火曜日, 12月 01, 2015

現実から目を背けることが現実なのか?

日常から少し離れると、ますます見えてしまうことがいいのか悪いのか。

奇遇にも、長男の嫁は会津の流れをくんでいた。びっくりぽん驚いた。今読みふけり何度も読み返す幕末の歴史検証本で感じた「西日本が作った現代社会」は間違いだったのかと今更ながらに思ったりした。歴史にたらればはあり得ないが、もしかしての話。戊辰戦争で一番悲惨だった二本松と会津の話。勤勉潔白が産んだ悲劇だっただけに、同胞として悔やむのであるが、三春の裏切りだけは許せないとか(笑)関係ないけど(笑)。。
素晴らしい素敵な結婚式だっただけにこれからの将来がますます持って楽しみではないか。

そんな折、同性愛者は異常だとどこかの議員さんが酔っ払ってツイットしたのが大騒ぎになっていた。ワシは口腔診断という授業を受け持っているが、異常と正常の区別とは差別ではなくエビデンスに基づく生物学的判断から来ておりこれがなければ診断と言うことができない。つまり、生物学的に特にほ乳類においては同性愛という本能的生殖能力の欠落は異常なのである。
ところが、異常=差別=人権侵害という方程式がいつの間にか世の中に蔓延しており、左傾マスコミも大好物。なぜこうなったかと言えば、はっきり言えるのは大衆の「無知」とそれを後押しする無知な有識者から来ている。大衆がなぜ無知になったかというと、彼らの教科書がマスゴミであり知識を正しく受け取る機会が激減したからだろう。シールズが政治参加と称して大騒ぎしているが、その読み書きから判断するに彼らの社会知識は虫けらほどしか無い。それが悪いのではなく、そういう機会しか与えられなかった悲しさなのである。そういう連中と手をつなごうとしている民主党もいよいよ終わりかなと思うが。

繰り返すが、異常であることが差別だとどこの誰が言い出したのか。そして差別が悪だとどこの誰が言い出したのか。同性愛者は差別はされるがどう考えても人権侵害に当たるとは思えない。そういう見かけ上の優しさに紛れて満足している誰彼の顔が見えてくる。「障害者」を「障がい者」と記載する得体の知れない満足感は当の本人たちには全くもって関係が無いと当事者の意見だが如何か。
得体の知れない人権という見せかけの正義が世の中をおかしくしているのは教育の現場でもしかり。要するに親の無知や知識のなさが最後の最後にぶら下がる人の権利と言うほか無いのか。幼稚園保育所を含む大学までもの教育現場の荒廃が誰のせいなのかはすでに明白ではないかな。そう、無知な大衆のせいなのである。大衆とは庶民が偏向洗脳教育を受けた結果だ。庶民感覚と大衆感覚はまるで違うことは覚えておこう。

差別とて、動くヒエラルキーともいえる豪華客船の平等とは?大笑いである。飛行機のファーストクラスは優先搭乗で座席もかなり広いがエコノミーと差別している悪なのか?新幹線のグランクラスは通常席ではないが差別ではないのか?
そもそもに目をつむり、見かけの平等と差別意識から来る人権侵害の肯定に酔うとか、頭悪すぎにもほどがある。

諸君、、いい機会だから、目を覚ませ。。ワシのようにネット上だろうがどこだろうが、実名で本気を話している人間が一番優しいのだ。





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