木曜日, 8月 09, 2018

エネルギー問題を六カ所する

私は、脱原発を声高く叫ぶわけではないし、推進を強く押すわけでもない。エネルギー問題の裏には色々な嫌らしいものが見え隠れすることは、前回の六カ所問題でも書いた。しかし、それを全否定する権利も金もないし、何しろそこに住んではいない。

私が副会長を務めさせていただいている我が保険医協会や、保団連の中に環境部というものがあって、私は常々不思議に思っているのだが、左翼的な活動と脱原発非核運動等が一緒になって「医師として核は許せない」という医師の立ち位置からのできあがりの経緯のようだ。
しかし、要するにその崇高な意識を下々に伝えたいという偉そうな思いが見え見えで全く賛同できない。


子供達の将来を考えて、、とか言うけれど、手塚治虫世代の私には「アトム」の未知数の希望がまだ付いて来ている。晩年手
塚は原子力問題でサヨクに「反省をした信者」として奉られ苦悩の日々を送っていたと聞く。

今年の広島の原爆慰霊祭で市長がこう言った。「世界が自国第一主義に傾くことへの懸念」、、これは面白い。原爆のような悲惨な結果をもたらしたのは「自国第一主義」であり。近年またそういう国が増えてきているという意味だろうか。
気が触れる量の核を作っていた冷戦時代、世界中で西と東に分かれ緊張が走り東と西は簡単には行き来ができなかったあの冷戦時代、実は
世界が一番平和な時代だった。
これはどういうことなんだろう?現在世界中でおきている民族紛争を含む悲惨な戦争は、核をちらつかせないから許せるのだろうか?北のように核を持ったばかりに米国のような大国が会談に応じるという切り札としての核は未だ健在のようだが、その背景もお互いの自国第一主義だからか。
自国第一主義は国境を作ったが、ダメなのか?育った環境も教育も歴史も無視して人類皆兄弟地球家族で行けるのか?自国第一主義がダメと言うことは、他国の問題に対して死ねるかと言
うことなんだが、そんな国は人はあるのかいるのか?日本がそうあるべきなのか?

なんだかなぁ、、がっかりだわ。

さて、近隣のLOHASな人達に聞きたいのだが、これらの写真は雪がほとんど降らず日照率の非常に高い県南八戸エリアから岩手県北エリアの写真だ。休閑地なら理解出来るが、森林を伐採して今次々と太陽光発電が熱を帯びてきている。ここ数年ですごい面積になる。脱原発と直接関係はないと言い切れるのだろうか。
LOHASな人達はこの方が嬉しいのだろうか。山を追われた生き物は町を徘徊し嫌われるがそれでいいのだろうか。

結局、非核や脱原発や原発推進など、人のエゴというサガをどういう形で言いつくろっているかだけの話のような気がする。求む、回答(笑)。






水曜日, 8月 01, 2018

Japan As No1 ?!

最近とみにまた、「地域一番になる歯科医院」とか「スキルアップでナンバーワンに」とかいうDMがこりもせず舞い込んでくる。ウチをなんだと思ってるんだ(爆笑)。
奇しくも、当院でもこの手の話で会議では話題にはなるが、こんな記事を見つけた。

ナンバーワン志向だから日本経済は転落した・・・・・プレジデント

なるほどなのである。世のコンサルはまだこのことに気がついていないのだろうか。ナンバーワンは今の時勢の競争を勝ち抜く上で重要なのかもしれないし、当院もそのつもりで今まで頑張ってきた経緯もある。しかし、それは技術の革新や思考の転換ですぐさま逆転されてしまう危険を常に持っている。そのためにどれほどの経費を費やしレッドオーシャンを泳ぎ切らなければならないのかあまり触れられてはいない。かつての日本企業はグローバル化の波に負けないようにこれを目指してきたが、今や支那や印度に超されてしまっていることも事実だ。日本でなければ困ると言う声は沢山聞いても、価格競争で苦渋を飲むケースが後を絶たなかった。

