水曜日, 10月 12, 2016

中学の部活がうるさい?!

部活の練習の声や音がうるさいと住民の苦情が有り、運動部は無言で練習しているところがあるらしい。野球なら無言のノックや無言の守備練習だ(笑)。

なんだこれ?と思う方はたくさんいるんじゃなかろうか。幼稚園がうるさいから近所に来るなとか、学校の部活がうるさいとか、日本人も何でこんなことになってしまったのか残念で仕方ない。もちろん自治体によっては、「健やかに成長する子どもの権利」と言うことで、毅然とした態度をとるところもあるのだけれど、多くはごくごく一部の苦情元に頭を下げ、改善を約束する場合がほとんどだとか。

なぜ?? この疑問はおかしいか?世の中個人主義的権利主義に陥り、声だけは大きい少数意見に耳を傾けなければ、聞かなければ、民主主義ではないという誤った感覚が日本人の中には植え付けられている。本来何故多数決があるのか、そして、多数決が数の強行理論だと批判されるその背景には何があるのかちゃんと考えてみると良い。共産主義の独裁ではない。強行理論などもってのほかなのだが、何故そう言うのか。。。。

話はそれたが、この住民のいやごく一部の住民の苦情の背景にある権利意識を助長するのはいったい誰なのかと言えば、何々の「長」なのでは?この人達が自分たちの経験則(全学連時代に近かったり)とモラルと法的問題を混ぜ合わせ判断しているに違いない。結果、声の大きい少数意見に従うことが民主主義的なのだと勘違いしている節がある。では、誰がいったいそういうことを推し進めたのかと言えば、もちろん戦後の共産主義に毒されたリベラルサヨク以外に答えはない。では彼らの教科書は??

本来我が国の憲法でうたわれている「国民主権」を大いに勘違いしている方々が大勢いるのでは。現憲法は「アメリカ人」の草案だから、「天皇」の存在を理解できない歴史の浅い人種の憲法なのである。だから平易に「国民主権」と書いている。
なぜ日本国に大統領がいないかの理由を知っている人は大勢いる。天皇制があるからで、これは素晴らしい事。どこの国も欧州の王であるデンマーク王でさえもひざまずく輝かしいとてつもない歴史なのだが、こんなことが理解できない米国は、本来共存できるはずもない天皇制と国民主権をごちゃごちゃにしたおかげで、日本はこんな国になってしまった。フランス革命を見ればわかる。国民主権とは革命のイデオロギーであり君主を憎むイデオロギーなのだ。それをお手本にして出来た現憲法であることを忘れてはいけない。
そして、単なる国民に主権があるはずもなく、主権は国家に有り主張して譲らなかった美濃部達吉の意向は全く報われていない。天皇を載く日本の国体には本来民主主義や国民主権は接合できないのだ。これこそがリベラルサヨクの教科書だろう。

憲法を自分たちの手で改正し、主権とは何かを明確にし、健やかに未来を担う子供達が安心して生きていける我が国の構築のためにも、憲法改正は絶対必要でしょう。でなければ、もっともっと住みにくい国となり、主権を持った砂粒の「個」が周囲に対して権利ばかりを主張するいやらしい国になってしまうでしょう。それは天皇陛下の御意向まで国民が左右するとんでもない国になってしまうのです。日本人として承詔必謹(しょうしょうひっきん)と聖徳太子が言った言葉を忘れてはいけない。

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