金曜日, 11月 16, 2018

日弁連への痛快な良書

日弁連の正体という本を読んだ。私は開業して過去30年の間に、解決が難しくやむなく弁護士に相談した事例が2件あった。一つは金銭がらみのとある搾取で有り、一つはクレーマーに関する問題だった。そして、私の所属する組織でも日弁連のバックアップで主義主張を繰り返す項目もあったりした。常に疑問に思っていたことが、この本で溜飲が下がったまでは行かないが、非常に良く理解出来た。日弁連とGHQ、反日弁護士と日弁連、なるほど日弁連の左傾化が進んでいったのだと理解出来た。まるで彼らの主張は、共産党や社民党のような愚図の主張とうり二つなわけだ。

20数年前とある事業をスタートさせ、売上金を搾取された際、自称人権派弁護士に相談したことがある。彼曰く「契約書が巧妙で、無理ですねぇ、高い授業料だと思ってあきらめてください」だった。詳細を話すと、「先生の方が収入が多いのだから」と言う理由で取り合ってくれなかった。意味がわからない。まるで、弱いものでなくては味方はしませんよ、、と聞こえた。弁護士とはそういうものなんだろうかと思っていた。

10年ほど前、酷いクレーマー患者に出会った。やることなすこと全てに難癖を付け診療室で大げんかになった。この患者は共産党系労働組合の元書記長だった。埒があかないのでまたまた、今度は別の自称人権派弁護士に相談した。(私の所属している組織の顧問弁護士は皆人権派と自称する)

すると事もあろうか「先生はやらなくても良い治療をやったのではないか?だから文句を付けているのではないか?」と信じられないことを言う。私はすかさず「歯科医師の倫理の問題を言っているのですか?やらなくても良い治療を行う歯科医師がいると本気で思っているのですか?あなたは誰に相談を受けているのですか?この患者なのか?違うでしょ、私が費用を払ってあなたに相談しているのに、何故私がそんな有りもしないことで責められるのだ?」と喧嘩になった(笑)。最低の弁護士だなと啖呵を切って分かれた。

この時から、弁護士は本当に信用できないなと思い始めた。しかし最近、若くて勉強熱心でイデオロギーのかけらも感じさせない素晴らしい弁護士に出会ってはいる。彼のような弁護士が社会には必要だと強く思う。彼は日弁連をどう思っているのだろう。興味がわく。

日弁連は、死刑廃止、集団的自衛権行使反対、憲法改正反対、靖国参拝反対、慰安婦問題日本を追求、朝鮮学校無償化支持、拉致問題ミサイル実験無言、等など、およそ何処の国の人達なのか見当がつかない。むしろ朝鮮支那の言い分が正義で反日が正義だと信じている共産党や社民党のイデオロギーそのものなのだ。

ちなみに、日弁連は「こんなに危ない虫歯予防のフッ素塗布」と言う問題を「フッ素塗布は危険であり反対する」声明と文書を出している。あはははは、日教組だ。

北朝鮮の悪行に沈黙し、日本という国をおとしめる正義を振りかざす日弁連を理解する素晴らしい書籍であると思う。




月曜日, 11月 12, 2018

咬合医学の提言


30年前にアメリカンナソロジーでスタートした当院臨床。ヨーロピアンナソロジーに出会い軌道修正をした1995年。そして、その後2005年に佐藤貞雄氏が提言した「咬合医学の提言」は、アメリカンナソロジーと共有しながらも、私の臨床の様々な意味でのファウンデーションになっている。
今回、久し振りにその自分の検証というわけではないけれど、青木聡氏の「咬合に軸足臨床」セミナーに早くから参加申し込みをしていたので、スマイルクラブ大阪場所は欠場となってしまった。青木セミナーの内容はエッセンスながらもエクセレントだった。

改めて氏の話を聞きながら、つくづく思っ
たのだが、氏曰く「眼科において黒眼科白眼科上瞼科なんてないでしょ」に強く同感した。20年前のブログの中にも、歯科における分化科の意味がわからない、先進の米国でも患者はそんなことは望んでいない、なんてことを偉そうに書いていたのだが(笑)、誰も聞いてはくれなかった。分化してスペシャルな人になった方が本当に良いのだろうか?患者は安心か?スーパーGPじゃダメなのか?誰が得をしているのか?もちろんぼんくら歯科医師は絶対ダメだが(笑)。

咬合医学の提言は当時の私にはとても素晴らしい響きで、その内容もいちいち共感するものだった。そもそも、Slavicekの2002年の提言の一つに新たに共鳴したわけだが、あって話したこともないおじいさんだから、会える先生方がうらやましかったけれどね。ウチにある古い氏のセミナーシラバスは90年代中期なんだね。

さて、咬合を思考するときに避けて通れないBRX問題は、なんとなく嘗ての私の経験則持論と相まって、考えれば考えるほど楽しくなる。しかし、医学的に理解を増さなければならないストレスとはそもそも何か、結果カテコールアミン放出とホルモンの関係や、有名なFrankenhaeuser(1986)の「努力と悪性ストレスとホルモン」の関係とBRXがアロスタシス維持を担う関係を整理しなければならない。ただ整理するだけじゃなく、エビデンスがこうだからと言うだけじゃなく、私なりに推測もしたい、、と言うことで、「ストレスの仕組みと積極的対応」(藤田企画出版)という本を引っ張り出してきてみた。
ここに咬合医学を絡めると大変おいしくなるのでは(笑)。証拠もない持論として、私は、武器としての顎口腔機能を捨て、言葉を選んだ時、高ストレス処理のシステムだけが残って大脳はいきなり容量を増したのではないかと、高木兄ちゃんの文化人類学話も交えてふと思っている。そして、決してハウツーでは解決しないと思っている。シーケンシャルオクルージョンは一つの重要な選択肢だが、全ての解決策ではないのではないかなと。

諸般の事情で12月中に、BRXをわかりやすくまとめ、1月にプレゼンできるようになければならない。青木先生を始め、その道の高名な先生方に申し訳ないがなんだかやらざるを得ない。これがまた、私に大変なストレスなんだけれど(笑)。




木曜日, 11月 08, 2018

左翼記事(笑)

LITERAのド左翼記事が盛り上がっている。なぜだかわからないが、すばらしい?!(笑)。
「徴用工問題は本当に解決済みだったのか」
を読むと本気で気持ちが悪くなる。どんだけ韓流なのよ(笑)。そしてどんだけ韓国の捏造歴史感に心酔してるのよ(笑)。
LITERAのその他のWEB記事を愛読をしている方々に聞きたいが、あなた方の理想としている通りの社会ができあがると世の中は快適で幸せになれるのかしら。
安田会見を擁護したり国家の根幹に関わること自体を簡単に否定したり、何か、明治のアナキスト達の文面を思い出し末恐ろしくなる。
そもそも、日本という国がどうなれば良いのかという問題が全く見えてこない。知的好奇心をくすぐるとうたっているが、単なるゴロマキ記事でしかない。もう一度問うが、この国はどうなれば良いのだ??
何故、YES,ANDという理論展開が出来ないのだろうか???
かつて野党は、こんなころころとトップが変わる政治など信用できないと行き巻いていた。で、野党が与党になった。我が国は未曾有の大惨事になった。天災の話ではなく、政治的処理の問題と無能さだ。あきれるほど日本の経済力は地に落ち、未だかつてない最悪の政治を私たちは経験した。トップが変わらなくなった。独裁だと騒ぎ始めた。どんだけ頭悪いのよ。
そんなことは何処吹く風で、現与党を批判し攻撃する野党だが、どんな政党にもバカはいる。どうしようもないやつが間違って受かったりする。そこを攻めてどうしようというのか?そもそも重要な政策論争が出来ないくせに揚げ足ばかりをとる。この国をどうしたいのだろう。
なんていう事を、自身のブログで20年以上前から何度も書いていた私だ(笑)。与党自民党が素晴らしいなどと言っている訳ではなく、野党が腐りきっている以上、与党をなんとか応援しなければならない状況であることは皆さんよくわかっていると思う。かつての反体制的左翼正義がかっこいいと思われていた時代はとっくに終演している。明治維新が間違いであったのでは?と言う検証が出るくらい、実は革新的な事が正しいとは限らない。いや、保守の革新が必要であることは承知だが、韓国と国交断絶すら出来ない我が国の、なんとなくどんよりしたそして冷えていて変に賢い、、三島由紀夫が言っていた極東の小国に成り下がるのだけはごめんなのだが。