貧困までは行かないまでも、そういう国を旅すると「JAPAN」ブランドのすごさを見せつけられることが多々ある。相当な支那マネーが入って来ていてもだ。日本のマスコミはそういうことにはあまり興味が無いので報道すらしないけれど、本当に望まれている「日本」は世界中至る所で目にする。だからこの20年の日本の経済成長はいまいちの感がありそこを指摘して悦に入るアナリストは大勢居るけれど、本当に大切なのはそこではない。
なぜなら、今まさに日本の企業は大変な勢いで世界中の信頼を勝ち取っている。このビジネスモデルの転換・・ここが大切なのだ。現在元気いっぱいの日本企業の真の姿を私たちは知らされていないではないか。

我々医療や介護にしても、どれだけ多くの人を集められるかは、その行った医療や介護に対する唯一の評価であったりもする。しかし、本当に大切な事は、関わっている患者を含む人達みんなが真に幸福であるかと言うことであり勝ち馬の目を抜くことではない。医療介護が新しいビジネスモデルに右習えとは行かないことは重々承知だ。しかし、お互いの幸福という理念はまるで一致する。

以前このブログでホスピタリティロジックという本当のホスピタリティの意味を無視したコンサルの詭弁を紹介した。これとて自院アズナンバーワンになるためのプロトコルなのだろうが、同調する情けない歯科医師が大勢居ることも現実。今まさに「困っている」「藁にすがりたい」まではまだ理解出来る。しかし、更なるスキルアップ!と、こんな事を持ち出してくるのは神経のつなぎ目の問題だろう。当たり前のホスピタリティが出来ない人にとってはこれが珠玉なのだろう。

昨晩、ガテマラに帰る高校時代の同級生と痛飲した。世界中を飛び回っている彼は世界から恋われて今の仕事がある。日本人はすごい。でも世間知らずだとつぶやく。井の中の蛙の話をした。井の中の蛙にしか見えない小さな美しい青い空は認める。でも、そこを出たらもっと広い美しい青空が見える。でも鳥に食われるリスクはあるけれど。
僕たちは、食われるリスクを承知で外に出たいねと、話し込んだ。競争に勝つためではないリスクの意味がわかる年齢になってきたのだろう。

金曜日, 7月 27, 2018

訪問診療と障害者就労施設

ある先生から質問を受けた。
障害者に働く場所を提供している就労施設から在宅歯科診療を頼まれた。訪問歯科診療料は算定できないのだろうか?

私は社保担当として「出来ないと思う」と答えた。県の技官の意見もそのようだ。しかし内容を聞くと釈然としない。

障害の程度の差こそあれ、障害者の社会参加はとても重要な事だ。知的障害や精神障害ならなおさらのことだと思う。そういう彼らに就労場所を提供している企業は、まだまだ少ない。問題はそういう場所に出向き歯科診療行為をすると言うことなのだが、歯科医師としてもこれは素晴らしい仕事だと思う。

しかし、このシチュエーションを行政は理解していない可能性がある。障害者達は眠りにつくためだけに家やグループホームに帰り、朝ここに移動してきて一日の大半を就労所で過ごす。私も一度経験があるが、回りのみんなは本当に熱心に、治療している友人の為に色々なお手伝いをする。本当に助かる。これは診療室では出来ない。ましてや心に不安のある彼らは、周りに同じ友達がいるからこそ頑張れるのだ。

外来で通ってこようと思えば通えるため、という考え方のようだ。しかし、現場を知らずにルールを作る怖さとはこういうことかなと思う。個人病院において障害者の引き受けは一定のハードルが有り、そういう専門に行ってくださいと断られるケースがほとんどで、八戸市内でも、働ける障害者でさえ行ける医院はごく少数。ましてや急性症状の場合どうなのだろう。障害者引き受け可能の歯科診療所のリストはあるものの機能はしていない。そして重要な事がもう一つ。いったい誰がそこまで連れて行くのだ???

就労所はほとんどの場合、家族の送迎もしくは企業の小型バス。家族はそのまま仕事に向かうケースがほとんどなので、仕事を休んで歯科に通わせることは可能だとは思えない。
要するに、行政がこの状況を理解していないと言うこと。そして、やはり障害者はどこまで行っても日陰になってしまうと言うこと。

喫緊の課題として、今どうするかが何も解決されていない以上、頼まれれば就労所に出向く歯科医師の気持ちもわかる。そして大変な苦労をしているにもかかわらず、それに関わる費用は外来と何も変わらない。ましてや患者から車馬賃すら出るわけではない。

