土曜日, 12月 17, 2016

HERZ会のありかたとは

よくぞ30年も続いてきたと感心する我がスタディグループだが、知識への飢餓感が亡くなるやつは来なくても良いよと今更ながら宣言しておこうかな。出来たら会費だけ払ってくれ(笑)。昨晩の忘年会は参加者が少ない割に盛況でした。

自己が膨らむだけ膨らむ昨今の社会事情では、相当なカリスマ性やお金やサティフィケート発行権利がないと、勉強会に人が集まらないらしい。有名な先生に取り入ってもらって、ただただ有名になりたいだけの顕示欲のケンチャンなやつもいるし。

酒飲みの会だけでは長続きしないのだよと創始者の近藤先生から教わった。その先生から引き継ぐこと25年くらいかな。仰々しい偉い先生達とパイプを作るでもなし、海外の先生達からなんかもらうでもなし、ただただ純粋に「歯学哲学」をローカルに研鑽してきただけなのだ。

来年はどうしようかなと考えると、山形の兄ちゃんみたく「俺が好きなことをやる」で行くのも良いかなと思ったけれど、そんなカリスマ性は無いからなぁ。
夕べ元ちゃんと話していて気がついたが、天皇陛下が何故天皇陛下なのか、それは何なのか、国体とは、日本とは、天皇とは、、、、そうか、日本の本当に歴史を知らずに歯科を語れるのか、、というお題目を作ろうか。で、近藤ジュニアがいるのだから、彼の得意とするユダヤの歴史を紐解き、世界とユダヤと歯科、、だな。決まり(笑)。

自分が今歯科を通じて社会と関わり合いを持っているその社会が、いかにして成り立ってきたのか、自分が今そこにいる奇跡をいかに感じることが出来るかは、過ぎ去った過去の理解から未来が開けるのだという歴史学者共通の思いを歯学に当てはめてみるのはどうかな。スマイルなクラブではすでに大陸モンゴルの文化から紐解く我が国を考察し始めている。負けられない(笑)。って、勝ち負けじゃないけど(笑)。

忘年会のあちこちで、話に盛り上がるでもなくスマホとにらめっこする景色が慣れっこになってしまったワシもどうかと思うが、それが今の飲み会の姿らしい。仲のいい人以外とはコミュニケーションが取れない、何を話したら良いかわからない、場がつまらない、話がつまらない、、こういう「当事者たる自分」以外の何かの所為で、実は全てがまかなわれる現実を、やや年寄りの仲間に入り始めたワシなど痛感するわけだ。

わかりずらい?要するに全部の出来事は全部人の所為と考えている人が主流だという現実・・ということ。 

つまらないなら、来なきゃいいだけ。これは某有名作家がある賞を受賞したとき挨拶で述べた言葉。個人主義蔓延の背景を考えるに、協調することに意味が無いと思うならはじめから来なければ良いという話。確かに。そして誰も恨まないし。ただ、寂しいわね、気持ちが。

来年も、面白い勉強をただ純粋に勧めて進めていこうかなと思って、忘年会を終了したのでした。




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