水曜日, 10月 31, 2018

日本歯科医師会と保険医協会

日本歯科医師会(以下日歯)の専務理事の八戸における講演を先般の土曜日拝聴した。非常に面白かった反面、一定の違和感は感じた。これはいつも保団連中央行動でも感じる違和感である。田舎者が感じる都会への違和感を無視してはいけない。

日歯の功績やあるいは不祥事は、全て会員のためと理解している。あるいは社会的に非常に重要であるところの歯科と言う職業に対する認識や重要性や社会性を、広く国民に認めてもらうためにもとても重要な仕事をしているだろう。政治的背景の重要さは酷くわかっているが、どういう形で組織が関わっていけば良いのか、実はその歴史が答えを持っている。

昭和元年、内容詳細や細かな経緯は割愛するが、医師会に習い歯科医師会も当初英国のように、人頭制における保険における診療報酬改訂を行った。しかしその額は医科の年間約7円に比較すると年間約68銭といかにも少なく話にならない額で、日歯は政府に対して増額を申し出たが無視されたため日本各地で保険医における歯科保険診療の拒否が相次いでいる。このように医科に比較して歯科は昭和18年の診療単価決定の際も約半分の金額であり、この問題は今なお続いている。このことも、日歯専務の講演の中にもあったが、その後の近代歯科への道の前進となる補綴の保険外しなどがすでに昭和初期から議論されていたのは驚く。

そんな経緯の中、日歯の役割はややも影を潜め、戦前労働者運動に近似した開業医運動が起こってくる。しかしその後時局は大東亜戦争へ傾き始めた。そして、戦後GHQは医師会歯科医師会日本医療団の解散などに関する法律を施行し、これらはいったん解散を命ぜられ、新たに、学術団体であること、自由意志による任意設立であること、入会は強制加入ではなく任意加入にすること、の3つが条件として盛り込まれた。なぜなら、GHQに言わせればこれら医療団体は明らかに戦争に荷担していたとの責任からである。

加えてこの頃、医師歯科医師に対して突如事業税が課税されている。この時医師会を鞭撻しながら賢明の反対運動と政治折衝を繰り広げた大阪保険医連盟が、後の開業医保険運動の源流となり今の団体連合のファウンデーションとなり得るわけだ。結果この時から、開業医に対する事業税は撤廃され時の日本医師会歯科医師会の会長が、その功績を認め当時の保険医連盟(現保険医協会)を行政の一部門に押し上げようという動きすらあったのは驚きに堪えない。
これらのことからも、なるほど現在の保険医協会が左翼的運動を祖として活動を呈していることに何ら不思議はない。しかし、私は個人として20年ほど前からの明けても暮れても政府批判に伴う医療問題から切り離された余計な左翼活動には全く同調は出来ない。

話を元に戻す。違和感とは地域差のファクターである。歯科医師の需給問題は、地域バイアスを乗じて計算して頂きたい。地域の若い先生方が連携して地域医療の経営や人材保証を行う話を懇親会で直接聞いたが、各自そんな暇はない。行政サービスに積極的に参加する暇もないほど人材が不足している。
そして、歯科医師会は何故か保団連歯科部会を相手にしていない向きがある。なぜなら前述のように余計な左翼運動が目に余るからだろうと思っている。素晴らしい分析力と膨大なデータを持ち合わせていながら、日歯のように直近の歯科医療問題に有効に利用できない最大の理由は、こういう左巻き問題で政治に食い込もうにも端から相手にされていないからなのだと、国会行動に参加する度に痛切に感じる。戦後開業医運動のような事はもう出来ないのだろう。
だから、、、日歯の専務の歯科における将来性のお話が、別の意味で胸にしみた。








木曜日, 10月 25, 2018

誰のための歯科医療行政なのか、その2

実は今週、厚労省本省との直接交渉の時間を割いていた。かつての指導監査室の担当との了解は良好だったのだが、今年あたりから個別あるいは県単位での交渉などは本省では行わない方針に変更したと言うことらしい。確かに、場合によっては大変な交渉数になる可能性があり、個別あるいは県単位での話は、エリア厚生局か県単位の厚生局支局に行ってくれと言うのもわからなくはない。

しかし、実際問題、青森県では全く対応しないと言うことで本省にと言うことになったのだが。県の厚生局では「保険医協会では講師派遣は出来ない」という。協会だろうが歯科医師会だろうが、正しいカルテ記載と請求に関し担当技官が講義をする意味が無いという判断というのが解せない。そのことを本省指導監査室の旧知の方に訪ねるとそんなことはないからもう一度話してみてくれというのだが。

今回の予定していたお題目は、以前から書き込んでいるように指導技官の指導スキルの差の話である。本来本省で提示している「懇切丁寧な指導」を理解し何処まで実践されているのかの判断基準と、ではその指導要綱にプロトコルは存在するのかという話。我々が手に入れた指導内容のチェックポイントでは、技官間のスキル差を埋めるにはいささか脆弱な作りになっていると感じる。

新規指導大綱になって、我々は保険診療の内容に関し不備がある場合、訂正して指導してもらうと言うより「返還」ありきで30年推移してきた経緯もぬぐえない。当然その間、素晴らしい指導を行って指導対象者から「非常によく勉強になった、こういう指導であればまた受けさせていただき勉強したい」という意見を持った先生方もいた。その時点での指導技官は素晴らしい。しかし、技官が変わり今回のような事態になる背景には、いわゆる「納得できないし、何を言っているのかわからない。」という返還ありきでのあら探し指導が問題なのではないか。

考えてほしいが、この指導体系で、返還金がこんなになったと厚労省は発表し、世のマスゴミは「なんて酷い医者が多いのだろう」と色めき立って報道する。大衆がそこに飛びつくのならビジネスとしてマスゴミの姿勢は認めよう。しかしだ。それで近年、そのおかげで保険診療の内容は改善してきているのだろうか。診療内容の改善は国民の平等に医療を受ける権利を担保するのだが、返還金の推移が指導内容の充実とその結果に結びついているか確認するべきだろう。数度の要請を拒否している青森県の技官と厚生局青森は、きちんと確認した上で、自分の指導方法に間違いは無いと、我々と国民の前で胸を張って話してほしい。
要するに、早急に我々の保険診療請求に対する疑問や不出来を解決するために、担当技官は「正しいカルテの書き方と請求方法」の講演を質疑を入れて行うべきだろう。

話はそれるが、「保険医協会だから」は医療団体として認めていないという意味らしく、それにはある意味納得する。保団連や各県協会が、理事会の議題に「沖縄問題、脱原発」など極左運動と共闘する趣旨の、まるで赤旗か月刊左翼か、、という論調で、うつつを抜かしている限り、医療団体として認めてもらえないだろうと思っている。言い換えれば、こういう重大な問題にエネルギーを避けずに、左翼運動にエネルギーを使っている限り、認めてもらうのにはまだまだ時間がかかるのだろう。だから、保団連は医療団体として最低だと思っている。




金曜日, 10月 19, 2018

今更ながら思うがなんて隣国だ

欧州から帰国して時差ボケも落ち着き最初に日本で何を感じるかと言えば、地上波テレビってなんてくだらない番組を朝から晩までだらだら流しているんだろうと言うことかな。特に朝昼の情報番組は各局とも実に持って低脳だ。
例えば帰国直後など(おまえ見てんじゃないか!)韓国のKARAの誰とかが彼氏との別れ話の激情で、殴り殴られあげくに彼氏のリベンジポルノとか、あげくにこれに対して1万人が集まり抗議集会とか、隣の国のこれほどくだらない話題を延々と流し続ける日本のテレビ局なのであるよ。見なきゃ良いだけだけど(笑)。

この韓国という隣国は、自分の国の名前に「大」を付けるおかしなプライドを持った人達と思う。そんな国グレートブリテンと昔の大日本帝国(笑)ぐらいじゃないか?(笑)そして、ことあるごとに我が国に難癖を付け、全ての元凶は日本の所為だと世界中で言いふらす。フェイクかどうかなど関係ない。言いふらすことが重要なのだ。かつてこの国に日本がどれだけのインフラ整備をしたかなど関係ない。泥水と汚物の中で生活していたこの国の民衆をどれだけ救ったのかなど関係ないらしい。我が国と戦ってもいないのに(当時彼らは日本人を選択した)戦勝国のふりをする。全く理解出来ない。そして、そのインフラが日本のおかげだと知るとなんと壊し始める(笑)。異常だ。
旭日旗も異常な反応になっていて、自衛隊に外せという。国際法を知らないというか、法治国家じゃないから平気でそんなことを言う。やれやれ。