どうだろう。この状況で積極的に手を上げ「そこ」に出かける歯科医師の倫理とボランティア精神だけに頼って障害者歯科は運営されているのだろうか。せめて訪問歯科診療料くらい算定できるべきではないのだろうか。そうでなければ、誰が一番困っているのかが見えてこない。そう、障害者が一番困るのである。
厚労省に強く望むところではある。

(差別的だ、感覚的に「害」という漢字が可哀想だ、とか、本質を理解せず、しかも肝心なことを何もしないくせに優しいふりをする「障がい」という言葉をあえて使いませんでした)


火曜日, 7月 17, 2018

今できることを一生懸命

30周年記念祝賀会では150名を超す大変多くの皆様にお越しいただき本当に感謝いたします。また、私たちのために過分なお祝いやお花の数々、本当にありがとうございます。これからも一生懸命頑張っていく所存ですから末永くお付き合いください。

そして、、、、文体が変わりますが、、

西日本の甚大な被害とその復興のさなか、夏祭りはもちろん当院グループの30周年記念やらなにやらと楽しげな事がこちらでは続いており、不謹慎なのでは??という不安のメールもいただいたりした。
そうなのだろうか。

私たちは311の大震災を経験したとき、やはり同じようなことで様々な場所で自粛ムードが広がり世間が重く沈んだことを覚えている。自主規制をしても何も解決しないことをわかってはいるのだけれど、何か申し訳ないという気持ちだけで日常を捨てていた方々が沢山いた。気持ちはありがたいが、何も嬉しくは無かった。

「私がなんとかしたい」と、そう思うのなら、自己完結でボランティアに来るべきだし、そうではないのなら日常を今までどおり明るく過ごして頂いた方が私たちは嬉しかった。卑屈になりネガティブな要素ばかりを探していては、実は光が見えない。私たちにも復興の光がほしかった。だからある意味当事者を気にしてはいけないのだ。

出来る事を出来るだけ一生懸命にしていれば、どんな状況に置かれていてもどんな状況の思いでもみんな嬉しいことを私たちは経験した。だから先般熊本の震災の時は、私は行く勇気が無かったし心の底から行きたいとも思わなかった。ただし、経験を生かした歯科的なエマージェンシープロトコルを問われたら行って指示を出すことは考えていた。だが、そんな何処の馬の骨かもわからないやつの指示を聞くとは思えない(笑)。今回は勝手が違いすぎるので足手まといになるだろうと思った。被災しているにもかかわらず広島からわざわざ30周年に参加したかつての勤務医は家族ごと東京にいるらしい。私はそういう所に行く勇気が無い。

災害時直後、復興時、絶対に必要なのは圧倒的な縦の命令系統なんだと何度も言ったが、平和ぼけの日本人にはなかなか受け入れられてもらえないのが現実だった。
みんなの意見を聞いてとか、上の判断を仰がないと出来ないとか、みんな平等公平にを第一優先順位にしてとか、まあ、有事では使い物にならないレギュレーションが蔓延する。
「何があっても全ての責任を私がとるから自由に判断して行動してほしい、ただし命令は絶対だと思ってほしい。」
こういう人がトップに立つか否かで事態の改善スピードが驚くほど違うことを2つの震災で経験しているだけに、現場に行く腰は重くなる。

だから、今できることを一生懸命当たり前にすることこそが、現場で困惑し、疲弊し、悲しんでいる被災者への最大の思いやりだと思っている。そして一生懸命当たり前に過ごすことで、必要なお金も巡り巡ってそこに届くと考えている。





金曜日, 7月 06, 2018

六ヶ所村と風と今

先般、所用で10年ぶりくらいだろうか、六ヶ所村を訪れた。私の知らなかったその変貌ぶりに、ある意味嬉しくなった。


40年程前、車の免許を取ったばかりの頃、夏、横須賀から帰省したついでに父親の車を借り八戸から海沿いを北上してみた。
青森県の太平洋側は基本的に岩手のリアス式海岸とは全く異なり、果てしなく砂浜が尻屋崎まで続いていた。余談だが、80キロにも及ぶ砂浜の途中には、鳥取以上の規模を誇る猿ヶ森砂丘があるのだけれど、米軍及び防衛省管轄の射爆場になっているため立ち入りは出来ない。
そして道すがら、つげ義春が描くがごとくの日本の寒村の景色が続いた。


