水曜日, 10月 31, 2018

日本歯科医師会と保険医協会

日本歯科医師会(以下日歯)の専務理事の八戸における講演を先般の土曜日拝聴した。非常に面白かった反面、一定の違和感は感じた。これはいつも保団連中央行動でも感じる違和感である。田舎者が感じる都会への違和感を無視してはいけない。

日歯の功績やあるいは不祥事は、全て会員のためと理解している。あるいは社会的に非常に重要であるところの歯科と言う職業に対する認識や重要性や社会性を、広く国民に認めてもらうためにもとても重要な仕事をしているだろう。政治的背景の重要さは酷くわかっているが、どういう形で組織が関わっていけば良いのか、実はその歴史が答えを持っている。

昭和元年、内容詳細や細かな経緯は割愛するが、医師会に習い歯科医師会も当初英国のように、人頭制における保険における診療報酬改訂を行った。しかしその額は医科の年間約7円に比較すると年間約68銭といかにも少なく話にならない額で、日歯は政府に対して増額を申し出たが無視されたため日本各地で保険医における歯科保険診療の拒否が相次いでいる。このように医科に比較して歯科は昭和18年の診療単価決定の際も約半分の金額であり、この問題は今なお続いている。このことも、日歯専務の講演の中にもあったが、その後の近代歯科への道の前進となる補綴の保険外しなどがすでに昭和初期から議論されていたのは驚く。

そんな経緯の中、日歯の役割はややも影を潜め、戦前労働者運動に近似した開業医運動が起こってくる。しかしその後時局は大東亜戦争へ傾き始めた。そして、戦後GHQは医師会歯科医師会日本医療団の解散などに関する法律を施行し、これらはいったん解散を命ぜられ、新たに、学術団体であること、自由意志による任意設立であること、入会は強制加入ではなく任意加入にすること、の3つが条件として盛り込まれた。なぜなら、GHQに言わせればこれら医療団体は明らかに戦争に荷担していたとの責任からである。

加えてこの頃、医師歯科医師に対して突如事業税が課税されている。この時医師会を鞭撻しながら賢明の反対運動と政治折衝を繰り広げた大阪保険医連盟が、後の開業医保険運動の源流となり今の団体連合のファウンデーションとなり得るわけだ。結果この時から、開業医に対する事業税は撤廃され時の日本医師会歯科医師会の会長が、その功績を認め当時の保険医連盟(現保険医協会)を行政の一部門に押し上げようという動きすらあったのは驚きに堪えない。
これらのことからも、なるほど現在の保険医協会が左翼的運動を祖として活動を呈していることに何ら不思議はない。しかし、私は個人として20年ほど前からの明けても暮れても政府批判に伴う医療問題から切り離された余計な左翼活動には全く同調は出来ない。

話を元に戻す。違和感とは地域差のファクターである。歯科医師の需給問題は、地域バイアスを乗じて計算して頂きたい。地域の若い先生方が連携して地域医療の経営や人材保証を行う話を懇親会で直接聞いたが、各自そんな暇はない。行政サービスに積極的に参加する暇もないほど人材が不足している。
そして、歯科医師会は何故か保団連歯科部会を相手にしていない向きがある。なぜなら前述のように余計な左翼運動が目に余るからだろうと思っている。素晴らしい分析力と膨大なデータを持ち合わせていながら、日歯のように直近の歯科医療問題に有効に利用できない最大の理由は、こういう左巻き問題で政治に食い込もうにも端から相手にされていないからなのだと、国会行動に参加する度に痛切に感じる。戦後開業医運動のような事はもう出来ないのだろう。
だから、、、日歯の専務の歯科における将来性のお話が、別の意味で胸にしみた。








木曜日, 10月 25, 2018

誰のための歯科医療行政なのか、その2

実は今週、厚労省本省との直接交渉の時間を割いていた。かつての指導監査室の担当との了解は良好だったのだが、今年あたりから個別あるいは県単位での交渉などは本省では行わない方針に変更したと言うことらしい。確かに、場合によっては大変な交渉数になる可能性があり、個別あるいは県単位での話は、エリア厚生局か県単位の厚生局支局に行ってくれと言うのもわからなくはない。