この国の外務大臣が日本は二流国だと言い放つ。ほぉ、では、あなたの国からは何人のノーベル賞が出たのですか?と問うた人がいる、そしたらなんと答えたか。日本人の悪行の所為で韓国からノーベル賞が出ない。日本はノーベル財団に多額の賄賂を渡しているに違いない。だって。

もうさ、開いた口がふさがらないというか、ほっとくレベルの低脳さです。日本はそんな国なのにスワップの再開とかもう頼まれると、我が国自民党も何考えてるんだか。このまま、支那朝鮮になびく政権なら先はないと思ってくれ、と、自称保守が宣言しているのよ。河野洋平が朝鮮半島の統一の邪魔をするべきではないとか言いだし、息子の仕事を全否定(笑)。自民党の中も老害で悩んでいるのかな。

いつものことだけれど外の国にちょっとでもいると、あえて見えてくる日本と隣国なのでした(笑)。そして、強烈な反日は、実は我が国に巣くっているのも良〜く見えてくる。






日曜日, 10月 14, 2018

Vienna EAO 自分なりに総括

1日目 天然歯vsインプラントというお題目はここ10年くらい何度も企画されているから特にどうとは思わないけれど、出てくる症例に少し驚く。会場とのリアルタイムアンケート集計も色々考えられるあたりとてもいい企画だ。まあ、AOがラストのセッションで今回の学会で何を学んでどう活かすのかリアルタイムアンケート集計と同じなのだがとても良い。
その結果の感想としては、やはり欧州の先生方は天然歯を大切にする意識が強いようだが社会的な背景や歴史的感性から来るだろう。アメリカなら違う答えが確実に出てくる。

2日目3日目の今回の学会の大きな目玉であるチームライブオペセッション。正直批判は色々あるだろう。見るに耐えられない古い欧州どさ回り床屋芸とある先生が言っていた通りかもしれない。オペセッションにおいてのグルンダー先生の質問は全てにおいて素晴らしく的を得ていた。多くの代弁者となり得た。受ける側の不十分さがむしろクローズアップされたのかもしれない。これは補綴セクションでも同じで、見世物的なこのショウは一体誰のためにどんなドクターのためにどんなスキルの人のために何をわかって欲しいのかまるで伝わらない残念な感想だったかもしれない。

やはり素晴らしい時間を共有できたのは初日の晩餐会だった。多分この先もこのような歴史的な場所での食事会はあり得ないだろうというだけではなく、単独参加に近い先生方だけで囲まれたテーブルでのディスカッションが非常に興味深い。アルメニア、アルゼンチン、スイス、ベルギー、欧州の先生方や先般訪れた南米の先生方のインプラントに対する考え方がそれぞれの歴史と社会を背景に実に面白くて仕方なかった。例えばその中で、欧州での無歯顎ケースに対するフィックスしないでしょ、という当然の意識は、歳をとったときにどれだけ苦労するかという日本的な話で、!だからオーバーデンチャーを勧めるだろ?という問いかけには一定の共感を得た。じゃああなたはどうしているの?という質問に半分半分という日本的な答えをしたところ、大いに日本的だと受けてしまった。大笑いの意味はどうなのだろう。

インプラントを経由して日本の歯科医療を含む医療問題に取り組んでかなりな時間が経つ。グローバルな風通しの悪さや閉塞感を指摘する意見は沢山聞くがそれは全部歯科医師のせいであることを忘れてはいけない。さまざまな取り組みを規制させているのは厚労省ではなく国民であることを忘れてはいけない。日本の医療はビジネスではない。社会保障がファウンデーションだ。そこに新しい考え方や新しいマテリアルがすんなり入ってくることはない。方や、ビジネスモデルとなるアメリカの医療は違う意味で大きな閉塞感と心の問題を置き去りにしてきた。米国においての学会では時折見るパーフェクトなライブオペの背景にある商業主義は6000万人の歯科難民を作り、お金のあるなしで医療のクオリティは明らかに違うのだ。それが良いと思うのなら是非保険医などという足かせは捨てて活躍して欲しいものだ。
しかし世界中を回って一つだけ誇れると感じるのもこの事であり、日本の医療は世界一だ。見かけだけのビジネスモデルに憧れるのは勝手だが、御典医にだけはなりたくない人となりたい人となれない人の違いを是非整理して精進して行くべきなのではないかと今更ながら考えさせられてしまった今学会だった。




金曜日, 9月 07, 2018

誰のための歯科医療行政なのか

気がつくと、1ヶ月ブログを更新していない。

2000年来こんな事は今まで無かった。異常に忙しかった訳でもない。FBでちょこちょこガス抜きをしていたからでも無い。そう、あまりにも色々なことが沢山ありすぎて、頭の中を整理しきれないでいたからなのだと思う。それに追いつく頭が老朽化して無くなった。特に福祉から医療へのシームレスな意思共有がこれほどまでに難しい現状や、組織が生き生きとするための秘策とか(笑)。カテゴリーとしては全く違うものが次々と私の頭を襲うのだ。

と言うことで、脳内のゴミを一つ一つ拾う仕事が重要になってくる。なぜなら有効にそれを仕分けして捨てなければならないからだ。

まずその筆頭が、歯科医療行政に対する困惑した思いだ。昨年から、当県技官に対して「正しいカルテの書き方」セミナー開催の依頼を幾度もしている。しかし、厚生局青森支部長古川氏は「保険医協会だから」という理由で承諾しない。保険医協会は医療団体ではないという解釈なのだ。
10年以上前から厚労省本省とは、医療団体としてディスカッションを重ね逆に様々な方を紹介してもらいながら、厚生行政の我々の勉強も含め、非常に良好に推移してきていたが、厚生局青森がこれでは、担当技官の質の問題や内容、そして人間性など、今一番問題になっていることが当然うやむやのされてしまうのだろう。
こんな古くさい行政形態がまだ残っていることに驚きだが、だから、昨年の当県技官の個別指導における指摘事項を全てリストにして検討したが、膨大な量のそのほとんどが曖昧な表現ばかりで、その重箱の隅をつつく指導内容に大きな疑問を持つのだ。それならなおさら、その指導内容を熟知し理解し実行するためにも、「何故?」を前提に「正しいカルテの書き方」を御講演いただくのが、我々歯科医師にとっての良策ではないか。

全国の指導に悩んでいる皆が待っている。八戸に皆来たいというのだから。厚生局青森はまじめに考えてほしい。指導内容に悩むのはまじめに歯科医療に取り組んでいる証拠で有り、そうでない輩は、「適当に指導をかいくぐれば良いから、何を言われようが平身低頭がたがた言わない、引っかからないように適当に低点数で切り抜ける」と開き直っている。そういう歯科医師の方が国民歯科医療に貢献していると本気で思っているのだろうか。厚生局よ、上記講演をしてください。まあ、来月本省行くので、この地方の実態を何故野放しにするのか聞いてきますが。。

次に、青森県地域医療構想会議に昨年に引き続き出席した。平成26年度末に地域医療構想会議ガイドライン策定を経て、すでに4年が経過している。私は八戸歯科医師会代表として参加しているのだが、この4年間で歯科の役割は何もクローズアップされていない現実を今更ながら直視させられる。急性期は無理にしろ、回復期、慢性期の病床機能に応じた口腔機能管理を含む歯科医療の途切れない効率的な提供、、ですら、明文化されていない。ベッドを減らしたいのなら、歯科の役割がどれだけ大きいか、寝ている人を起こしたいなら歯科の役割がどれだけ大きいか、まるで伝わっていない事に憤りを覚えるのだ。誰のための歯科医療なのか、まるで理解されていない。さあ、私は何をすればいいか考えさせてくれ。