六ヶ所村を通過した際、むつ小河原開発の残骸をあちこちで見かけた。開発に伴う廃墟は何かもの悲しく、人間のエゴの残骸のようでもあった。

1968年、当時の通産省は太平洋ベルト地帯に集中していた重化学工業産業を、関東東海の公害や過密問題を解決するために、下北半島整備構想試案という国家プロジェクトを発表。石油化学コンビナートや製鉄所を主体とする「世界最大の開発事業」であった。
1970年、当時小学5年生の私達は、野外授業の一環として担任に連れられ3階建てに新築されたばかりの七戸小学校屋上に来た。
晴れたその日、遠くに横浜町の烏帽子岳が見え、なだらかな丘陵が果てなく続いていたのを覚えている。そして担任は言った。

「君たちが高校生ぐらいなる頃、ここからの景色は煙突や大きな建物が無数に見える、日本を支える工業の一大地域となるから、この景色をちゃんと覚えておくように」

担任の言っている本当の意味が何なのか、小学生の我々にはわかるわけはなかった。そして、それがどういうことなのかすら理解は出来なかった。その後、高校生になった私は、オイルショックで全ての計画が頓挫していることなど気にもとめていなかった。

1980後半、荒野の村は原子力エネルギー問題で真っ二つに割れ傷だらけになる。そこに色々な人達の正義があふれ、肝心の地元住民はほったらかし。その状況を聞き、核という問題を真剣に考えた。闇雲に反対している人達、未来を考えて反対している人達、未来のために賛成している人達、目先のことで賛成している人達、みんな正義なのである。私が、とある正義に同調したとは言え、しかし、これは違うなと思った瞬間があった。

一番嫌悪したのは、地元に暮らすでもない、極寒の地吹雪と貧しさも知らない都会のインテリがきれい事ばかりを並べ、そこに全国から信者さん達が集まって地元抜きで気勢を上げる光景にうんざりしたことだ。そして彼らには「日当」まで出ていた。何か、心から最低だと思った。

そこで、日陰から見つめる必要もあると感じ、地元に住む人の見えない事実を探してみた。そこに見えてきたのは、開発に絡む金と群がる人。が、しかし、そこにあるのは貪欲ではなく「人並みの生活」というごくありふれた地元の希望が見え隠れする。
それを否定する権利は誰にもない。六カ所開発反対左翼は「あなた方はだまされている」と説得する。同調する地元住民とそうではない住民。何かおかしい。事実「一杯のインスタントラーメンを兄弟3人で一日一食」。この現実をどうするかが先なのだと言われたら、誰が否定出るのだろう。私が政治家ならなんとかしたいと奔走するだろう。
そういうことを知っていた私だから、今回久しぶりに訪れたこの村でその変貌ぶりに驚きそしてなぜか嬉しくなった。

未来からくすねた汚れた金だと言う人もいる。その人達にすれば核燃関係の金は全てそうなのだろう。かつて、吹きすさぶ風を避けるように板張りの粗末な家で、何かに必死にしがみついて生きてきた方々に、あまりにも優しさのないそしてむごい言い方を反対派の人達は平気で口にしている。
もちろん推進派もかつては非道の限りを尽くしていたと聞く。親兄弟を喧嘩させ、貧しいながらも幸福を感じていた人々を引き裂き、国家プロジェクトに群がる亡者が全国から押し寄せてきた。村が傷だらけになった。
要は、これらの大きすぎる波に飲み込まれ、酷い傷を負いながら完全に引き裂かれた村だと言うことだけが残ったようだった。

今、まるで、ヨーロッパの片田舎の小ささなキレイな町を連想した通りを抜け、人が行き交う姿を遠目に見ながら、なんてありがたい話ではないかと、やや、時間を忘れたのだった。大きなリスクの代償なのだからと偉そうに言う権利を私は持ち合わせてはいない。

スタンフォード型”YES AND”でますます発展してほしいものだ。






木曜日, 6月 28, 2018

非核化へのうそと保団連決議

前回、保団連のど左翼ッぷりの内容の一部を紹介したが、参加した私のメモを今一度見直して「あること」で吹き出してしまった。折しも、米国の北朝鮮研究機関38ノースの6/27最新報告によると、非核化どころか新しい核施設のインフラが進んでいることを衛星写真を元に確認したようだ。ほらね。

さてその「あること」だが、代議員会での理事者発言で特筆されるものがある。北の非核化と供に沖縄における防衛拠点としての武装施設は必要なくなってきているとの発言。
まぢか??そうなの?本気で?そう思うんだ!