しかし、実際問題、青森県では全く対応しないと言うことで本省にと言うことになったのだが。県の厚生局では「保険医協会では講師派遣は出来ない」という。協会だろうが歯科医師会だろうが、正しいカルテ記載と請求に関し担当技官が講義をする意味が無いという判断というのが解せない。そのことを本省指導監査室の旧知の方に訪ねるとそんなことはないからもう一度話してみてくれというのだが。

今回の予定していたお題目は、以前から書き込んでいるように指導技官の指導スキルの差の話である。本来本省で提示している「懇切丁寧な指導」を理解し何処まで実践されているのかの判断基準と、ではその指導要綱にプロトコルは存在するのかという話。我々が手に入れた指導内容のチェックポイントでは、技官間のスキル差を埋めるにはいささか脆弱な作りになっていると感じる。

新規指導大綱になって、我々は保険診療の内容に関し不備がある場合、訂正して指導してもらうと言うより「返還」ありきで30年推移してきた経緯もぬぐえない。当然その間、素晴らしい指導を行って指導対象者から「非常によく勉強になった、こういう指導であればまた受けさせていただき勉強したい」という意見を持った先生方もいた。その時点での指導技官は素晴らしい。しかし、技官が変わり今回のような事態になる背景には、いわゆる「納得できないし、何を言っているのかわからない。」という返還ありきでのあら探し指導が問題なのではないか。

考えてほしいが、この指導体系で、返還金がこんなになったと厚労省は発表し、世のマスゴミは「なんて酷い医者が多いのだろう」と色めき立って報道する。大衆がそこに飛びつくのならビジネスとしてマスゴミの姿勢は認めよう。しかしだ。それで近年、そのおかげで保険診療の内容は改善してきているのだろうか。診療内容の改善は国民の平等に医療を受ける権利を担保するのだが、返還金の推移が指導内容の充実とその結果に結びついているか確認するべきだろう。数度の要請を拒否している青森県の技官と厚生局青森は、きちんと確認した上で、自分の指導方法に間違いは無いと、我々と国民の前で胸を張って話してほしい。
要するに、早急に我々の保険診療請求に対する疑問や不出来を解決するために、担当技官は「正しいカルテの書き方と請求方法」の講演を質疑を入れて行うべきだろう。

話はそれるが、「保険医協会だから」は医療団体として認めていないという意味らしく、それにはある意味納得する。保団連や各県協会が、理事会の議題に「沖縄問題、脱原発」など極左運動と共闘する趣旨の、まるで赤旗か月刊左翼か、、という論調で、うつつを抜かしている限り、医療団体として認めてもらえないだろうと思っている。言い換えれば、こういう重大な問題にエネルギーを避けずに、左翼運動にエネルギーを使っている限り、認めてもらうのにはまだまだ時間がかかるのだろう。だから、保団連は医療団体として最低だと思っている。




金曜日, 10月 19, 2018

今更ながら思うがなんて隣国だ

欧州から帰国して時差ボケも落ち着き最初に日本で何を感じるかと言えば、地上波テレビってなんてくだらない番組を朝から晩までだらだら流しているんだろうと言うことかな。特に朝昼の情報番組は各局とも実に持って低脳だ。
例えば帰国直後など(おまえ見てんじゃないか!)韓国のKARAの誰とかが彼氏との別れ話の激情で、殴り殴られあげくに彼氏のリベンジポルノとか、あげくにこれに対して1万人が集まり抗議集会とか、隣の国のこれほどくだらない話題を延々と流し続ける日本のテレビ局なのであるよ。見なきゃ良いだけだけど(笑)。

この韓国という隣国は、自分の国の名前に「大」を付けるおかしなプライドを持った人達と思う。そんな国グレートブリテンと昔の大日本帝国(笑)ぐらいじゃないか?(笑)そして、ことあるごとに我が国に難癖を付け、全ての元凶は日本の所為だと世界中で言いふらす。フェイクかどうかなど関係ない。言いふらすことが重要なのだ。かつてこの国に日本がどれだけのインフラ整備をしたかなど関係ない。泥水と汚物の中で生活していたこの国の民衆をどれだけ救ったのかなど関係ないらしい。我が国と戦ってもいないのに(当時彼らは日本人を選択した)戦勝国のふりをする。全く理解出来ない。そして、そのインフラが日本のおかげだと知るとなんと壊し始める(笑)。異常だ。
旭日旗も異常な反応になっていて、自衛隊に外せという。国際法を知らないというか、法治国家じゃないから平気でそんなことを言う。やれやれ。