次に、Digital Dentistryの一般臨床への効率の良い応用とテクニシャンの行く末の問題来月10月にViennaのEAOに行く予定。横浜国際歯科学会が終わった後になる。また、米国の先進開業医Dr.AnnとGALAで偶然(過去二回偶然同テーブル)出会ったら、あまり参考にはならないだろうけど、実態を聞いてみよう。特に日本特有の社会保障の説明やそのカバーする範囲。そして診療内容が診療経験のほとんど無い指導技官に左右される実態。出来ればその内容を国際学会で私がプレゼンして、日本はこうなんだけど、みんなぁ、、学術的にどう思う?と検討してもらいたい話とか(笑)。もう沢山ある。

まあ、それはおいおい良いとして、技工士だ。ある大先生が「匠の技の時代ではない」と言っていた。来月私のHERZ会では世界を風靡しているテクニシャン片岡先生のハンズオンセミナーを技工士向けに開催する。このセミナーは築盛だけではなくカービングのみの実習も有りだ。今更何故と言われた。デジタル化がドンドン進む技工の世界で何故と言われた。何もわかっていないな。私たちは彼らにこの仕事の楽しさや「誰のためにその仕事はあるのか?」を教える義務がある。技工士と言う職業の不人気は100%歯科医師の所為なのである。それがわかっているからこそ、今こそ、匠の技を手に入れるべきだというこの哲学がわかっていない歯科医師が、歯科界をダメな方に牽引している。

さあ、3つしかピックアップしていないが、まだまだ沢山あるのですよ。次回に続く(笑)。



木曜日, 8月 09, 2018

エネルギー問題を六カ所する

私は、脱原発を声高く叫ぶわけではないし、推進を強く押すわけでもない。エネルギー問題の裏には色々な嫌らしいものが見え隠れすることは、前回の六カ所問題でも書いた。しかし、それを全否定する権利も金もないし、何しろそこに住んではいない。

私が副会長を務めさせていただいている我が保険医協会や、保団連の中に環境部というものがあって、私は常々不思議に思っているのだが、左翼的な活動と脱原発非核運動等が一緒になって「医師として核は許せない」という医師の立ち位置からのできあがりの経緯のようだ。
しかし、要するにその崇高な意識を下々に伝えたいという偉そうな思いが見え見えで全く賛同できない。


子供達の将来を考えて、、とか言うけれど、手塚治虫世代の私には「アトム」の未知数の希望がまだ付いて来ている。晩年手
塚は原子力問題でサヨクに「反省をした信者」として奉られ苦悩の日々を送っていたと聞く。

今年の広島の原爆慰霊祭で市長がこう言った。「世界が自国第一主義に傾くことへの懸念」、、これは面白い。原爆のような悲惨な結果をもたらしたのは「自国第一主義」であり。近年またそういう国が増えてきているという意味だろうか。
気が触れる量の核を作っていた冷戦時代、世界中で西と東に分かれ緊張が走り東と西は簡単には行き来ができなかったあの冷戦時代、実は
世界が一番平和な時代だった。
これはどういうことなんだろう?現在世界中でおきている民族紛争を含む悲惨な戦争は、核をちらつかせないから許せるのだろうか?北のように核を持ったばかりに米国のような大国が会談に応じるという切り札としての核は未だ健在のようだが、その背景もお互いの自国第一主義だからか。
自国第一主義は国境を作ったが、ダメなのか?育った環境も教育も歴史も無視して人類皆兄弟地球家族で行けるのか?自国第一主義がダメと言うことは、他国の問題に対して死ねるかと言
うことなんだが、そんな国は人はあるのかいるのか?日本がそうあるべきなのか?

なんだかなぁ、、がっかりだわ。

さて、近隣のLOHASな人達に聞きたいのだが、これらの写真は雪がほとんど降らず日照率の非常に高い県南八戸エリアから岩手県北エリアの写真だ。休閑地なら理解出来るが、森林を伐採して今次々と太陽光発電が熱を帯びてきている。ここ数年ですごい面積になる。脱原発と直接関係はないと言い切れるのだろうか。
LOHASな人達はこの方が嬉しいのだろうか。山を追われた生き物は町を徘徊し嫌われるがそれでいいのだろうか。

結局、非核や脱原発や原発推進など、人のエゴというサガをどういう形で言いつくろっているかだけの話のような気がする。求む、回答(笑)。






水曜日, 8月 01, 2018

Japan As No1 ?!

最近とみにまた、「地域一番になる歯科医院」とか「スキルアップでナンバーワンに」とかいうDMがこりもせず舞い込んでくる。ウチをなんだと思ってるんだ(爆笑)。
奇しくも、当院でもこの手の話で会議では話題にはなるが、こんな記事を見つけた。

ナンバーワン志向だから日本経済は転落した・・・・・プレジデント

なるほどなのである。世のコンサルはまだこのことに気がついていないのだろうか。ナンバーワンは今の時勢の競争を勝ち抜く上で重要なのかもしれないし、当院もそのつもりで今まで頑張ってきた経緯もある。しかし、それは技術の革新や思考の転換ですぐさま逆転されてしまう危険を常に持っている。そのためにどれほどの経費を費やしレッドオーシャンを泳ぎ切らなければならないのかあまり触れられてはいない。かつての日本企業はグローバル化の波に負けないようにこれを目指してきたが、今や支那や印度に超されてしまっていることも事実だ。日本でなければ困ると言う声は沢山聞いても、価格競争で苦渋を飲むケースが後を絶たなかった。

貧困までは行かないまでも、そういう国を旅すると「JAPAN」ブランドのすごさを見せつけられることが多々ある。相当な支那マネーが入って来ていてもだ。日本のマスコミはそういうことにはあまり興味が無いので報道すらしないけれど、本当に望まれている「日本」は世界中至る所で目にする。だからこの20年の日本の経済成長はいまいちの感がありそこを指摘して悦に入るアナリストは大勢居るけれど、本当に大切なのはそこではない。
なぜなら、今まさに日本の企業は大変な勢いで世界中の信頼を勝ち取っている。このビジネスモデルの転換・・ここが大切なのだ。現在元気いっぱいの日本企業の真の姿を私たちは知らされていないではないか。

我々医療や介護にしても、どれだけ多くの人を集められるかは、その行った医療や介護に対する唯一の評価であったりもする。しかし、本当に大切な事は、関わっている患者を含む人達みんなが真に幸福であるかと言うことであり勝ち馬の目を抜くことではない。医療介護が新しいビジネスモデルに右習えとは行かないことは重々承知だ。しかし、お互いの幸福という理念はまるで一致する。

以前このブログでホスピタリティロジックという本当のホスピタリティの意味を無視したコンサルの詭弁を紹介した。これとて自院アズナンバーワンになるためのプロトコルなのだろうが、同調する情けない歯科医師が大勢居ることも現実。今まさに「困っている」「藁にすがりたい」まではまだ理解出来る。しかし、更なるスキルアップ!と、こんな事を持ち出してくるのは神経のつなぎ目の問題だろう。当たり前のホスピタリティが出来ない人にとってはこれが珠玉なのだろう。

昨晩、ガテマラに帰る高校時代の同級生と痛飲した。世界中を飛び回っている彼は世界から恋われて今の仕事がある。日本人はすごい。でも世間知らずだとつぶやく。井の中の蛙の話をした。井の中の蛙にしか見えない小さな美しい青い空は認める。でも、そこを出たらもっと広い美しい青空が見える。でも鳥に食われるリスクはあるけれど。
僕たちは、食われるリスクを承知で外に出たいねと、話し込んだ。競争に勝つためではないリスクの意味がわかる年齢になってきたのだろう。

金曜日, 7月 27, 2018

訪問診療と障害者就労施設

ある先生から質問を受けた。
障害者に働く場所を提供している就労施設から在宅歯科診療を頼まれた。訪問歯科診療料は算定できないのだろうか?

私は社保担当として「出来ないと思う」と答えた。県の技官の意見もそのようだ。しかし内容を聞くと釈然としない。

障害の程度の差こそあれ、障害者の社会参加はとても重要な事だ。知的障害や精神障害ならなおさらのことだと思う。そういう彼らに就労場所を提供している企業は、まだまだ少ない。問題はそういう場所に出向き歯科診療行為をすると言うことなのだが、歯科医師としてもこれは素晴らしい仕事だと思う。

しかし、このシチュエーションを行政は理解していない可能性がある。障害者達は眠りにつくためだけに家やグループホームに帰り、朝ここに移動してきて一日の大半を就労所で過ごす。私も一度経験があるが、回りのみんなは本当に熱心に、治療している友人の為に色々なお手伝いをする。本当に助かる。これは診療室では出来ない。ましてや心に不安のある彼らは、周りに同じ友達がいるからこそ頑張れるのだ。

外来で通ってこようと思えば通えるため、という考え方のようだ。しかし、現場を知らずにルールを作る怖さとはこういうことかなと思う。個人病院において障害者の引き受けは一定のハードルが有り、そういう専門に行ってくださいと断られるケースがほとんどで、八戸市内でも、働ける障害者でさえ行ける医院はごく少数。ましてや急性症状の場合どうなのだろう。障害者引き受け可能の歯科診療所のリストはあるものの機能はしていない。そして重要な事がもう一つ。いったい誰がそこまで連れて行くのだ???

