勘違いしている人がいます。彼の平和の根底にある無抵抗主義とは、戦うことを否定しているのではなく徹底した武力を元にした思想であることを勘違いしてはいけません。無抵抗こそ強烈な武力を担保にしてなしえる死ぬ覚悟であることを彼はキチンと説いています。ナイスです。社民党の福島氏が「平和のために平和ぼけを増やそう」と正月のツイット。死ぬほどバカなんだなと思います。

患者さんのために、「老舗はいつも新しい」をもっと実践していきたいと思っています。最新の理論とスキルを全ての局面において提供できるようにしていくのです。ソフトもハードもそうなのですが、しかし忘れてはいけないのは目の前の現症に全ての局面で寄り添う力でしょう。アポがないから無理ですとは言いますまい(笑)。。

こんな、当院ですが、昨年より150%上昇しないと再来年が成り立たないので、死ぬほど頑張る所存です。スタッフのため、多くの患者のため、関わっているバックヤードの皆さんのため、くまさか歯科は今年も頑張るのです。どうぞよろしくお願いいたします。




12月 24, 2022

諸行無常、諸法無我、涅槃寂静

 つい最近、私はかねてよりの尊い友人を失った。彼とは思想信念心情がやや異なっていたため、彼の琴線に触れる「核」という問題で衝突した。特に医療関係者ならこの問題は命に関わる重大な問題だと言うことで彼はエキサイトした。私はそうは思っていないので反論した。命に関わる問題ではなく、どう死ぬのかという問題なのではないかと提議したつもりだが受け入れてはもらえなかった。彼というわけではないが、特に左系洗脳されている私の周囲の「核」の議論は議論にならないのが特徴だ。

4万年程前、人類の亜種で高度な技術を持っていたネアンデルタール人はホモサピエンスによって駆逐された。ホモサピエンスは生き残りの最終決断として「戦闘」を選択する。しかしネアンデルタール人は穏やかな平和主義であったため地球上から消えてしまった経緯がある。ホモサピエンスの進化と発展は戦いの歴史でもある。戦闘のない歴史は世界の何処を探しても見つからない。そんなホモサピエンスは結果としてヒエラルキーの頂点に立っている。これは悪なのではなくネアンデルタール人が滅亡したときにバトンを渡されたサンカーラをDNAに持つ宿命であり、だからこそアニッチャという考えが世を救い「我」が解脱すると考えられたのではないか。最終兵器としての「核」は解脱前のカルマであり誰もなし得てはいない。地球が滅亡するほどの核兵器が想像を絶する平和を維持すると信じているからこそ、ホモサピエンスはその思考を停止させない。仮に石と斧の世界大戦が遠い未来に起きたとしてもまた同じ事がはるか未来に繰り返される必然を理解して、医療人なら現代の病としての現症に望むべきなのではないだろうか。「核」が問題なのではない。それを使用するホモサピエンスが悪でもない。最重要なのは「システム」なのだ。

では、核兵器を考案した天才物理学者の責任はと言う問いが、彼の伝記として正義の核ロジックの中に清書として出てくる。猛烈な反省が様々な書物美しく表現されているのは、いいとこ取りの伝記のパターンであり、回顧録も同様だと思われる。彼の周りの人々の過去の記録が僅かながら原文で閲覧出来る。美しい伝記ではない。アスペルガーと思われる興味のない勉学は'まるでダメという苦悩の幼少期のリアルな周囲の困惑だけではなく、後年、天才たるが故の神になりたかった妄想などが彼の理論物理のファウンデーションになっていることがよくわかる。美しいと賞賛される彼の手記の中で「Ich wollte wirklich, dass Deutschland gewinnt.」と言う言葉が紹介されている。この、心底ドイツに勝ってほしかったという本音は、何よりも優先されるはずなのに、彼は後にそれが大きな過ちだったと言う。兵器がほしかった米国がそうさせたのではないかと私は個人的に疑っている。ユダヤ亡命のように渡米しているのだからこれは事実だろうか? そこが彼の素晴らしさと言うことでクローズアップされる。否。そうではない。勝ってほしいという部分こそが、天才の社会に対する狭い視野の中でクローズアップされる部分なのだ。そして前述したように、ホモサピエンスの病的天才が発するカルマなのだ。これこそが真の考察なのではないだろうか。

