木曜日, 1月 16, 2020

何も変わらないのかしら

昨日は、昨年忘年会が出来なかったHERZ会の新年会でした。私が喪中という理由でしたが七七日(49日)が12月30日に明けるのを待っていたと言うことです。

勉強会のあり方は30年も前から色々なところで発信してきました。カリスマ勉強会なのか思考する勉強会なのか。今の日本の歯科界の風潮は、どちらかというと強いカリスマ性を持ったどこかの誰かが、いわゆるスターになり、スター性のある講師がありがたがられ、そういう人達が一同に交いして一大イベントで盛り上げるという、なんとも米国っぽい勉強会や学会だらけです。それでいいのかしら?だから、診断せずに処置を行う事が日常になるわけです。こういう時にはこうする、、という。

当然思考していませんから、スキルコピーをいかに正確にするかが思考ベクトルのメインとなります。ですから今回の新年会で皆と話しながら思うのですが、スキル上達とそれに伴う知識の重点は実に当たり前のことであり、そうではなくサブスクリプションのごとくの追加知識と思考切り口がスーパーGPの道ではないかと進言しました。

若手歯科医師のディスカッションの場が限られ、実はかなりの2極化が進む中、研修医の立場も大学教育の荒廃(笑)で、結局研修医期間が終わってもイロハのいの字も理解出来ない歯科医師が量産されているのではないかと危惧します。その証拠を愕然と目の当たりにすると将来の日本の歯科医療は一体どうなるんだろうと、まあ、偉そうに思うわけです。

もちろん若手歯科医師の発表現場において、若手なのにこんなに出来ます!という賞賛の場になるだけの場合がほとんどで、結局そこからいかにスターを掘り出すかだけの話じゃないかと。毎日が平坦で起伏のない臨床を望む歯科医師が大勢居る限り悩みも何も出ることはないのだと感じる話を、実は自分が若手の時30年前から同じ事を考えていると言うことは、うん、何も変わっていないのかしら。ということは、このままで良いのかしら。

目的の話ですね。スペシャリストになって国民医療に加味したい、とか、スーパーGPになって国民医療の最前線で活躍するのか、そういう目的意識を何故大学では教えないのだろう。歯科はあくまでも手段であって、目的じゃないのに。だから、スターと言われる人達にその目的を意地悪く聞くとまあ一同、口ごもる(笑)。

まあ、これでいいのね、主宰者が面倒くさい人間の(笑)うちらの勉強会。


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