就労所はほとんどの場合、家族の送迎もしくは企業の小型バス。家族はそのまま仕事に向かうケースがほとんどなので、仕事を休んで歯科に通わせることは可能だとは思えない。
要するに、行政がこの状況を理解していないと言うこと。そして、やはり障害者はどこまで行っても日陰になってしまうと言うこと。

喫緊の課題として、今どうするかが何も解決されていない以上、頼まれれば就労所に出向く歯科医師の気持ちもわかる。そして大変な苦労をしているにもかかわらず、それに関わる費用は外来と何も変わらない。ましてや患者から車馬賃すら出るわけではない。

どうだろう。この状況で積極的に手を上げ「そこ」に出かける歯科医師の倫理とボランティア精神だけに頼って障害者歯科は運営されているのだろうか。せめて訪問歯科診療料くらい算定できるべきではないのだろうか。そうでなければ、誰が一番困っているのかが見えてこない。そう、障害者が一番困るのである。
厚労省に強く望むところではある。

(差別的だ、感覚的に「害」という漢字が可哀想だ、とか、本質を理解せず、しかも肝心なことを何もしないくせに優しいふりをする「障がい」という言葉をあえて使いませんでした)


火曜日, 7月 17, 2018

今できることを一生懸命

30周年記念祝賀会では150名を超す大変多くの皆様にお越しいただき本当に感謝いたします。また、私たちのために過分なお祝いやお花の数々、本当にありがとうございます。これからも一生懸命頑張っていく所存ですから末永くお付き合いください。

そして、、、、文体が変わりますが、、

西日本の甚大な被害とその復興のさなか、夏祭りはもちろん当院グループの30周年記念やらなにやらと楽しげな事がこちらでは続いており、不謹慎なのでは??という不安のメールもいただいたりした。
そうなのだろうか。

私たちは311の大震災を経験したとき、やはり同じようなことで様々な場所で自粛ムードが広がり世間が重く沈んだことを覚えている。自主規制をしても何も解決しないことをわかってはいるのだけれど、何か申し訳ないという気持ちだけで日常を捨てていた方々が沢山いた。気持ちはありがたいが、何も嬉しくは無かった。

「私がなんとかしたい」と、そう思うのなら、自己完結でボランティアに来るべきだし、そうではないのなら日常を今までどおり明るく過ごして頂いた方が私たちは嬉しかった。卑屈になりネガティブな要素ばかりを探していては、実は光が見えない。私たちにも復興の光がほしかった。だからある意味当事者を気にしてはいけないのだ。

出来る事を出来るだけ一生懸命にしていれば、どんな状況に置かれていてもどんな状況の思いでもみんな嬉しいことを私たちは経験した。だから先般熊本の震災の時は、私は行く勇気が無かったし心の底から行きたいとも思わなかった。ただし、経験を生かした歯科的なエマージェンシープロトコルを問われたら行って指示を出すことは考えていた。だが、そんな何処の馬の骨かもわからないやつの指示を聞くとは思えない(笑)。今回は勝手が違いすぎるので足手まといになるだろうと思った。被災しているにもかかわらず広島からわざわざ30周年に参加したかつての勤務医は家族ごと東京にいるらしい。私はそういう所に行く勇気が無い。

災害時直後、復興時、絶対に必要なのは圧倒的な縦の命令系統なんだと何度も言ったが、平和ぼけの日本人にはなかなか受け入れられてもらえないのが現実だった。
みんなの意見を聞いてとか、上の判断を仰がないと出来ないとか、みんな平等公平にを第一優先順位にしてとか、まあ、有事では使い物にならないレギュレーションが蔓延する。
「何があっても全ての責任を私がとるから自由に判断して行動してほしい、ただし命令は絶対だと思ってほしい。」
こういう人がトップに立つか否かで事態の改善スピードが驚くほど違うことを2つの震災で経験しているだけに、現場に行く腰は重くなる。

だから、今できることを一生懸命当たり前にすることこそが、現場で困惑し、疲弊し、悲しんでいる被災者への最大の思いやりだと思っている。そして一生懸命当たり前に過ごすことで、必要なお金も巡り巡ってそこに届くと考えている。





金曜日, 7月 06, 2018

六ヶ所村と風と今

先般、所用で10年ぶりくらいだろうか、六ヶ所村を訪れた。私の知らなかったその変貌ぶりに、ある意味嬉しくなった。


40年程前、車の免許を取ったばかりの頃、夏、横須賀から帰省したついでに父親の車を借り八戸から海沿いを北上してみた。
青森県の太平洋側は基本的に岩手のリアス式海岸とは全く異なり、果てしなく砂浜が尻屋崎まで続いていた。余談だが、80キロにも及ぶ砂浜の途中には、鳥取以上の規模を誇る猿ヶ森砂丘があるのだけれど、米軍及び防衛省管轄の射爆場になっているため立ち入りは出来ない。
そして道すがら、つげ義春が描くがごとくの日本の寒村の景色が続いた。


六ヶ所村を通過した際、むつ小河原開発の残骸をあちこちで見かけた。開発に伴う廃墟は何かもの悲しく、人間のエゴの残骸のようでもあった。

1968年、当時の通産省は太平洋ベルト地帯に集中していた重化学工業産業を、関東東海の公害や過密問題を解決するために、下北半島整備構想試案という国家プロジェクトを発表。石油化学コンビナートや製鉄所を主体とする「世界最大の開発事業」であった。
1970年、当時小学5年生の私達は、野外授業の一環として担任に連れられ3階建てに新築されたばかりの七戸小学校屋上に来た。
晴れたその日、遠くに横浜町の烏帽子岳が見え、なだらかな丘陵が果てなく続いていたのを覚えている。そして担任は言った。

「君たちが高校生ぐらいなる頃、ここからの景色は煙突や大きな建物が無数に見える、日本を支える工業の一大地域となるから、この景色をちゃんと覚えておくように」

担任の言っている本当の意味が何なのか、小学生の我々にはわかるわけはなかった。そして、それがどういうことなのかすら理解は出来なかった。その後、高校生になった私は、オイルショックで全ての計画が頓挫していることなど気にもとめていなかった。

1980後半、荒野の村は原子力エネルギー問題で真っ二つに割れ傷だらけになる。そこに色々な人達の正義があふれ、肝心の地元住民はほったらかし。その状況を聞き、核という問題を真剣に考えた。闇雲に反対している人達、未来を考えて反対している人達、未来のために賛成している人達、目先のことで賛成している人達、みんな正義なのである。私が、とある正義に同調したとは言え、しかし、これは違うなと思った瞬間があった。

一番嫌悪したのは、地元に暮らすでもない、極寒の地吹雪と貧しさも知らない都会のインテリがきれい事ばかりを並べ、そこに全国から信者さん達が集まって地元抜きで気勢を上げる光景にうんざりしたことだ。そして彼らには「日当」まで出ていた。何か、心から最低だと思った。

そこで、日陰から見つめる必要もあると感じ、地元に住む人の見えない事実を探してみた。そこに見えてきたのは、開発に絡む金と群がる人。が、しかし、そこにあるのは貪欲ではなく「人並みの生活」というごくありふれた地元の希望が見え隠れする。
それを否定する権利は誰にもない。六カ所開発反対左翼は「あなた方はだまされている」と説得する。同調する地元住民とそうではない住民。何かおかしい。事実「一杯のインスタントラーメンを兄弟3人で一日一食」。この現実をどうするかが先なのだと言われたら、誰が否定出るのだろう。私が政治家ならなんとかしたいと奔走するだろう。
そういうことを知っていた私だから、今回久しぶりに訪れたこの村でその変貌ぶりに驚きそしてなぜか嬉しくなった。