だいたい一医療団体が、国の安全保障に関わる問題をこうも平然と批判すること自体に大きな憤りを感じるが、話している内容はいかにもな左翼野党の「自衛隊の基地があると攻撃される。必要以上の武力(?笑)があると狙われる」という気の触れた考え方を披露しているのだろう。そして重要なのは北はもちろんだが支那の沖縄占領ではないか。現知事がいかにどっぷりと支那に荷担しているかは明白だが(当選時、いち早くお祝いに駆けつけたのは支那共産党委員の面々)北はもちろんだが支那問題なのである。
最悪なのは保団連の研究大会が沖縄で行われるのだが、事もあろうか左翼的理論誘導して人集めをしている。

とにかく、セキュリティの強化をすると攻撃されるのだそうだ(笑)。だいたい、米軍の規模縮小に伴って支那の攻勢が高まり、領空侵犯領海侵犯は昨年だけでも記録を更新するほどの勢いで伸びている。
9条があることで助かっているのは日本ではなく支那なのだ

尖閣においては2020〜2030年の間に支那は領土拡大を目論んでおり領土戦争も辞さないとの計画書が出てきた。これは民主主義における閣議決定と同じ効力を持つ人民党大会における人民軍決定文書だ。フィリピンやベトナムと同じ手順で尖閣の実効支配を考えていることは間違いが無い。

問題なのは、何故そこに医療団体として安全保障問題に介入する決議文を出したのかであり、我々の追求する素晴らしい医療実現の足かせになっていることは、今までの国会行動や厚労省行動でも自明の理となる悲しさか。医療問題に的を絞りその成果を前面に出せば会員は自ずから増える。しかし、私の40名弱の勉強会でも、月間保団連の左翼政治的な表題を見た場合、ほぼ100%読みもせずにゴミ箱に直行している事実を理解するべきだろう。

色々な考えや意見や政治的信条があることは理解出来る。しかしそれはそういう好きな人達が集まって傷をなめ合えばいい話。こういう医療の場所に持ち込んでは、今の若い先生方は正しい歴史経緯と正しい情報か否かを峻別する力があるだけに、偏った新左翼崇拝のような時代錯誤的考え方には全く同調できないだろう。

まあ、とにかく北は約束を破ったが、そんなことはみんな予想していたけどね。
さてと、私に対してのサイバー攻撃のセキュリティを強化しようかな(笑)何処の誰が何処から仕掛けているかを特定できるようにしておかないと(笑)。







日曜日, 6月 24, 2018

保団連代議員会2019

保団連代議員会に出席。相変わらずのど左翼っぷりが、もう此処までくるとあっぱれ(笑笑。共産党党大会かこれは?そして国旗がない。社会保障の恩恵を受けているにもかかわらずだ。

全ての発言が医療問題だけではなく、背景にあるヒステリックな反安倍でもう聞いていてうんざりする。添付された資料は購読者が7割も減っている朝日新聞がメイン。以前から強く意見した共産党機関紙赤旗の引用は流石になくなってきてこれはいいことでしょう。しかし朝日だが(笑)。ふと見ると、地方における護憲講演会パンフが入っている。演者が東京新聞の極左運動家「望月いそこ」にはまあ驚いた。一体何を考えているんだろう。そして、決議案の最後にはいつものように9条を守るとか普天間基地の運用停止とか、なぜ保団連代議員会決議なのだ???

譫言のように9条を守る事で平和が維持できると本気で考えている御信者の人たちは、世界各国からその政治的同意をもらってきてほしい。ああ、そういえば信者さんのフロア発言で「素晴らしい平和の国コスタリカのような・・」とか言っていた先生がいたが、まるでわかっていない。いい話だけピックアップの情報ですね。コスタリカは軍のない非武装国家として左翼連中は憧れる。しかし、国家警察が隣国ニカラグア軍の3倍ほどの武装力を持っていることを知っているのか知らないのか。だから長らく続いている国境紛争も沈静化されていることを知っているのか知らないふりなのか。そして近年は稀に見る凶悪犯罪率の増加が注目されているのだが。
自国の平和は自国が本気で守るその気概と士気が、いかに重要であるか理解できないのだろう。9条を死守しなければ戦争が始まる、子供を戦場に送ることになる、という突飛な発想理論の元こそ、戦後の日教組左翼教育の賜物である自虐史観からくる「そもそも日本人が信用できない」という発想そのものではないのだろうか。GHQの手先か。う〜ん、バカ。

