月曜日, 12月 12, 2016

歯科医療の展望・・・の勉強

12月11日、青森県保険医協会40周年記念事業のスタートイベントにしたいと思い、東京歯科大学の鳥山教授をお招きしてご講演いただいた。氏は、今年春まで厚労省医政局歯科保険課長を務められていたので、その情報分析には我々の視点とは違う鳥瞰的視点がある。ミクロな仕事ばかりしているワシらは、この鳥瞰図的視点を時々忘れるので、高木兄ちゃんも言うように歯科医師は全体を俯瞰する能力が欠如してきてしまうのだと思う。

たとえば、比較的最近の流行かもしれない予防歯科のスキルアップセミナーなどは、この先超高齢化社会を迎えてどう応用していくのか、そこまできちんと考えているまともなセミナーをワシは知らない。言い換えるなら、米国的な商売道具としての予防歯科は蔓延しているだろうが、酒田の熊谷先生のような短期目標を掲げてその手段としての心と体のアップグレード、、とはちょっと違うのが多い。
まあワシは、熊谷先生の信者でも何でもないが、開業したての頃にデンタルチャンネルというCS放送の中で氏のインタビュー番組を見て軽い衝撃を受け、セミナーなども不便な時代、氏に習うよりも似たようなことを自分で考えてしまえ、わからないところはまねすれば良いじゃん、、なんていうのりで30年近くたつわけだ。それが間違いではなかったからこそ、よけい鳥山先生の話は身にしみる部分があったりする。熊谷先生が何度も厚労省を訪れ検査項目の必要性を説いていた時期と鳥山先生は合致するらしく、酒田に呼ばれた時の話だが、、酒田がえらく遠い、、という話であとで盛り上がったりして(笑)。一(いち)開業医が足繁く厚労省に通い詰めたという意味をわかってての熊谷セミナー受講なんだよね(爆)。

いつもワシは若い先生方に言うのだが、補綴のような再建治療は目的ではないし、ましてやその1セクションであるだけのインプラントも目的ではない。米国で最大の訴訟を抱えるエンドもエンドの専門家などと言う変な生き物に左右されないのなら(昨年までの米国における歯科医療訴訟は群を抜いてエンドであるということを、聞きかじりの米国歯科マニアには理解出来ないから)、目的ではない。プリベンションだって、維持安定の手段で有り目的ではない。ペリオのスペシャリストがどんなに目を見張る外科を行っても、そのセクション同士での連携がなければ意味をなさない。
だからといって、日本のレセプトの圧倒的多くが、基本検査-スケーリング-基本検査-SRPで終わる事実から推理するに、ペリオスペシャリストがそういうGPにつばを吐くのはよくわかる。そして驚くほど少ない精密検査の算定だが、それが意味するところを理解出来ないGPははじめから勉強し直しだ(笑)。自分の不出来を事もあろうか行政指導の所為にするのも勉強し直しだ。

こういうことが普通(外科も補綴も予防も疾病治療も高度に安定している)であるGPたる歯科医師が崇高な目的を達成するための手段を、未来へともう一度考えるのである。

だから、以前から思っていたが、医歯薬介護連携だなどと簡単に言うけれど、医師コンプレックスを持っている歯科医師や薬剤師がまだまだたくさんいる現状では、医師だってなんかえらそうな気になるだろうし、改善を望むためには腹を割って話す機会をたくさん設けないと先には進まない。加えて、介護の壁は、異職種を強調しなおかつ保険を分けている状況からして、とても高い壁になる。
QuoVadis? の本当の意味を知らない人達が 細分化されたミクロなQuo Vadisを語り始めていて、なんだかいやな感じになってきている今日この頃。。

わかんないだろうなぁ(笑)(笑)。by Chitose



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