ウクライナでちらつかせるロシアの核兵器は、使用されたら最後人類の終焉だろう。ホモサピエンスの終焉は核かバイラス。原子の向こうに宇宙があると信じていた天才学者の理論はあながちホモサピエンスの終焉も見えていたのかもしれない。宇宙に充満するエネルギーを手元の兵器として使用するプランが、黄色人種だった我々の元に降り注いだ。実行は天才科学者でもない。トルーマンでもない。ホモサピエンスが作り上げた(社会の差別も含めた)システムなのだと思う。その悲惨さを語り継ぐことや反省や後悔や憎しみや様々な思いが、逆に「核」のエネルギーとなってしまっていることに私たちは気がつくべきだろう。

アレルギーのような否定の先にある未来は全て暗いと信じる。咀嚼して飲み込み肯定しながら暗部を模索しそれも真実と留め置きシステムを構築することで、未来はより開かれると信じている。今更だが、失った尊い友を懐柔させる様な愚かな事は思わない。これが現実として受け止める。



12月 10, 2022

シリーズ夢の話 第4話 最終回

 今まで夢の話をしてきたが、これが最後。

ちょっと不思議な夢の話が現実に。2004年秋、津波の悪夢で目が覚めた。津波の場所は見たこともない椰子の木が茂った海岸線。遠くの海が盛り上がりそれが徐々に海岸に押し寄せ、砂浜にいた人々が蟻の子を散らすように逃げ惑う様子だった。一体ここは何処なんだろうと考えてもみたが、むしろ夢占いで津波の夢とは何なんだろうと色々調べるが、今ほどネット環境が発達しているわけでもなく、ちょっとした不思議本ではスクラップアンドビルドを潜在意識が夢を見させたのだという解説。妻に話すと「変な夢見て飲み過ぎじゃないの?お酒に溺れる夢じゃないの?」と。いや、夢占いの話は考えてもいなかったのでただの怖い夢としてノートに書き留めておいた記憶がある。12月スマトラ沖大地震での大津波のニュースが入ってきた。

2011年2月末。年度末も押し迫り慌ただしい毎日を送っていたある夜、地震の夢を見た。2階の研修室の天井が崩れ落ち、幸い人もいなかったせいかけが人もいない。翌日事務局に、「地震保険って入っていたっけ?」と問うと「いえ、火災保険の書き換えの時入らずにそのままになっていました、すみません」という回答。私は虫の知らせを信じるわけではないが「すぐ入ろうよ」と言うことで保険屋を呼び3月1日から地震保険に加入した。やはり妻にその事を話したら、良い機会だからちゃんと入っておきましょうと。

東日本大震災は保険加入の直後、3月11日におきた。惨状は皆さんの知っている通りだ。

研修室の天井が落ち、診療室は崩壊は免れたが、数日の休診は余儀なくされた。停電で暖が取れず、石油ストーブを引っ張り出しやかんをかけて、フライパンで冷凍庫の物を研修医の先生方とひたすら食っていた記憶がある。

地震保険が給付された後、保険屋さんが「凄いタイミングでしたね」というので。実は夢見たんだよと経緯を話すと目を丸くして驚く。「先生、次に地震の夢見たときは真っ先に教えてください!」と頼まれた。そりゃそうだ。

私は予言者でもなければ、予知者でもない。しかし、こういうことが時々あると、にわかには偶然だろうとは思えないことも事実だ。地中海の犬の時代から数百年。最近は年のせいか不思議な夢を見ることはなくなってきている。出来るなら、自分の最期を夢で確認したいと思うのだが。人様に迷惑をかけずに静かに末期を迎えたいと言う希望があるのだから。


(コラム)

一度、首をはねられた夢を見たことがある。まな板のような所に後ろ手で縛られ頭を乗せられ私は兜をかぶっている。「最後に言い残したいことはあるか?」と言われ「いや、特にない。」と答えた直後、首をはねられ、その後数十秒廻りの景色が見えていた。痛みはなかった。目の周囲から暗闇が迫り、目の前に雪のような物が降ってきたと思ったらそこで意識が飛び、目が覚めた。これも過去の記憶なのかもしれない。


12月 03, 2022

夢の話、続きの続き

私が中学2〜3年の頃から高校1年の頃まで(昭和48〜50年)幼少時のように、毎度同じ夢を見ることが度々あった。当時私は星の撮影に夢中になっており、様々な天体現象を記録していた。余談だが明らかにUFOと思われるものを星の撮影中に何度も見たりした。時に目の前を想像を絶する早さで飛行する物体をカメラに収めライティングライツ現象としてその手の雑誌に投稿したりした。星の写真を撮っているので、おかしな場所の2等星くらいの星を見つけ、これは星図にはない星だが何だろうと見ていると、すーっと移動し消える現象など幾度もあった。


