水曜日, 4月 24, 2019

選挙の怪、共産党

知事選挙や地方区国選で、どう考えても受かるはずのない政党や個人が立候補することは大切な事なのだろうかと、統一地方選挙を振り返ってふと考えてみた。

民主主義の本道からすれば何もおかしな事は無い。無投票再選を阻止したいが為に受かるはずのない選挙に出ることは大変な勇気のいることなのかなとも思う。しかしそこには膨大な資金が流れ貫流しその多くは税金でまかなわれる。仕方ないことなのだろう。

その一つの政党に共産党があげられる。私の所属する保団連などは、事もあろうか共産党を支持している(否定はしているが(笑))。この共産党の歴史を読み解くと背筋が寒くなる光景が次々と浮かび上がってくる。数々の武装闘争事件を起こし多くの死傷者を出している。打倒安倍政権どころではない。

公安調査庁は毎年「内外情勢の回顧と展望」というリポートを出している。日本にとって懸念される国際情勢はもとより、国内における危険団体についても報告されるが、そこには「オウム真理教」をはじめ「過激派組織」「右翼団体」などと同列に「共産党」が記載されていることを多くの方々は知らないだろう。今国会でも話題になったが、「それは違う」と小池氏が嘘のTwitterを流していたことも話題にはなった。

選挙の度に、いかにも弱者に優しく、政権を厳しく批判する「正義の味方」のように振る舞う共産党は、実はその素顔は今でも「共産主義国家」の構築である。共産党綱領を見てみよう。はっきり書かれているではないか。

日本の社会発展の次の段階では、資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革が、課題となる。これまでの世界では、資本主義時代の高度な経済的・社会的な達成を踏まえて、社会主義的変革に本格的に取り組んだ経験はなかった。発達した資本主義の国での社会主義・共産主義への前進をめざす取り組みは、二一世紀の新しい世界史的な課題である。

はっきり書かれているではないか。しかもその革命という目的のためなら、デマ、テロ、など、手段を選ばずとしてきた独善的な体質に最大の問題があり、近年はそこに在日外国人という弱者を巻き込んだ複雑きわまりない組織体系を構築している。

1951年の綱領で 
われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない。
と書かれており、これは58年にこの綱領を廃止する際(52年総選挙で全議席を失った為)「これ自体ひとつの重要な歴史的役割を果たした」と、開き直り、70年では自分たちの目指す「革命」が平和的となるか非平和的となるかは敵の出方次第、、、と暴力革命を選択肢とする姿勢は現在も何も変わってはいない。
再確認したいが、「恐ろしい政党」であることは全く間違ってはいない。

では、受かるはずもない選挙に出たり、あるいは反政権として陰ひなたで支援して共産党支持であることを隠しながら選挙に出たり、しかし、当選の目はまずあり得ないにも関わらず、彼らは彼らの憲法とも言える綱領を、まるで聖書のようにあがめその目的実行のためには手段を選ばない、、、、オウムではないかと言う疑問を、多くの国民は持つべきなのではないだろうか。
共産主義国家における粛清は、世界中で優に1億人を超えていることを、我々は自覚したいものだ。社会の理想と現実を見つめるすべを知らない結果なのだろう。

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