未来からくすねた汚れた金だと言う人もいる。その人達にすれば核燃関係の金は全てそうなのだろう。かつて、吹きすさぶ風を避けるように板張りの粗末な家で、何かに必死にしがみついて生きてきた方々に、あまりにも優しさのないそしてむごい言い方を反対派の人達は平気で口にしている。
もちろん推進派もかつては非道の限りを尽くしていたと聞く。親兄弟を喧嘩させ、貧しいながらも幸福を感じていた人々を引き裂き、国家プロジェクトに群がる亡者が全国から押し寄せてきた。村が傷だらけになった。
要は、これらの大きすぎる波に飲み込まれ、酷い傷を負いながら完全に引き裂かれた村だと言うことだけが残ったようだった。

今、まるで、ヨーロッパの片田舎の小ささなキレイな町を連想した通りを抜け、人が行き交う姿を遠目に見ながら、なんてありがたい話ではないかと、やや、時間を忘れたのだった。大きなリスクの代償なのだからと偉そうに言う権利を私は持ち合わせてはいない。

スタンフォード型”YES AND”でますます発展してほしいものだ。






木曜日, 6月 28, 2018

非核化へのうそと保団連決議

前回、保団連のど左翼ッぷりの内容の一部を紹介したが、参加した私のメモを今一度見直して「あること」で吹き出してしまった。折しも、米国の北朝鮮研究機関38ノースの6/27最新報告によると、非核化どころか新しい核施設のインフラが進んでいることを衛星写真を元に確認したようだ。ほらね。

さてその「あること」だが、代議員会での理事者発言で特筆されるものがある。北の非核化と供に沖縄における防衛拠点としての武装施設は必要なくなってきているとの発言。
まぢか??そうなの?本気で?そう思うんだ!

だいたい一医療団体が、国の安全保障に関わる問題をこうも平然と批判すること自体に大きな憤りを感じるが、話している内容はいかにもな左翼野党の「自衛隊の基地があると攻撃される。必要以上の武力(?笑)があると狙われる」という気の触れた考え方を披露しているのだろう。そして重要なのは北はもちろんだが支那の沖縄占領ではないか。現知事がいかにどっぷりと支那に荷担しているかは明白だが(当選時、いち早くお祝いに駆けつけたのは支那共産党委員の面々)北はもちろんだが支那問題なのである。
最悪なのは保団連の研究大会が沖縄で行われるのだが、事もあろうか左翼的理論誘導して人集めをしている。

とにかく、セキュリティの強化をすると攻撃されるのだそうだ(笑)。だいたい、米軍の規模縮小に伴って支那の攻勢が高まり、領空侵犯領海侵犯は昨年だけでも記録を更新するほどの勢いで伸びている。
9条があることで助かっているのは日本ではなく支那なのだ

尖閣においては2020〜2030年の間に支那は領土拡大を目論んでおり領土戦争も辞さないとの計画書が出てきた。これは民主主義における閣議決定と同じ効力を持つ人民党大会における人民軍決定文書だ。フィリピンやベトナムと同じ手順で尖閣の実効支配を考えていることは間違いが無い。

問題なのは、何故そこに医療団体として安全保障問題に介入する決議文を出したのかであり、我々の追求する素晴らしい医療実現の足かせになっていることは、今までの国会行動や厚労省行動でも自明の理となる悲しさか。医療問題に的を絞りその成果を前面に出せば会員は自ずから増える。しかし、私の40名弱の勉強会でも、月間保団連の左翼政治的な表題を見た場合、ほぼ100%読みもせずにゴミ箱に直行している事実を理解するべきだろう。

色々な考えや意見や政治的信条があることは理解出来る。しかしそれはそういう好きな人達が集まって傷をなめ合えばいい話。こういう医療の場所に持ち込んでは、今の若い先生方は正しい歴史経緯と正しい情報か否かを峻別する力があるだけに、偏った新左翼崇拝のような時代錯誤的考え方には全く同調できないだろう。

まあ、とにかく北は約束を破ったが、そんなことはみんな予想していたけどね。
さてと、私に対してのサイバー攻撃のセキュリティを強化しようかな(笑)何処の誰が何処から仕掛けているかを特定できるようにしておかないと(笑)。







日曜日, 6月 24, 2018

保団連代議員会2019

保団連代議員会に出席。相変わらずのど左翼っぷりが、もう此処までくるとあっぱれ(笑笑。共産党党大会かこれは?そして国旗がない。社会保障の恩恵を受けているにもかかわらずだ。

全ての発言が医療問題だけではなく、背景にあるヒステリックな反安倍でもう聞いていてうんざりする。添付された資料は購読者が7割も減っている朝日新聞がメイン。以前から強く意見した共産党機関紙赤旗の引用は流石になくなってきてこれはいいことでしょう。しかし朝日だが(笑)。ふと見ると、地方における護憲講演会パンフが入っている。演者が東京新聞の極左運動家「望月いそこ」にはまあ驚いた。一体何を考えているんだろう。そして、決議案の最後にはいつものように9条を守るとか普天間基地の運用停止とか、なぜ保団連代議員会決議なのだ???

譫言のように9条を守る事で平和が維持できると本気で考えている御信者の人たちは、世界各国からその政治的同意をもらってきてほしい。ああ、そういえば信者さんのフロア発言で「素晴らしい平和の国コスタリカのような・・」とか言っていた先生がいたが、まるでわかっていない。いい話だけピックアップの情報ですね。コスタリカは軍のない非武装国家として左翼連中は憧れる。しかし、国家警察が隣国ニカラグア軍の3倍ほどの武装力を持っていることを知っているのか知らないのか。だから長らく続いている国境紛争も沈静化されていることを知っているのか知らないふりなのか。そして近年は稀に見る凶悪犯罪率の増加が注目されているのだが。
自国の平和は自国が本気で守るその気概と士気が、いかに重要であるか理解できないのだろう。9条を死守しなければ戦争が始まる、子供を戦場に送ることになる、という突飛な発想理論の元こそ、戦後の日教組左翼教育の賜物である自虐史観からくる「そもそも日本人が信用できない」という発想そのものではないのだろうか。GHQの手先か。う〜ん、バカ。

この国が好きだ、日の丸を掲げたいという当たり前の日本人としての心をなぜか否定するこの組織は、そもそも、誰のために何をしているのだろうという疑問は拭えない。手を上げて発言する気持ちも完全に薄れた。ではなぜ私は代議員として参加しているのか?それはバランスという重要な役割があると信じてのみの行動であり、こういう辛辣な意見を書く事で会員の思いの均衡を保つことが重要だと思うからだ。

右だ左だと言っている暇はないくらい医療問題は山積している。しかし、世界中を回ると気がつくが、確かにあの本の通り10勝5敗で日本の医療は世界一なのだ。これを維持することは並大抵ではないはず。現政権の医療政策に関し、なぜもって「YES AND」で議論ができないのだろうか。何でもかんでもNO、NOでは話にならない。外野から物を投げるばかりの組織体質をなんとか改善してもらいたいものだが、理事者の顔ぶれを見て左向きがかなり多いのだと聞くとどうにもお話にはならない。日本の格差社会だとか貧困格差拡大だとか、他国が聞いたら笑われる内容も、井の中の蛙なのである。ただし、この蛙にしか見えない暗くて狭いが、だからこそ遠くの美しい青空が光っていることは確かに夢としては理解は出来よう。

ちなみに、売国野党として支持率が1%を切る政党の人間を持ち上げて保団連自体の国民の支持認識が上がるわけがない。発言を聞いていても左翼特有の「あなた方は騙されている」という上からの偉そうな意見ばかりでこちらとしては精神衛生上まことに宜しくない。安倍政権を難く思うのは勝手だが、今この時一体誰が我が国のかじ取りができるのだ?特に安倍政権外交の成果は戦後始まって以来の素晴らしい結果をもたらしていても報道されたり高い評価を紹介されたりしていないだけではないか。


YES ANDの発想で政権与党とキチンと対話できるバックグランドが、反日野党に頼って同調している今の保団連には全く無い。保団連ならではの素晴らしい客観分析データを持っているのだから、なんとかこの部分(ど左翼)を改善してロビーイングの成果を引き出していければ素晴らしいと思うのだが。心も体も非常に疲れたのでというわけじゃぁないけれど、左巻きガス抜き祭りはもう終わりにしませんか??・・という提案(笑)