さて、ここからが夢の話。。。そんな星の観察をしているさなか、数名の何者かが暗闇の中から突如現れ、おののく私の近くにやってきて、「君は選ばれた人間なので 我々と一緒に来てほしい」と。昼は勉強もせずバスケットの練習に明け暮れ、晴れていれば夜な夜な星を見に行きそんな毎日の私にはとても刺激的なとんでもない出来事だった。しかし、突然私が消えたら可もなく不可もなく過ごしているとは言えまじめな中学生、事件になるに決まっていると言うとそれは大丈夫だという。君のコピーを置いていくからだという。パーマン状態。何か黒い飛行物体に乗せられ、途轍もない早さで飛行するとあっという間にチベットらしき上空に。いつもそこで夢が覚めた。ある時は、チベット山中の湖に着陸し、数日を操縦訓練で過ごしたこともある。なんなんだこの夢。

高校に何とか進学し、バスケット部に入ろうと思ったら、とんでもなくでかい巨人の集まりで170センチちょいの私はびびって入らなかった。代わりに、射撃部に入り国体を目指した。高校の射撃部は県内には我が1校しかなく、ジュニアとして確実に国体に行けるのだ。射撃場は高校からかなり遠かったので土日のみで、日常の練習は夜遅くまで校内での基礎訓練が主だったが、どのみち遅い時間まで学校にいるので、三沢市から来ている連中の下宿が有り、そこに入り浸っていた。悪いことはしていない。

日暮れも早い晩秋。夜の8時過ぎ頃だっただろうか、腹も張ったことだしと、暗い中を家路に向かい一人でとぼとぼ歩いていると、突然車が私の横に付け「どこまで行くのか?送っていくよ。」と変なイントネーションの日本語で話しかけられた。ノーネクタイだがスーツ姿が二人。右腕をつかまれ、車に乗せようとする。怖くなり必死で抵抗し振り切って全力疾走。追いかけてくる。細い路地を入りススキ密生の原野まで走った。そこまでは追っては来なかった。今なら不審者情報だろうが、当時この話をしても、「どこぞの親父がちょっと可哀想に思って誘ったんじゃないか?」と笑い飛ばされた。私は実感として、アレは日本人ではないと思っている。そして拉致しようとしたのではないかと、後になって考えている。

昭和40年代後半から50年代前半まで、全国各地での北朝鮮による拉致被害が報告されたのは、相当時間が経ってからだ。中学の時の夢は、モディファイドされてるとは言え、まさに高校での恐怖体験と一致すると思うのは私だけなのだろうか。幾度も見た拉致の夢。青森県からも認定はされていないが消息不明の健全な一般人の報告は数多くあるのだ。

続く

11月 21, 2022

夢の話、、、続き

 前回、犬の話をした。その記憶をもう少したどってみたい。犬の記憶と言うより、犬の見た景色の記憶だろうか。数年前ソレントの学会の帰り、突然何かに誘われる波が来て、ナポリに一泊して船でプローチダ島まで訪ねてみた。映画イルポスティーノの舞台になった島なのだ。何故?そう、引かれ誘われるように、訪れた。この映画が心底好きだったわけでもない。とても良い映画だが撮影地を訪れるほどのマニアではない。イタリアナポリ湾だけれど地中海の匂い。港では漁師達が漁網の修繕にいそしんでいる。その上に茶色の犬が鎮座して私を凝視する。私のことを知っているのか?と言う感覚は、その場にいる当事者でなければわからないかもしれない。彼は私を知っている。確実に私はここに誘われたと実感する。数百年の時を超えている。

10年ほど前までウチにはデカい犬がいた。彼は6匹の子犬の中からウチの息子達が選んで持って来たもらい犬。ゴールデンレトリバーで正式な血統名はジョセフィーヌという。俗名ロビン。来てすぐはバカ犬だったが1年ほど幼稚園のような所に通わせたらやたらと賢くなって助かった物だった。その彼がある日夢に出てきた。彼は昔私の飼い主だったという。人と犬の関係を前回話をした深層催眠の彼が多くの人の深層催眠でわかったことがあると言っていた。飼い主に対して、飼い犬や飼い猫はかつての主人であると。ウチの犬はかつての優しい飼い主だった。だから私は飼い犬だったと夢の中で見た。そして、彼とは代えがたい貴重な記憶を10年以上共有させてもらい、この上ない幸せな時間を過ごさせてもらったわけで、それはその昔逆の関係だったからなのだという。当然、虐待された犬猫は生まれ変わって飼い主だった犬猫を虐待するのだという。実に面白い。