この国が好きだ、日の丸を掲げたいという当たり前の日本人としての心をなぜか否定するこの組織は、そもそも、誰のために何をしているのだろうという疑問は拭えない。手を上げて発言する気持ちも完全に薄れた。ではなぜ私は代議員として参加しているのか?それはバランスという重要な役割があると信じてのみの行動であり、こういう辛辣な意見を書く事で会員の思いの均衡を保つことが重要だと思うからだ。

右だ左だと言っている暇はないくらい医療問題は山積している。しかし、世界中を回ると気がつくが、確かにあの本の通り10勝5敗で日本の医療は世界一なのだ。これを維持することは並大抵ではないはず。現政権の医療政策に関し、なぜもって「YES AND」で議論ができないのだろうか。何でもかんでもNO、NOでは話にならない。外野から物を投げるばかりの組織体質をなんとか改善してもらいたいものだが、理事者の顔ぶれを見て左向きがかなり多いのだと聞くとどうにもお話にはならない。日本の格差社会だとか貧困格差拡大だとか、他国が聞いたら笑われる内容も、井の中の蛙なのである。ただし、この蛙にしか見えない暗くて狭いが、だからこそ遠くの美しい青空が光っていることは確かに夢としては理解は出来よう。

ちなみに、売国野党として支持率が1%を切る政党の人間を持ち上げて保団連自体の国民の支持認識が上がるわけがない。発言を聞いていても左翼特有の「あなた方は騙されている」という上からの偉そうな意見ばかりでこちらとしては精神衛生上まことに宜しくない。安倍政権を難く思うのは勝手だが、今この時一体誰が我が国のかじ取りができるのだ?特に安倍政権外交の成果は戦後始まって以来の素晴らしい結果をもたらしていても報道されたり高い評価を紹介されたりしていないだけではないか。


YES ANDの発想で政権与党とキチンと対話できるバックグランドが、反日野党に頼って同調している今の保団連には全く無い。保団連ならではの素晴らしい客観分析データを持っているのだから、なんとかこの部分(ど左翼)を改善してロビーイングの成果を引き出していければ素晴らしいと思うのだが。心も体も非常に疲れたのでというわけじゃぁないけれど、左巻きガス抜き祭りはもう終わりにしませんか??・・という提案(笑)

あ〜、酔った。




水曜日, 6月 13, 2018

顎咬合学会2018

私のこのBloggerや、一つ前の自前サーバーが飛んだものは別にして、その前の前の楽天ブログやその前の自前サーバーオリジナルブログで、「顎咬合」キーワードで検索したら、何か面白かった。この顎咬合学会がいかに私の臨床に関わってきたか等がよくわかる。

って言ってもそんな大げさなものじゃなく、なんとなくだけど。毎年始めに今年の臨床目標はこうすると心算して、年半ばに顎咬合学会で、世のGPの顔色をうかがう。で、毎年思う土曜の午前中の招待講演の重要さか。今年は??ノーコメントです(笑)。

良く出来た後輩の一人である茂木先生や沖縄な宮里先生と下町に飲みに行くのが毎年恒例になった。かつての勤務医小澤先生やサトチュウ先生とも合流した。で、学会の評価?でもないが、内容の検証をするのが恒例になった。茂木先生曰く、数年前から、とても考える学会になって良かったね。そんな話をしたのが去年だった。今年はまたハウツー学会になって何だかなぁと言う話になった。ハウツー学会は人がついてこなくなることはみんな知ってるので来年は変わるんじゃないかと語った。でも、ハウツー学会になると言うことは、ハウツーなカリスマ先生がいる限りは大丈夫なんだろうと私は考えた。しかしそうすると単にお仲間学会になるので、厳しい側面を持ったGPとしてはどうなんだろう。
なんて言うことを呑みながら話をするのがとても楽しい。