あ〜、酔った。




水曜日, 6月 13, 2018

顎咬合学会2018

私のこのBloggerや、一つ前の自前サーバーが飛んだものは別にして、その前の前の楽天ブログやその前の自前サーバーオリジナルブログで、「顎咬合」キーワードで検索したら、何か面白かった。この顎咬合学会がいかに私の臨床に関わってきたか等がよくわかる。

って言ってもそんな大げさなものじゃなく、なんとなくだけど。毎年始めに今年の臨床目標はこうすると心算して、年半ばに顎咬合学会で、世のGPの顔色をうかがう。で、毎年思う土曜の午前中の招待講演の重要さか。今年は??ノーコメントです(笑)。

良く出来た後輩の一人である茂木先生や沖縄な宮里先生と下町に飲みに行くのが毎年恒例になった。かつての勤務医小澤先生やサトチュウ先生とも合流した。で、学会の評価?でもないが、内容の検証をするのが恒例になった。茂木先生曰く、数年前から、とても考える学会になって良かったね。そんな話をしたのが去年だった。今年はまたハウツー学会になって何だかなぁと言う話になった。ハウツー学会は人がついてこなくなることはみんな知ってるので来年は変わるんじゃないかと語った。でも、ハウツー学会になると言うことは、ハウツーなカリスマ先生がいる限りは大丈夫なんだろうと私は考えた。しかしそうすると単にお仲間学会になるので、厳しい側面を持ったGPとしてはどうなんだろう。
なんて言うことを呑みながら話をするのがとても楽しい。

しかし、これじゃぁ、ものが売れないのでメーカーやディーラーはハウツー大歓迎なはず(笑)。私は全くもって嫌いだし、そういうまさにアメリカンなハウツーな思考回路が「じゃあ、結局どうすればいいの?」というくだらない質問を引き出すのだと思っている。どうすればいいか答えは一つじゃないし著明な先生方も何かを発明した偉い先生も、みんな同じ歯科医師でしょ?と思う(笑)。

えびでんすがぁ〜〜というのはわかるが、もはや年間ペーパーの数と過去のペーパーの数はなんだかなぁの数でしょ。まじめに読むには大漁旗が必要。発展性も何もない。じゃあ、エビデンスもないなら患者で実験してるだけでしょ、とか言う人もいるが、おなじだろ?と言うことに気がつかないんだろうなぁ。米国の保険会社の策略に何で日本人がのるかなぁ(笑)。実につまらない。まさか、みんなそんなに適当な仕事してるわけじゃないでしょ。

と言うことは、やはり巡り巡って基礎を何処まで理解しているかが、臨床の鍵なのでは?と今更ながらまじめに思っているのでした。そんな感想の学会でした。

水曜日, 6月 06, 2018

デジタルデンティストリーの行方

多分このブログで何回も書いていると思うが(笑)、、、、70年代後半、TK80で胸騒ぎの興奮を覚えワンボードでプログラミング、2年後MZ80Kと出会い興奮はさらに加速した。マイコン時代の到来と供に80年代後半、衝撃のマッキントッシュと出会いパソコンの未来が大きく変わることを確信した。バカみたいに高価だったけど(笑)。そして今、私はマイコンいじって40年たった(笑)。

OSと言う概念が、CPM/86でこういうものなんだとコマンドを覚えた。が、それだけで決められた仕事を決められたようにこなすだけ。MAC OSのクリエイティブな感覚に、パソコンの将来はこうなってこんな事も出来るようになるだろうと夢が膨らんだ。世の中にWINが出てきた。WINと言う名ばかりのDOSに苦笑いをした。95のCMが大当たりした。しかし、いとも簡単にデータフォルダをシェアできるマックと違い、あえてネットワークプロトコルを難しくするゲイツの野望がやや垣間見られた。

この頃からのWINの進化はマシンスペック競争を呈してくる。コンピューターが個人のユーザーに降ってきて、皆、何か出来るんじゃないかとわくわくしたが、実はそうではなく、ジョブスとのベクトルの違いに賛同できるものとそうではないものと大きく分かれてきた。OSのバージョンアップはマシンスペックのバージョンアップを必ず必要とするため、実は高いと言われたMACよりお金がかかることに気がついた。ゲイツはこういう所でナイスだ(笑)。

八戸が誇るなっちゃん大先生のデジタルデンティストリー講演を、ちゃんとお金を払って(笑)聴講した。いままでのデジタルデンティストリー20年近くの流れを時系列で一番理解している先生だから、とても勉強になる。そして感じたのだけれど、、今のデジタルデンティストリーが、このWINの歴史を残念ながら踏襲しているのは何故なのだ?アルゴリズムがDOS発想ではないか?

なんか、世界中のデジタルデンティストリー関連メーカーの発想がクリエイティブではない。だからどうしてもスキャンのスペック、処理のスペック、要するにマシンパワー合戦になっていて、肝心のクリエイティブなシステムビルドになかなかたどり着かない気がする。マシンパワースペックでソフトウエアのランクが左右されるのはゲイツの発想(笑)。みんなぁ、気がついているかなぁ?

例えば現行の一つの例だが、ふと思う。AIコンフィグュレーション、すなわち、システム空間配置がAIではなく、なんだかこれはDOSなのだ(笑)。CTデータや運動解析データの落とし込みまではなんとか精一杯システム構築の準備があるようだ。が、しかし、何故そこに顎運動咬合理論の数万件の論文をデータベースでこいつらに読ませないのだろう。それこそ、口腔とhumanenvironment protocolまでAIに診断させるべきなのでは?
S社K社とかのバーチャルの咬合器はおもちゃと化し、そこまで行かない普通の単純補綴は、単に技工士の代わりと経費コントロールなだけで、かつてのDOSマシンの事務職と時給コントロールの代わりをPCが行っていた時代と何も変わらないのではないだろうか。進化をしているのは認めるが全く同じ進む向きとして残念。

スタック型のハイパーカードをわくわくしながら素人が作っていたのはWINな人達じゃない。なぜなら発想がまるで違うから。そして今やアプリの発想はswiftで教育現場も手放せない。デジタルデンティストリーの未来を考え具現化する能力のある人達が、こういうベクトルの違いに早く気がついてほしいと思うのは私だけじゃぁないと思っている。使う人はあくまでも何処までも「楽ちん楽ちん」という本当のUIをハードもソフトも実現するのはまだまだ先なのだ、、なんて言うのは困るなぁ。。。


土曜日, 6月 02, 2018

ケアマネとは、、、

A施設に夫婦で仲良く入所されていた話。夫のBさんと妻のCさんは入所当時から軽度の認知症はお持ちだった。Bさんは非常に元気で何でももりもり食欲はあったのだが、認知症が少し進んできた。しかし、奥さんの献身的な愛情はそんな認知症も忘れさせるほどの細やかさだった。とても中の良い夫婦。

そんな夫婦の中をとあるケアマネが引き裂いた。理由はBさんの認知がこれ以上悪化するとA施設では見ることが出来ないのだからいい24時間介護の施設を紹介すると。A施設は24時間介護では無いけれど、それくらいは職員の献身的努力でカバーできていた。何より仲のいい夫婦が一緒にいることが、余生にとってとても大切だと認識していた。
しかし、ケアマネはこの状況を家族さんには言わず。事もあろうか「もう見られない(介護できない)のだから仕方が無い」と嘘を告げた。家族さんはそれを鵜呑みにし「別の施設に移ります、ご迷惑はかけられません」とA施設に言ってきた。そんなことはないのですよと幾度も相談の機会をもうけたが意思は硬かった。奥さんは毎日涙した。夫婦お互いに大変なストレスを抱えたかもしれない。

ここで問題なのは、家族さん、A施設、ケアマネ、この3者の情報共有がどこかで歪んでおり、A施設にとっても驚きだったが、ケアマネがなんと言って夫婦を引き離したのか知るよしもなかった。情報の共有がうまくいっていなかった事を皆反省しなければならない。

うつられたBさんは、次の施設では、今までほぼ通常食で徹底した口腔ケアをしていたが、食のテクスチャーがきざみ軟食に。そして程なく、今まで発症しなかった誤嚥性肺炎で入退院を繰り返した。肺炎が悪化しA施設から移られて4ヶ月ほどで息を引き取った。認知症とはいえ、すぐ脇に最愛の妻が不在する悲しみから来るあきらめだったのか。かつての状況を知るA施設の職員一同、大変な驚きと大きな悲しみだった。