プローチダ島で会った彼とは話はしていない。彼は私の飼い主ではないから知っているだけの関係だったのか。やはり私は地中海を中心にしたエリアでその昔犬として生きてきたのかもしれない。不思議な夢の話はまだある、高校時代の北朝鮮「拉致」事件。

続く

11月 17, 2022

夢の話、、

かなり前にブログかFBで紹介したことがあると思うが、昨夜この夢をまた見たので備忘録。 

小学校に入る前だろうか。いつも同じ夢を見ていた。石畳の岸壁から出港する大きな帆船を見送っていた。帆船の後部が多分船長室のようになっている、映画グーニーズで見る海賊船のような帆船だ。遠くに行くまで見送っていた。そして目線がとても低い。子供なのか、いや、動物なのかな、犬目線だろうな。見えなくなると、とぼとぼと岸壁にならんだ石造りの家々の間の石畳路地を抜け、右に曲がると小さな教会があり、その入り口に座っていた。とても腹が減っている。

この夢を何度も何度も繰り返し見ていた。

私の初めての海外旅行は、飛行機に24時間乗って到着したアテネだった。27歳の時だ。せっかくだからとエーゲ海クルーズに申し込んだ。日帰りクルーズなので近場の島々を回る。その中で立ち寄ったイドラ島という島に上陸。背筋に何かが走った記憶がある。今から36年前だからまだ近代化の波は押し寄せていない小さな島なのだが、桟橋をおりて石畳を散歩していたとき急に何かの記憶がよみがえった。そう、子供の頃夢で見ていた景色なのではないか。高鳴る心臓の鼓動を押さえ裏路地に向かう。右に曲がる小さな路地を進むとなんと教会があるではないか。今だからこそGooglemapで調べられるのだが、その教会は「Dormition of the Mother of Lord Hydra Orthodox Cathedral Church」と言うらしい。新しく大きく建て替えられた?ものの数百年の歴史ある教会のようだから記憶と一致するかもしれない。ただし私の夢の中では貧相な小さな教会だったので感覚は違うのだろう。そしてそれだけではなかった。路地という路地、記憶と地図が一致する。ここを曲がれば道が二股に分かれてとか、ここをまっすぐ行くと山の方に向かうとか、この角を曲がると行き止まりとか、それはそれは驚いたものだった。

誰しも、こういう経験は少なからずあると思う。しかし、デジャブとは違う夢の記憶なのだからなんとも不思議な思いなのだ。30年ほど前、ウチで導入した医療機器のエンジニアが実は深層催眠が専門職で、やってもらったことがある。真偽はさておき、私は生前、支那で鉄道工夫として働いており、理不尽な不慮の事故で死んだのだそうだ。なるほど支那が大嫌いなわけだなと思った。これは比較的新しい過去であり、掘り下げて行くとそのまた昔は犬だったとも言われた。なぜなら深層催眠が深くなるにつれ、犬のように唸るかららしい。合点がいく。犬だった。工作員のような狗ではないので。かつて大はやりした江原何とかなら、ヨーロッパの貴族でとか何とか良い感じの生前を言ってくれたかもしれないが、実に犬なのである。

続く



11月 03, 2022

プレゼンkeynote作っていたのだが、、、

歯科医師会関連で、青森県介護支援専門委員会からの要請と言うことで、介護と口腔ケアと介護保険の通所と在宅の機能向上加算のケアマネ向けプレゼンをちょびちょび作っている。50名定員だそうだ。満席になりますから、、だそうだ。それはまだ時間があるから追々。自分の座右の銘を忘れずに。座右の銘は「明日出来る事は明日やる」という脱力な(笑)。

もちろん色々調べ物をしなきゃならないので 、あちこち見て回ったり本を読んだり。今日のような天気の悪い休みは、朝からのJアラートを覗けば(将軍様は今日のミサイル連発で、日本円で100億円使ったそうだ。金持ちなのか?)こういう日に色々調べたりするのが都合が良い。余談だが、講演も何度か聴いた菊谷先生ってホント凄いな!

