10月 14, 2018

Vienna EAO 自分なりに総括

1日目 天然歯vsインプラントというお題目はここ10年くらい何度も企画されているから特にどうとは思わないけれど、出てくる症例に少し驚く。会場とのリアルタイムアンケート集計も色々考えられるあたりとてもいい企画だ。まあ、AOがラストのセッションで今回の学会で何を学んでどう活かすのかリアルタイムアンケート集計と同じなのだがとても良い。
その結果の感想としては、やはり欧州の先生方は天然歯を大切にする意識が強いようだが社会的な背景や歴史的感性から来るだろう。アメリカなら違う答えが確実に出てくる。

2日目3日目の今回の学会の大きな目玉であるチームライブオペセッション。正直批判は色々あるだろう。見るに耐えられない古い欧州どさ回り床屋芸とある先生が言っていた通りかもしれない。オペセッションにおいてのグルンダー先生の質問は全てにおいて素晴らしく的を得ていた。多くの代弁者となり得た。受ける側の不十分さがむしろクローズアップされたのかもしれない。これは補綴セクションでも同じで、見世物的なこのショウは一体誰のためにどんなドクターのためにどんなスキルの人のために何をわかって欲しいのかまるで伝わらない残念な感想だったかもしれない。

やはり素晴らしい時間を共有できたのは初日の晩餐会だった。多分この先もこのような歴史的な場所での食事会はあり得ないだろうというだけではなく、単独参加に近い先生方だけで囲まれたテーブルでのディスカッションが非常に興味深い。アルメニア、アルゼンチン、スイス、ベルギー、欧州の先生方や先般訪れた南米の先生方のインプラントに対する考え方がそれぞれの歴史と社会を背景に実に面白くて仕方なかった。例えばその中で、欧州での無歯顎ケースに対するフィックスしないでしょ、という当然の意識は、歳をとったときにどれだけ苦労するかという日本的な話で、!だからオーバーデンチャーを勧めるだろ?という問いかけには一定の共感を得た。じゃああなたはどうしているの?という質問に半分半分という日本的な答えをしたところ、大いに日本的だと受けてしまった。大笑いの意味はどうなのだろう。

インプラントを経由して日本の歯科医療を含む医療問題に取り組んでかなりな時間が経つ。グローバルな風通しの悪さや閉塞感を指摘する意見は沢山聞くがそれは全部歯科医師のせいであることを忘れてはいけない。さまざまな取り組みを規制させているのは厚労省ではなく国民であることを忘れてはいけない。日本の医療はビジネスではない。社会保障がファウンデーションだ。そこに新しい考え方や新しいマテリアルがすんなり入ってくることはない。方や、ビジネスモデルとなるアメリカの医療は違う意味で大きな閉塞感と心の問題を置き去りにしてきた。米国においての学会では時折見るパーフェクトなライブオペの背景にある商業主義は6000万人の歯科難民を作り、お金のあるなしで医療のクオリティは明らかに違うのだ。それが良いと思うのなら是非保険医などという足かせは捨てて活躍して欲しいものだ。
しかし世界中を回って一つだけ誇れると感じるのもこの事であり、日本の医療は世界一だ。見かけだけのビジネスモデルに憧れるのは勝手だが、御典医にだけはなりたくない人となりたい人となれない人の違いを是非整理して精進して行くべきなのではないかと今更ながら考えさせられてしまった今学会だった。




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