このケアマネは「居宅療養管理指導」を拒否する。口腔ケアを介護サービスからはずそうとする。何か知識とスキルに不自然な部分があるのだがそれでも立派なベテランケアマネなのである。釈然としない。

別のあるケアマネは在宅診療をしている現場でドクターにこういった。「いつまで治療をしているの?早くその歯を抜いて入れ歯じゃダメなんですか?」そのドクターは開いた口がふさがらなかった。入れ歯じゃダメだから残存歯の治療をしていると言うことがわからないのか。怒りより虚脱感が襲った。

また、ある介護現場では小さな訪問診療歯科治療ミスが起こった。誤飲したものを内視鏡で取り出すところまで行った。内視鏡の操作の不具合で出血が起こり入院となった。その患者の担当ケアマネは、歯科の責任だと怒り、内視鏡の問題ではなくそれに付随して引き起こされた入院治療費を払えと歯科医師に迫った。そもそもきっかけは誤飲かもしれないが、出血は歯科の所為ではない。しかし、こんな誠意のない歯科医師は聞いたことがないと慰謝料まで請求してきた。

私は、ケアマネはケアーをマネージメントするプロとして、患家及び患者の心の代弁者たる非常に重要な仕事だと思っている。しかし、第三者機関や行政から評価されるシステムもない状況では、ケアマネ個人の人間性や知識やスキルがあまりにも偏向して患者に家族に提供される現実を、今更ながら危惧している一人なのである。
もちろんだが、驚くほど素晴らしいケアマネがその多くを占めていることに異論は無い。
そして、幸福とは何だろうかと改めて考えた。


金曜日, 5月 25, 2018

保団連(保険医協会)は医療団体ではないらしい

青森県の歯科における昨年の個別指導の結果、前技官時は2割ほどの再指導が、今回赴任したM技官では8割に及んだ。内容を確認すると、重箱の隅をつつくような改善事項が多く、本来の「保険医療機関等及び保険医等の指導及び監査について」(平成7年12月22日)(保発第117号)の内容からは大きく逸脱している部分があるように思われた。

このことに関して、実は次年度の個別指導対象が本来のルールから対象数が少ないことになるという問題を抱える。再指導も含めた本年度の個別指導対象人数なので、本来選定されていたにもかかわらず個別指導を行ってもらえない医院が出てくることになり、不公平感はぬぐえない。(当たらなかったからラッキーという問題ではない)
だから我々としてはなんとか、M技官の本質的指導内容を理解しないと、この状況がしばらく続くと言うことになる。個別指導自体に持っている「いやな感じ」が、前々技官や前技官では全くなかったが、そういう「素晴らしい指導内容」を経験しているだけに、また「いやな感じ」が復活してくる危惧を覚える。

そこで、青森県保険医協会ではこの問題を解決するには、このM技官にたいして「適切なカルテの記載と請求(仮)」という感じで講師をお願いできないか再三再四文書で、東北厚生局青森事務所に送っていた。医療団体には本来断ることが出来ないはずなのだ。そして、常に断られていた。

しびれを切らした青森協会会長が直接厚生局青森事務所に出向き、その理由を問いただすが為に色々聞いた結果、古川所長はいみじくも「保険医協会だから出来ない」という正直な(笑)回答だったようだ。では歯科医師会なら出来るのか?と言う問いでは「わからない」と言ったそうで、、、う〜んどうにも判断がつかないが、所長とすればこの技官を外に出したくないのではないかと勘ぐってしまう。

改定時の厚生局説明会でも、担当のM技官に対して多くの先生方の感想は「何を言っているのか意味がわからない部分が沢山ある」という全体説明だった。私も参加して疑問符のオンパレード。実は私も歯科医師会、保険医協会の説明会新点数解説設担当だったものだから耳を懲らして良く聞いたが、よくわからない部分が。もちろん改定直後はそういうものだから皆仕方が無いと思ってはいるが、言い方とかありますからねぇ(笑)。

とにかく、問題点は、改善したいので講師要請するが断られる再指導は多い。そして何より保険医協会(保団連)は医療団体ではない。ということかな。

私も、保団連の驚くようなクソ左翼ッぷりに「日本人なのだろうか?」と感じ全く同意できないことは山ほどある。支持率1パーセントもない政党と仲良くしご満悦。どうにかしてほしい。  
が、さすが医療団体(私にとっては(笑))、特に歯科では数値の正確さデータ集積能力、どれをとってもピカイチのエビデンスを作成するので、これは素晴らしいと感じ組織内で仕事をしている。何々総研を上回るくらいとにかく素晴らしい。

だから、その保団連や地域協会は「医療団体ではない」と判断されている最大の理由は、国会を空転させ安倍おろしありきで自分達の無能さを隠す低脳野党の片棒を担ぐ活動を平然と行っているからなのだと、私は思っているが。

仕方ないね。じゃあ私本省に行ってくるか(笑)。

火曜日, 5月 15, 2018

安い単価になれていると言うことは、、、

今更だけれど、南米の学会や診療室にお邪魔して、当然外で飲み食いして思うのだが、日本は外食の平均的単価が安すぎないだろうかと思ってしまう。日本人はそんなに貧乏なのかしら?
イヤイヤ、道ばたに「みぎやひだりの旦那さまぁ、哀れな乞食にお恵みを」という景色は昭和30年代後半で姿を消したはずだ。ところが今回訪れたブラジル、アルゼンチン、チリなどはもちろん、欧州でも米国でも、いわゆる「おこもさん」は現存する。これはその国の経済状態のたまもので、もちろん政治的な民族的な背景があることは否めないが、日本では全く見ることはなくなった。もちろん、彼らはホームレスとは違うカテゴリーだから。

ところが、そういう経済状態のあるいは日本とは比べものにならない程の貧富の差があろうがなかろうが、例えば世界チェーンのお店とかの単価を比較したとき、日本の異常な安さがひときわ目立つと言うもの。コーヒーもハンバーガーも特筆するほど日本は安い。と言うことは、アプリのオープンテーブル等でレストランを予約しても先進国もそうでなくてもそんなに予算的に差は出ないが、日本の場合とんでもない安さでそれなりの飯が食えたりする。
どゆこと??

ペルーの郷土料理、鶏レバー串焼きポテト付き、
普通のリマの食堂で1000円くらい。日本なら??
そう、日本ではみんなぎりぎりで価格競争をして、ぎりぎりで食材を用意して、無報酬の寝ないで仕事をしていると言うことなんだろうと思う。だから支那の得体の知れない食材に手を出さなくてはやっていけなくなったり、安い外国人労働者をブラックな使い方をしてしのいでいるのが現状なのではないだろうか。経済状態がどん底に突き落とされた民主党政権の時からこのデフレスパイラルは拍車がかかり、安倍政権が相当頑張って今の状況まで牽引したけれどまだまだ足りない感じがする。


安い単価に慣れた経済大国は誰も幸せにはならない。

これが、医療介護の世界でも言えることで、看護職、介護職大規模アンケートを実施した結果を見ると、約6割が離職を希望していることがわかった。(もちろんそう思っている人が積極的にアンケートに答えたのだろうけれど・・)その理由は言わずもがなで、低賃金長時間労働と高ストレス状態で精神的に疲弊しているにも関わらず人様の健康回復のお手伝いなどもってのほかという、社会保障を根幹から覆す結果なのである。
社会保障の相互扶助とは聞こえはいいが、要はお互いの献身的な善意に頼っているだけの話で、そこに介在するプロとしての仕事の評価はべつなのである。だから、各国で日本の社会保障の話をすると皆一様に驚き、可能なのか?そんなことが?と言う返答と供に、関係者は余程低賃金で仕事をしない限りそのシステム維持は難しいだろう、というアナリストが出現する(笑)。そして、社会主義なのか?という素朴な質問が返ってくる。

しかし、我が国の医療に関しての国民の評価は「高額」らしく歯科に至っては「高すぎて通えない」らしい。いったい何と比較しているのだろう。それ相応の対価があるからそれ相応の素晴らしい結果が期待でき、巡り巡ってそれ相応のサラリーが支払われるのだが、、、大卒初任給55万円、ビッグマックセット2800円のスイスの例を考えてみてはどうだろうか。