で、、唐突だが、私の琴線に触れる言葉に遭遇した。「患者に対するサービスの意味を履違え、患者さんの歓心を買う為の治療と毎日をせっせとセミナーで修得すると言う事は、「患者様」と呼ぶその後ろにあざとい商人が影で笑う」・・・・・ナイス。

かつてのドベタダメダメ歯科医師が、この10年で何億稼ぐようになったのは、今まで知らなかった組織作りとメンタルとスタッフのモチベーションと患者ニーズの創作とそれに対する答えだと、講演して歩いている先生も、後ろのコンサルに首根っこを捕まれて、自己啓発セミナーのごとく大金を払い続け(壺は買ってないと思う)歯科医学的なスキルは置いといても、数億稼ぐ結果は結果と言い抜ける根性。凄い。患者は何処に?コンサルいなかったら、自分のダメさ加減を吹聴して歩きます??否定はしてません。頑張っていただきた。い。ちなみに黙っていてもそれぐらい稼いでいる先生方はごまんといますね。何でですかね(笑)。

いっときますが、稼ぎが悪くて(いろんな理由で患者に嫌われて)あえいでいる先生方は、もう10年もすれば世の中が変わるくらい歯科医師数は激減しますから大丈夫ですよ。かつての歯科ネガキャンで、昼休みあんパン一つ食って盛られまくった年収250万は大嘘で、仕事シリーズ最新統計では歯科医師9位平均700万位だったかな。それももうすぐ医師の1200万位をドンドン抜きます。しかし、どんなに歯科医師が減っても、不器用でダメな奴はダメでしょう(笑)。勉強もしないで適当なことしている歯科医師は激減したらしいので、これからの歯科医療は個人レベルでは問題ないのです。ただし患者さんは大変になるかも。だから今のうちにあらゆる予防にもっとドンドン関心を持つべし。

しかし、パブリックな健診事業等では、数的に相当難しくなるはずですから、それ相応の医師並みの手当を用意しないと自分ちが大忙しなのに行けない可能性も出てきますな。で、医師並みの手当と言いましたが、この辺が医師法と違う歯科医師法のやっつけ作成感が強くて、なんともはや。確かに勉強いまいちで医学部落ちて、しょうが無いからと歯学部合格したりするから、歯科は常に医師が上から目線で話すのは仕方ないのだろうけど、歯科医師になりたくて選択した人も多いはず。専門プロとしては対等なはず。いや、医師コンプレックス持ってる歯科医師はちょっと難しい(笑)か。なんか自分は元々そんなに国試前では勉強が好きじゃなかったからこんな感じで過ごせて幸せかも。で、趣味の一つが歯科だと気がついたのは臨床始めて2年目くらい。今は亡き近藤先生に教わった。32年も経つ。そりゃ色々覚えるわね(笑)。

10月 31, 2022

忘れてた(笑)

 考えてみると、3年前までは何処か学会に出席すると大概はブログでその考察をカキコしていた。が、、今回のジュネーブEAOは総括を忘れていた。と言うことで考察。

本当に久し振りの海外学会だったんですが、飛行機はアラスカ廻りで15時間近くかかってロンドンヒースロー空港。僅かな時間で乗り換えてジュネーブに。ここで気がつくのは、ヒースローに到着して、マスクな人は日本人だけと気がついた。むしろマスクな自分がちょっと恥ずかしい感じ。第何波が来ようが、もうマスクの有効性なんて誰も信じていない感じ。自由主義国家では日本だけがガラパゴス的だと強く感じるのです。

EAOスタートの三日前からジュネーブに入り、初日はジェットラグ解消のためにジュネーブ散歩。あいにくの雨模様だが、連れの次男の奥さんドクターNNは異常な晴れ女だと自負している。確かにさっきまでぱらついていた雨は、道すがら止むのだ(笑)。傘を持ってホテルを出たが全く必要なかった。ベタなジュネーブ観光をしながらあまり美味しいわけでは無い昼食。まあ、フォンデュだがハズレでは無い。パスタはなんかスイスの山の上で食べるのびのびしたパスタで、まずいわね(笑)。

翌日は次男の故郷ともいえるLausanneとSaanen-GstaadまでMontreux経由でゴールデンパスに乗って卒業した中学や高校やフランス語学校に。こっちもしょっちゅう連れて行ったり迎えに行っていたからとてもとても懐かしかったのでした。でも天気がくすぶりせっかくのスイスな町並みや山並みは雲にかすむのでした。勿論雨はこらえたけど(笑)