この国の外務大臣が日本は二流国だと言い放つ。ほぉ、では、あなたの国からは何人のノーベル賞が出たのですか?と問うた人がいる、そしたらなんと答えたか。日本人の悪行の所為で韓国からノーベル賞が出ない。日本はノーベル財団に多額の賄賂を渡しているに違いない。だって。

もうさ、開いた口がふさがらないというか、ほっとくレベルの低脳さです。日本はそんな国なのにスワップの再開とかもう頼まれると、我が国自民党も何考えてるんだか。このまま、支那朝鮮になびく政権なら先はないと思ってくれ、と、自称保守が宣言しているのよ。河野洋平が朝鮮半島の統一の邪魔をするべきではないとか言いだし、息子の仕事を全否定(笑)。自民党の中も老害で悩んでいるのかな。

いつものことだけれど外の国にちょっとでもいると、あえて見えてくる日本と隣国なのでした(笑)。そして、強烈な反日は、実は我が国に巣くっているのも良〜く見えてくる。






日曜日, 10月 14, 2018

Vienna EAO 自分なりに総括

1日目 天然歯vsインプラントというお題目はここ10年くらい何度も企画されているから特にどうとは思わないけれど、出てくる症例に少し驚く。会場とのリアルタイムアンケート集計も色々考えられるあたりとてもいい企画だ。まあ、AOがラストのセッションで今回の学会で何を学んでどう活かすのかリアルタイムアンケート集計と同じなのだがとても良い。
その結果の感想としては、やはり欧州の先生方は天然歯を大切にする意識が強いようだが社会的な背景や歴史的感性から来るだろう。アメリカなら違う答えが確実に出てくる。

2日目3日目の今回の学会の大きな目玉であるチームライブオペセッション。正直批判は色々あるだろう。見るに耐えられない古い欧州どさ回り床屋芸とある先生が言っていた通りかもしれない。オペセッションにおいてのグルンダー先生の質問は全てにおいて素晴らしく的を得ていた。多くの代弁者となり得た。受ける側の不十分さがむしろクローズアップされたのかもしれない。これは補綴セクションでも同じで、見世物的なこのショウは一体誰のためにどんなドクターのためにどんなスキルの人のために何をわかって欲しいのかまるで伝わらない残念な感想だったかもしれない。

やはり素晴らしい時間を共有できたのは初日の晩餐会だった。多分この先もこのような歴史的な場所での食事会はあり得ないだろうというだけではなく、単独参加に近い先生方だけで囲まれたテーブルでのディスカッションが非常に興味深い。アルメニア、アルゼンチン、スイス、ベルギー、欧州の先生方や先般訪れた南米の先生方のインプラントに対する考え方がそれぞれの歴史と社会を背景に実に面白くて仕方なかった。例えばその中で、欧州での無歯顎ケースに対するフィックスしないでしょ、という当然の意識は、歳をとったときにどれだけ苦労するかという日本的な話で、!だからオーバーデンチャーを勧めるだろ?という問いかけには一定の共感を得た。じゃああなたはどうしているの?という質問に半分半分という日本的な答えをしたところ、大いに日本的だと受けてしまった。大笑いの意味はどうなのだろう。

インプラントを経由して日本の歯科医療を含む医療問題に取り組んでかなりな時間が経つ。グローバルな風通しの悪さや閉塞感を指摘する意見は沢山聞くがそれは全部歯科医師のせいであることを忘れてはいけない。さまざまな取り組みを規制させているのは厚労省ではなく国民であることを忘れてはいけない。日本の医療はビジネスではない。社会保障がファウンデーションだ。そこに新しい考え方や新しいマテリアルがすんなり入ってくることはない。方や、ビジネスモデルとなるアメリカの医療は違う意味で大きな閉塞感と心の問題を置き去りにしてきた。米国においての学会では時折見るパーフェクトなライブオペの背景にある商業主義は6000万人の歯科難民を作り、お金のあるなしで医療のクオリティは明らかに違うのだ。それが良いと思うのなら是非保険医などという足かせは捨てて活躍して欲しいものだ。
しかし世界中を回って一つだけ誇れると感じるのもこの事であり、日本の医療は世界一だ。見かけだけのビジネスモデルに憧れるのは勝手だが、御典医にだけはなりたくない人となりたい人となれない人の違いを是非整理して精進して行くべきなのではないかと今更ながら考えさせられてしまった今学会だった。