しかし、これじゃぁ、ものが売れないのでメーカーやディーラーはハウツー大歓迎なはず(笑)。私は全くもって嫌いだし、そういうまさにアメリカンなハウツーな思考回路が「じゃあ、結局どうすればいいの?」というくだらない質問を引き出すのだと思っている。どうすればいいか答えは一つじゃないし著明な先生方も何かを発明した偉い先生も、みんな同じ歯科医師でしょ?と思う(笑)。

えびでんすがぁ〜〜というのはわかるが、もはや年間ペーパーの数と過去のペーパーの数はなんだかなぁの数でしょ。まじめに読むには大漁旗が必要。発展性も何もない。じゃあ、エビデンスもないなら患者で実験してるだけでしょ、とか言う人もいるが、おなじだろ?と言うことに気がつかないんだろうなぁ。米国の保険会社の策略に何で日本人がのるかなぁ(笑)。実につまらない。まさか、みんなそんなに適当な仕事してるわけじゃないでしょ。

と言うことは、やはり巡り巡って基礎を何処まで理解しているかが、臨床の鍵なのでは?と今更ながらまじめに思っているのでした。そんな感想の学会でした。

水曜日, 6月 06, 2018

デジタルデンティストリーの行方

多分このブログで何回も書いていると思うが(笑)、、、、70年代後半、TK80で胸騒ぎの興奮を覚えワンボードでプログラミング、2年後MZ80Kと出会い興奮はさらに加速した。マイコン時代の到来と供に80年代後半、衝撃のマッキントッシュと出会いパソコンの未来が大きく変わることを確信した。バカみたいに高価だったけど(笑)。そして今、私はマイコンいじって40年たった(笑)。

OSと言う概念が、CPM/86でこういうものなんだとコマンドを覚えた。が、それだけで決められた仕事を決められたようにこなすだけ。MAC OSのクリエイティブな感覚に、パソコンの将来はこうなってこんな事も出来るようになるだろうと夢が膨らんだ。世の中にWINが出てきた。WINと言う名ばかりのDOSに苦笑いをした。95のCMが大当たりした。しかし、いとも簡単にデータフォルダをシェアできるマックと違い、あえてネットワークプロトコルを難しくするゲイツの野望がやや垣間見られた。

この頃からのWINの進化はマシンスペック競争を呈してくる。コンピューターが個人のユーザーに降ってきて、皆、何か出来るんじゃないかとわくわくしたが、実はそうではなく、ジョブスとのベクトルの違いに賛同できるものとそうではないものと大きく分かれてきた。OSのバージョンアップはマシンスペックのバージョンアップを必ず必要とするため、実は高いと言われたMACよりお金がかかることに気がついた。ゲイツはこういう所でナイスだ(笑)。

八戸が誇るなっちゃん大先生のデジタルデンティストリー講演を、ちゃんとお金を払って(笑)聴講した。いままでのデジタルデンティストリー20年近くの流れを時系列で一番理解している先生だから、とても勉強になる。そして感じたのだけれど、、今のデジタルデンティストリーが、このWINの歴史を残念ながら踏襲しているのは何故なのだ?アルゴリズムがDOS発想ではないか?

なんか、世界中のデジタルデンティストリー関連メーカーの発想がクリエイティブではない。だからどうしてもスキャンのスペック、処理のスペック、要するにマシンパワー合戦になっていて、肝心のクリエイティブなシステムビルドになかなかたどり着かない気がする。マシンパワースペックでソフトウエアのランクが左右されるのはゲイツの発想(笑)。みんなぁ、気がついているかなぁ?

例えば現行の一つの例だが、ふと思う。AIコンフィグュレーション、すなわち、システム空間配置がAIではなく、なんだかこれはDOSなのだ(笑)。CTデータや運動解析データの落とし込みまではなんとか精一杯システム構築の準備があるようだ。が、しかし、何故そこに顎運動咬合理論の数万件の論文をデータベースでこいつらに読ませないのだろう。それこそ、口腔とhumanenvironment protocolまでAIに診断させるべきなのでは?
S社K社とかのバーチャルの咬合器はおもちゃと化し、そこまで行かない普通の単純補綴は、単に技工士の代わりと経費コントロールなだけで、かつてのDOSマシンの事務職と時給コントロールの代わりをPCが行っていた時代と何も変わらないのではないだろうか。進化をしているのは認めるが全く同じ進む向きとして残念。