次の日は、都城のジュネーブ大学に留学していた田中先生のお計らいでジュネーブ大学の歯学部見学。これはまた、面白かった。この話は後でまとめて紹介と考察ですな。


さて、やっとEAO。朝から期待していたレクチャーは、実は期待外れでガッカリ物ばかりなのでした。絶対あるだろうと思ったグルンダー先生の話は今回はなし。ものすごく期待していたジュネーブ大学のIrena先生のライブ(笑)も殆ど無し。まあ、チェアマンだからね。アイルランドEAOの講義でものすごく面白かったから。いつも思うのだが、自分のおかれている立ち位置を確認する目的も大いにあるEAO等のミーティング。真新しいことは特に感じないけれど、レクチャーの先生方の入れ替わりには感心した。そしてEAOの最大の特徴は(私の勝手な意見)社会性とインプラント。方や、米国のAOの特徴は「私が一番」と思う個人の自慢とインプラント。EAOは哲学的。AOは技術的。こんな感想はいつもある。

今回、前回のポルトより、より若手の精力的な先生方が、例えばデジタルをファウンデーションに様々な取り組みをしたり考えたり。そういえば、かなり多くのメモがあるので(皆写メだろうけど(笑)私はメモる、、)整理すると言うより備忘するためにね。

ちょっと気がついたのだけれど、各社ブースを見て回って、なんか知らない聞いたこともないメーカーが凄い沢山増えたような気がする。シンガポールに行った佐久間先生も感じたようだが、なんか、ノーベルアクティブのコピーの様な形態が凄い増えているのは同じ感想。まあ、こう言うのがこれからのトレンドになるならそれはそれでいいのかな。

この先私がインプラントをあとどれ位やって、あとどれ位面倒を見続けられるのかを考えたとき、今回のインプラント学会で結構刺激を受けた次男夫婦が、私の後をキチンと引き受けてくれそうなことが、今でも新しいインプラントや施術にちょっと興味を持ち続ける私の救いなのかもしれない。そうでなければ、記憶障害とか出てきている自分では(笑)このまま続けても患者さんに迷惑をかける事になりかねないから、本来ならもう少しずつフェードアウトの準備に入らなければならないのでしょうけどね。



10月 25, 2022

歯科医師がいない

 最近、歯科医師法改正の為に何が出来るかという仕事をしている。一般の人はわからないかもしれないが、私たち歯科医師は法的な担保が非常に希薄な医師なのだ。110年前の歯科医師法に拘束され、現代歯科にマッチする医科歯科連携に必要な知識とスキルは、厚労省の官僚の手の内で踊らされている現実があるのだが、まあそれはおいておこう。これから少しずつこの話をしていこうかなと思う。FBだけでは不十分だろう(笑)。

様々な資料をつらつら見る機会が以前より増えた。で、その中で気がつくことがある。2025年以降歯科医師はドンドン減ってくるのでは?という現実だろう。昨年の厚労省のデータでは、私や王林ちゃんが愛する青森県は、全国ワーストワン。なにが?歯科医師の数です。10万人あたりの歯科医師は青森県では50人ちょっと。一番多い東京で120人ちょっと。確かに人口から行けば、青森129万人、東京1400万人。東京が多いと言うよりは、青森の少なさが確かに際立つ。

そして加えて、現在、歯科医師の平均年齢は54歳で右肩上がり。既に歯科医師の3人に1人が60歳以上となっており、開業歯科医に限定すれば平均年齢が60歳を超えている。うち約9割が「後継者なし」の状況と言われており、安定的な歯科医療の提供体制が揺らぐ可能性がある。これは地方都市ではとても深刻な問題で、行政とタイアップする様々な歯科事業が出来なくなる可能性も出てくるのだ。ここに加えて来年山田参議院議員が提出するだろう「国民総歯科検診」事業も、素晴らしいのだけれどやり手がいなくなってしまうのだ。

歯科医師数自体は2025年頃から減少し、15年後には全国平均で人口10万対で63.5人(1994年の水準+今の青森県(笑))になるという推計をするコンサルも出てきて、歯科コンサルビジネスチャンス(笑)。そして女性歯科医師の今よりの増加では、そのライフイベントを考えればさらに少なくなるのでは無いかしら。いや、歯科医師ではない旦那が子育てと主婦をすれば良いだけなのだが。。。


さて、暫くFBの所為にしてサボっていたブログだが、業界人には面白いネタが増えたので、歯科医師の法的な綱渡り診療を是非紹介していこうかと思う(笑)。