スタック型のハイパーカードをわくわくしながら素人が作っていたのはWINな人達じゃない。なぜなら発想がまるで違うから。そして今やアプリの発想はswiftで教育現場も手放せない。デジタルデンティストリーの未来を考え具現化する能力のある人達が、こういうベクトルの違いに早く気がついてほしいと思うのは私だけじゃぁないと思っている。使う人はあくまでも何処までも「楽ちん楽ちん」という本当のUIをハードもソフトも実現するのはまだまだ先なのだ、、なんて言うのは困るなぁ。。。


土曜日, 6月 02, 2018

ケアマネとは、、、

A施設に夫婦で仲良く入所されていた話。夫のBさんと妻のCさんは入所当時から軽度の認知症はお持ちだった。Bさんは非常に元気で何でももりもり食欲はあったのだが、認知症が少し進んできた。しかし、奥さんの献身的な愛情はそんな認知症も忘れさせるほどの細やかさだった。とても中の良い夫婦。

そんな夫婦の中をとあるケアマネが引き裂いた。理由はBさんの認知がこれ以上悪化するとA施設では見ることが出来ないのだからいい24時間介護の施設を紹介すると。A施設は24時間介護では無いけれど、それくらいは職員の献身的努力でカバーできていた。何より仲のいい夫婦が一緒にいることが、余生にとってとても大切だと認識していた。
しかし、ケアマネはこの状況を家族さんには言わず。事もあろうか「もう見られない(介護できない)のだから仕方が無い」と嘘を告げた。家族さんはそれを鵜呑みにし「別の施設に移ります、ご迷惑はかけられません」とA施設に言ってきた。そんなことはないのですよと幾度も相談の機会をもうけたが意思は硬かった。奥さんは毎日涙した。夫婦お互いに大変なストレスを抱えたかもしれない。

ここで問題なのは、家族さん、A施設、ケアマネ、この3者の情報共有がどこかで歪んでおり、A施設にとっても驚きだったが、ケアマネがなんと言って夫婦を引き離したのか知るよしもなかった。情報の共有がうまくいっていなかった事を皆反省しなければならない。

うつられたBさんは、次の施設では、今までほぼ通常食で徹底した口腔ケアをしていたが、食のテクスチャーがきざみ軟食に。そして程なく、今まで発症しなかった誤嚥性肺炎で入退院を繰り返した。肺炎が悪化しA施設から移られて4ヶ月ほどで息を引き取った。認知症とはいえ、すぐ脇に最愛の妻が不在する悲しみから来るあきらめだったのか。かつての状況を知るA施設の職員一同、大変な驚きと大きな悲しみだった。

このケアマネは「居宅療養管理指導」を拒否する。口腔ケアを介護サービスからはずそうとする。何か知識とスキルに不自然な部分があるのだがそれでも立派なベテランケアマネなのである。釈然としない。

別のあるケアマネは在宅診療をしている現場でドクターにこういった。「いつまで治療をしているの?早くその歯を抜いて入れ歯じゃダメなんですか?」そのドクターは開いた口がふさがらなかった。入れ歯じゃダメだから残存歯の治療をしていると言うことがわからないのか。怒りより虚脱感が襲った。

また、ある介護現場では小さな訪問診療歯科治療ミスが起こった。誤飲したものを内視鏡で取り出すところまで行った。内視鏡の操作の不具合で出血が起こり入院となった。その患者の担当ケアマネは、歯科の責任だと怒り、内視鏡の問題ではなくそれに付随して引き起こされた入院治療費を払えと歯科医師に迫った。そもそもきっかけは誤飲かもしれないが、出血は歯科の所為ではない。しかし、こんな誠意のない歯科医師は聞いたことがないと慰謝料まで請求してきた。

私は、ケアマネはケアーをマネージメントするプロとして、患家及び患者の心の代弁者たる非常に重要な仕事だと思っている。しかし、第三者機関や行政から評価されるシステムもない状況では、ケアマネ個人の人間性や知識やスキルがあまりにも偏向して患者に家族に提供される現実を、今更ながら危惧している一人なのである。
もちろんだが、驚くほど素晴らしいケアマネがその多くを占めていることに異論は無い。
そして、幸福とは何だろうかと改めて考えた。